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【特集】

「罰」という言葉は,私たちの生活のいたるところに顔を出します。ドライバーの中には,これまでに交通違反などで「罰」金を支払ったことのある方は多いのではないでしょうか。凶悪な犯罪を犯した者に対し,被害者やその家族が厳「罰」を求めます。教育現場での体「罰」は古くから問題視されていながら,いまだに無くなりません。パーティーやコンパの席でゲームに負けた人は「罰」ゲームを受けることもあります。

心理学のなかでも,この「罰」という言葉は幅広い分野で取り上げられるテーマです。「罰」はヒトから無脊椎動物の行動にまで影響を及ぼすオペラント条件づけの基本法則の一つであり,教育やしつけの場面,司法などの社会システムの中など,様々な場面・レベルでいろいろな行動に影響を及ぼします。また,私たち自身の行動が罰されるだけでなく,私たちが他者を罰する立場に立つことも往々にしてあります。

今回の特集では,様々な観点から,この多彩な顔を持つ「罰」という言葉にスポットライトを当てます。(漆原宏次)

罰の効果とその問題点
─ 罰なき社会をめざす行動分析学

吉野 俊彦
神戸親和女子大学発達教育学部心理学科 教授

吉野 俊彦(よしの としひこ)

Profile─吉野 俊彦
1992年,早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。1998年,ユニバー シティ・カレッジ・ロンドン博士課程修了。PhD(ロンドン大学)。早稲田大学文 学部助手,デイケア,精神科外来クリニックなどの勤務や,ウェストバージニア大学客員研究員,太成学院大学 人間学部教授などを経て,2006年より現職。専門は実験的行動分析,行動分析学に基づいた精神科領域におけ る介入・臨床行動分析。著書は『プログラム学習で学ぶ行動分析学ワークブック』(共著,学苑社)など。

行動分析学による罰(弱化)の定義

みなさんは,「罰」と聞くとどんなことを連想しますか。罰(ばち)があたる,天罰が下るといった何かよくないことを行った報いのようなものを連想される方も,法律上での懲罰のようなもの,あるいは体罰のようなものを思い浮かべる方もいるかもしれません。

ところが,スキナーが創始した行動分析学が扱う「罰」(punishment)は全くそれらとは異なり,近年では,強化と対称的なものであるという本来の意味に近くなるように「弱化」という訳語があてられています。今回の特集は「罰」ですが,本稿ではこれ以降「弱化」という用語を使います。

それでは,行動分析学での弱化と,日常的な意味での罰とは何が違っているのでしょうか。要は,後者がそこで用いられている刺激や出来事に言及しているのに対して,行動分析学で用いられる弱化は,反応と結果との関係(行動随伴性)を表しています。まず,行動分析学における一般的な定義を示しましょう。「行動の直後の環境変化によって将来的なその行動の生起頻度が下がる」(Skinner, 1953;Azrin & Holz,1966)というものです。例えば,動物実験でよく用いられる場面であれば,ラットがレバーを押すと床から電気ショックが呈示されることで,レバー押しの頻度が下がること,日常場面では,友人に正直に意見をしたら反論されてその人との信頼関係を失ってしまい,正直に発言できなく(しなく)なったりすること,などが挙げられます。ある行動をした結果として何かが生じたり増えたりすることでその行動の生起頻度が下がることを正の弱化,何かがなくなったり減ったりすることでその行動の生起頻度が下がることを負の弱化と呼び,レバー押しの例は正の弱化,正直に意見する例は負の弱化に相当します。そして,何かが生じることで生起頻度が下がるとき,その何かを嫌子(負の強化子または正の弱化子),逆に何かがなくなることで生起頻度が下がるとき,その何かを好子(正の強化子または負の弱化子)と呼びます。いずれも自発した行動の結果によってその行動が起こりにくくなっています。ですから,ある犯罪行為により懲役や罰金刑(手続き上はいずれも負の弱化)を受けても,その個人のその犯罪行為の頻度が低下しなければ弱化ではありません。

弱化についての基礎研究

私は卒業論文から学位論文まで,主にラットを用いたオペラント条件づけの弱化についての基礎研究を行いました。そこでの研究テーマは,選択場面を使って,強化と弱化とが対称的な効果を持っているかどうかでした。現在はヒトを参加者とした確率による価値割引事態で,報酬の獲得と損失とが対称性を持っているかどうかを研究しています。まず24時間実験(封鎖経済)の例(Yoshino & Reed, 2008)を紹介しましょう。

