公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

この人をたずねて

友永雅己
京都大学霊長類研究所認知科学研究部門 教

友永雅己(ともなが まさき)

Profile─友永雅己
1964年,大阪府生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位修得退学。博士(理学)。日本モンキーセンター学術部長を兼任。著書は『チンパンジーの認知と行動の発達』(共編,京都大学学術出版会),『動物たちは何を考えている?』(分担執筆,技術評論社)など。左写真はポニーのニモと一緒に撮影。

友永先生へのインタビュー

インタビュアー:松井 大

─ご自身の研究領域を教えていただけますか?

 

チンパンジーを対象にした比較認知科学です。比較認知科学というのは,ある特定の認知機能を現生種間で比較して,共通の特性や独自な特性の進化を調べる領域です。例えばヒトとチンパンジーの認知機能を比較することで,その機能の進化を再構成できると思っています。比較するトピックはさまざまで,最近は数と顔の認知や,チンパンジーの認知発達に関心があります。チンパンジーの他にも,イルカやウマ,ヤギ,カメも研究対象にしていますね。例えばイルカはぼくらと同じ哺乳類でも,異なる動物種として分岐したのはずっと昔で,彼らは水中の環境に適応しています。だからぼくらみたいな地を這う哺乳類からすると,イルカを調べるということは環境適応の威力を調べるって意味ですごく面白い。かと思いきや,バンドウイルカもチンパンジーみたいに個体同士で連合を組むことがあったりして,「それを支えるチンパンジーやヒトと共通の知性とはなんだろう?」と考えるとそれはそれで面白いですね。

─全ての研究に通底しているテーマはありますか?

 

基本的には視覚認知を中心に据えた研究をしています。動物にとって世界がどういうふうに見えて,見えたものがどんな意味を持っているのかということを知りたいです。それを前提にして,いろんなものを理解したいですね。例えばチンパンジーみたいな大型類人猿が相手と協力したり競合したりする社会性の問題は,ぼくも含めみんなずっと考え続けているんですけど,そういう社会的認知を考える上でも,ぼくは「それを可能にする視覚情報処理としての顔認知や他者の行為の認知はどうなっているんだろう?」という観点から出発しています。

─さまざまな動物を対象に研究をしていますが,そのきっかけとか,モチベーションとかはありますか?

 

研究対象の「わけのわからなさ」ですね。チンパンジーと日々関わり合い,その瞬間瞬間にチンパンジーから返ってくるダイナミックな行動の変化を見ていると,まったくわけのわからないことがたくさん起きます。ぼくはそれが面白くて研究しているという面があります。論文では「これこれという問題あり,それを調べるにはヒトと近縁のチンパンジーを使って……」というふうに書くけど,実際は逆。チンパンジーはこうだよねっていう面白さを見つけ出して,それが視覚認知という専門分野のもとでヒトとの比較につながっていくんです。そうやってある特定の種に興味を持ってずっと見ることで,生き物の見方が変わってきて,今度は他の動物も「どうして彼らはこうなんだろう?」と目に入ってくるようになってきました。結果,こうやって研究が広がっていったのだと思います。

─確かに,チンパンジー研究を20年間続けてきた上で他の動物の研究をすると,チンパンジーをある意味「ものさし」にして見えてくるものがたくさんありそうですね。

 

もちろんです。ただ,それは逆に弱いところでもあって,考えつく研究のトピックが制約を受けているかもしれないから,そこには注意しなくてはいけない。例えばぼくからしたら,ヒトとはまったく違う身体構造を持つカメが動いているってこと自体が面白いし,正直言ってぼくらとはまったく異なった知性のあり方をしているように見えます。だけど,いざ研究となるとこれまでの自分の方法論から出発せざるをえない。すごく美味しい料理がきているのにまずパセリから食べているような遠回り感はありますね。でもそれは第一歩として割り切って,これからどうやって広げていくのかは,自分の周りにいる研究者との幅広い交流の中から見つけていきたいと考えています。

─今後調べていきたいもの,注目しているものはありますか?

