装置の発明・再発明と偶然
――異なった経緯から独立に考案された累積記録
藤健一(ふじ けんいち)
Profile─藤健一
立命館大学文学部助手,助教授を経て教授,2015年4月,立命館大学名誉教授。専門は実験心理学・実験的行動分析学・心理学実験装置史。著訳書は『パピーニの比較心理学:行動の進化と発達』(分担訳,北大路書房)など。
心理学の実験装置はいうに及ばず,現在使われている機械や装置はいずれも誰かが考案し製作したものです。古くはオグバーン(Ogburn, W. F.)とトーマス(Thomas, D.)が1922年に148の発明品や発見のリストを挙げています。そのうちの一部だけ図にしたものを図1に示しました。これをみると,同じ機械や装置であっても,複数の人間が「発明」と「再発明」をしているということです。例えば実体鏡は,1839年にホイートストン(Wheatstone, C.)が,1840年にエリオット(Elliott, J.)が,それぞれ考案したと考えられます。オグバーンとトーマスのリストは,装置や機械の発明や考案は,似たような環境や状況が与えられたとき,ほぼ同じ発明に至ることがある,ということを示しています。それでは,発明された装置が同じ構造や機能を持っていた場合,開発した理由も必ず同じと考えてよいのでしょうか。
作業記録時計 ドイツの産業心理学者でもあったポッペルロイター(Poppelreuter, W. 1886-1939)が製作した記録装置「Arbeitsschauuhr」を,図2に示しました。この図は,ポッペルロイターらが1921年に取得した特許の説明図です。この作業記録時計の原型は1917年頃には製作されており,その後改良が加えられました。図の中央には,記録用紙を水平方向左に移動させるための記録筒と,その駆動機構が組まれています。当時の実験装置は直流(おそらく電池)で駆動されており,この装置も電磁石のアーマチュアの往復直進運動をラチェット歯車で回転運動に変換し,記録筒や記録ペンの巻上げ動力にしています。図中ののこぎり状の記録は,オペラント実験などにある累積反応記録と同じに見えます。では,ポッペルロイターは,どのような必要があって,このような記録装置を「発明」したのでしょうか。ポッペルロイターは,関心のあった産業心理学的研究の効率と測定精度とを高める必要性を痛感して,作業行動の記録の機械化(自動化)を目指しました。そこで採用した作業行動の記述方法が,クレペリン(Kraepelin, E. 1856-1926)の精神作業検査の方法でした。当初,ポッペルロイターが必要としたのは,一定時間ごとの作業量と,時間経過に伴う作業量変化とを描出することでした。一方,オペラント実験などの累積反応記録は,結果的にはポッペルロイターと同じ体裁の記録を描出しますが,この累積記録は,事象の単位となる反応(例えばレバー押し反応)の発生時刻を要素とするイベント記録であり,これを時系列に従って累積的に描出したものです。スキナーはポッペルロイターの作業記録時計の存在を知らぬままに,独立に1929年以降の一連の機械式累積記録器を考案・製作したと考えられます。図3に,二つの描画法の比較を示しました。ポッペルロイターの関心は,作業量,図でいえば「棒」の高さと,その時間的推移パターンでした。一方,スキナー(Skinner, B. F.)らのオペラント行動研究においては,時間経過に伴う反応の加減速や停止といったパターンそのものでした。
さまざまな累積記録 例えば気象観測のような長期的連続的な記録が必須の分野では,古くから観測具として考案されていました。積算雨量計の記録の一例を図4のAに示しました。その時間経過は記録紙の左から右であり,降雨量は転倒枡の転倒を単位として記録ペンが用紙上方向に移動します。降雨量は累積記録の高さで知ることができました。作業記録時計の記録例をBに,またオペラント反応の累積記録の例をCに示しました。興味深いことに,ポッペルロイターは後になり作業記録時計による累積記録の分析方法について,分析は個人を単位とすること,時間分析を用いること,反応休止の出現や反応率の増減についても言及しています。異なる理由で考案された装置が,たまたま同じ累積記録という描出形式をとったことから,その記録を読み取る研究者の注目点が同じになったことは,インストルメンテーションを考えるうえで,たいへん示唆に富んでいるといえましょう。
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