図1に示すような,オープンフィールド,おがくずの敷かれた巣箱,左右にレバーとえさ箱のある反応ユニット,そして水のボトルがつけ られた装置を1台ずつ2匹に準備しました。レバーを押すと時々餌が出てきます。また弱化のセッションでは餌だけでなく,大きな音(電気ショックの代わり)が呈示されます。左右のレバー押しで得られる強化頻度の割合を四つの組み合わせに変化させた強化セッションと,それぞれの組み合わせに大きな音が呈示される弱化セッション(呈示の割合は左右とも同じ)を行いました。ラットは1日に30分の掃除やデータ収集などの時間を除く23時間半をこの装置で過ごします。多くの実験のようにセッション外での給餌はありませんから,ラットは1日に必要なエネルギーをこの装置の中だけでレバーを押して獲得しなければなりません(これを封鎖経済と呼びます)。レバー押しの回数,レバー押しをしている時間を計測し,左右レバーへの配分を主な反応の指標としました。

図2は強化だけのセッションと音刺激を加えた弱化セッションで反応配分がどのように変化したかを強化配分の関数として求めた回帰直線によって示しています。この強化と反応との対応関係は対応法則と呼ばれるのですが,ここでは二つの点に注目してください。まず,強化だけのセッションの回帰直線(実線)の傾きに比べて弱化セッション(破線)では傾きが大きくなっていることです。もうひとつは,強化だけのセッションでは封鎖経済でなければ一般に.7〜.9程度の傾きを示すのですが,ここではより大きな値を示していることです。

これらが意味するのは,弱化セッションでは,より強化率が高い選択肢への選択傾向が強くなること(これを過大対応と言います),そして封鎖経済では,強化だけのセッションでも強化率が高い選択肢への選択傾向が強くなることです。日常場面に当てはめてみると,経済的に困っているときや危険にさらされているときは,二つある選択肢のうち,より安全なほうを選びやすくなるということでしょうか。

図1 封鎖経済下での選択行動実験で用いた実験箱
図1 封鎖経済下での選択行動実験で用いた実験箱
図2 封鎖経済下での強化および弱化事態における,強化配分の関数としての反応配分と時間配分
図2 封鎖経済下での強化および弱化事態における,強化配分の関数としての反応配分と時間配分

弱化の直接的効果・副次的効果

こうした基礎研究の積み重ねによってヒトを含む動物の行動の原理が明らかにされてきました。弱化の直接的な効果は,まず弱化された反応の生起頻度を下げることです。そしてその反応を抑制する効果を確実にするためには,表1に示した六つを含む14の条件が必要です。

直接的な効果とその効果を確実なものとする条件がわかっていれば,日常生活の中で私たちが他者の行動をやめさせたり,起こりにくくしたりするために弱化の手続きが使えそうです。けれども,現実はそうではありません(吉野, 2015参照)。その理由として,四つ挙げられます(表2)。まず,嫌子は多くの場合それ自体が嫌悪刺激ですから,受ける側はもちろん,用いる側も不快であり,対象とする行動の弱化以外にも混乱や攻撃などさまざまな反応を引き起こします。二つめに,弱化手続きを用いる行動自体が何らかの社会的な強化を受けていることがあります。例えば,体罰や暴力行為を無くしたいとするときは,その行動自体がなぜ生じているかを考えなければ十分な議論に至りません。これについては,次項で考えてみましょう。三つめは,弱化が直接持っている抑制効果が必ずしも持続的でない可能性です。特定の場面だけである行動が弱化されれば,それ以外の場面ではその行動が何らかの強化を受けている限りは生じてしまいます。最後に,ある行動が弱化されたとしても,そのときにどうすればうまくいくのかがわからないことです。

こうした副次的な効果があるために,行動分析学の原理を現実場面や臨床場面に適用する応用行動分析学や臨床行動分析学では,弱化を用いることがほとんどありません。それでも前述のように,現実に望ましくない行動がそこにあるとき,どうすればよいのでしょうか。

表1 弱化の直接的な抑制効果を確実なものにするための条件の抜粋(Azrin & Holz, 1966 より改変)

  1. 1. 嫌子(負の強化子)からの逃避が不可能であること
  2. 2. 嫌子が十分な強度を持っていること
  3. 3. 嫌子がターゲット行動のすべての生起に伴って呈示されること
  4. 4. 嫌子が反応直後に遅延なく呈示されること
  5. 5. 嫌子が最初から最大の強度で呈示されること
  6. 6. 嫌子の呈示時間がごく短いこと

表2 弱化がもたらす副次的効果(Matson & DiLorenzo, 1984 より改変)