 

動物の環境内での位置移動で,彼らが移動中にどんな情報を取得しているのかというのが気になります。当たり前だけど,チンパンジーには高所恐怖症がいないんですよ。落ちたら死ぬのはヒトと同じなのに。加えて,同じ樹上生活でもチンパンジー,オランウータン,あるいはテナガザルでは移動の仕方が全然違う。さらに言えば,同じチンパンジーでも子どもの頃と大人になってからじゃ身体の動かし方が変わってくるので,発達的な変化もあります。おそらくは身体の大きさや構造が関わっていて,それが知覚とも密接に影響し合っているんでしょうね。つまり,環境から必要な情報をダイレクトに知覚して,かつ,自分の身体の情報と合わせて総合的な判断を下しているはず。こういうのはバイオメカニクスの人たちと一緒にやるとなんか面白いものが出てくるかもしれないですね。心理学から見て周辺にある研究領域で使われている手法をうまく使うと,見えてくるものも広がってくるんじゃないかと思います。

─最後に若手研究者へのメッセージをいただけますか?

 

頑張れ! まずは自分が対象にしている動物への愛みたいなものが大事なんだと思います。というのも,動物の研究をしていると,その種の背後にあるさまざまな状況に目を向けざるをえなくなります。例えばカラスの研究だったら,彼らの高次認知機能だけではなく,害鳥扱いされているカラスと人間との関わり合いとかですかね。つまり,実験室にいる動物の姿だけではなく,その背後にある丸ごと全てを引き受けるような覚悟が必要になる。それを楽しいと思えるメンタリティが必要です。とはいえ,まずは自分の目の前にいる動物の面白さをいろんな視点で見て,研究に取り込んでいってほしいですね。一見のほほんと暮らしてる動物も,なんでこうなんだろう,これはどうなってるんだろうって視点で見ることで見方が変わってくるはず。それが自然と適応進化,ひいては心の進化の問題につながっていくのが比較認知科学の面白さなんだと思います。

インタビュアーの紹介

インタビュアー:松井 大

インタビュアーの自己紹介

友永先生は,論文を読んだことは何度もありましたが,実際に面と向かって話すのは初めてでした。実際にお話した友永先生は,エネルギッシュで好奇心溢れる方で,インタビュー中何度も「それは面白いな……」「こういうことができたら面白いな……」と呟いておられたのが印象的でした。そんな友永先生の姿を少しでもお伝えできていれば幸いです。

 

私自身はカラスを対象に研究をしています。カラスの中には棒状の道具を製作して,朽木に潜む昆虫を釣り上げる行動を見せる種がいます。そのような「知的」行動がいかにして可能になっているのかを,身体の「運動」という観点から明らかにすることを目指しています。具体的には,カラスのクチバシの操作に対しハイスピードカメラとトラッキングソフトを用いて運動学的な解析を行い,彼らの繊細な運動制御能力を調べています。最近は行動中の脳の活動を測る神経生理学的な手法も取り入れて,行動の内部メカニズムにも踏み込もうとしています。加えて,動物の行動と身体の構造がどのように関わっているのかにも注目しており,形態幾何学的な測定を用いてカラスのクチバシ形態を種間で比較する研究もしています。このように方法論は拡散気味ですが,動物の行動を,それを生み出す内部メカニズムと,環境と生体の接点である身体の形と共に理解し,動物の生きる世界を描出したいというのが研究のモチベーションになっています。

 

動物の研究を始めたのは大学院に入ってからなのですが,指導教員から「自分が興味を惹かれるものを撮ってこい」と,ビデオカメラを一つ渡されたのが始まりでした。それからは毎日研究室内外問わずカラスの動きをつぶさに眺める日々でした。最初はカラスがエサを食べる場面を素朴に観察するところから出発したのですが,次第にエサを食べるという単純な行動一つとっても,そこに動物の生きるデザインが現れているように感じ始めました。そうしていくうちに「カラスから見た世界」を考えることに引き込まれ,徐々に研究らしくなっていったように思います。なので,今回の友永先生とのお話は,自分の原点に立ち返る良い機会となりました。

Profile─まつい ひろし
慶應義塾大学社会学研究科博士課程。日本学術振興会特別研究員。専門は比較認知科学,神経行動学。論文は「Flexibility of pecking motor control to artificially extended bill in crows but not in pigeons」(共著,Royal Society Open Science)など。

まつい ひろし

PDFをダウンロード

1