I 嫌子の使用による効果
  1. 1. 弱化は用いる側も受ける側も一般的に不快である
  2. 2. 望ましくない情動状態が生じる
  3. 3. 弱化された反応を行った個人が,その状況から逃げ出したり,避けたりといった社会的な混乱を引き起こす
  4. 4. 特に体罰によっては,社会的な攻撃を引き起こす可能性がある
  5. 5. 弱化は,弱化された行動だけでなくより全般的な反応の抑制をもたらす傾向がある
Ⅱ 弱化を使う行動に及ぼす効果
  1. 6. 弱化の手続きを使う行動が何らかの社会的な強化をうける可能性がある
  2. 7. 弱化の手続きは濫用される危険性が高い
Ⅲ 抑制効果の持続性
  1. 8. 弱化の手続きによってもたらされる反応抑制効果は一時的に留まることがある
  2. 9. 弱化された行動は,それ以外の望ましくない行動に置き換わる可能性がある
  3. 10. 弱化を使う個人がいない場面でのみ一時的に反応が抑制するだけで,それ以外の場面では反応は維持されたままである
Ⅳ その他
  1. 11. 弱化を受けたときに,その行動が望ましくないことがわかったとしても,どうす ればよいかを示さない

行動分析学からみた日常的な罰の効果と問題点

日本行動分析学会は,2012年12月に大阪府内の高等学校で発生した体罰事件を受けて,「体罰」に反対する声明を発表しました(島宗・他, 2015)。科学的知見を根拠としてその要点を三つにまとめることができます。①苦痛刺激を用いた「正の弱化」としての「体罰」の効果と問題点,②副次的な望ましくない作用,③望ましくない行動を減少させるより望ましい方法です。

弱化は厳密に適用されたとき確かに特定の反応を抑制する効果を持っています。けれども例えば暴力的な行為を用いても,望ましくない行動が必ず抑制されるわけではありません。この意味において,体罰が正の弱化かどうかはケースバイケースです。また,二国間で望ましくない行動に対して経済制裁などの手続きが採用されることがあります。うまく機能したとすれば負の弱化の手続きですが,その行動を抑制できないばかりか副次的な効果としてより攻撃的な行動を誘発してしまうことすらあります。

自分が体罰を受けて,その結果として頑張るようになり成功した人にとってみると,体罰は単に望ましくない行動を抑制するだけでなく,より望ましい結果を導く素晴らしい方法であると考えてしまうかもしれません。そして,使用することで一時的であれ目の前にある望ましくない行動が消失すれば,負の強化を受け,時には周囲の人たちから社会的な賞賛といった正の強化すら受ける場合があるでしょう。けれども,体罰を受けることで,例えば部活動などの退部,不登校や,さらに深刻な場合は自殺といった事態を招く場合があることは近年の報道からも明らかです。

行動分析学の研究から,望ましくない行動を抑制する手続きが弱化や消去だけでないことが明らかになっています。先述した嫌子の使用に伴うネガティブな効果は,「反応コスト法」や「タイムアウト法」などを使うことで回避することができます。さらに,ポジティブな行動支援から,より望ましい行動を形成しながら望ましくない行動を抑制する具体的な方法も存在します(平澤, 2015;大久保, 2015)。

これらの方法には大きく分けると三つの段階があります。まず,機能的アセスメント(機能分析)によって,ターゲットとなっている望ましくない行動がどのような強化を受けているかを分析します。その行動を行っている人が「乱暴な人」だからとか「思いやりのない人」だからでなく,その行動自体に焦点を絞ります。行動が生じているとすれば,そこには何らかの強化が働いていますから,その強化源を明らかにするのです。次に,その機能分析に基づいて環境を改善する計画を立てます。例えば,その行動で得ている強化と同様な強化を,より望ましい行動によって得られるようにするのはその一つの方法です。そして最後にそうした望ましい行動を形成することで,望ましくない行動を相対的に抑制していきます。つまり,望ましくない行動を止めさせようとするのでなく,対立行動分化強化や代替行動分化強化などの手続きによって望ましい行動を形成するわけです。体罰を使用する人は,そのようなより望ましい行動を形成する視点や行動のレパートリーを持っていないのかもしれません。

おわりに

筆者はかねて,弱化を「自己矛盾の行動随伴性」と呼びました(吉野, 2015)。自然環境には多くの弱化の随伴性が働いており,それを経験することで自分を守ることを学習するわけですが,同じ弱化の随伴性を付加的に他者の行動を制御するために使用してもうまくいきません。つまり弱化は,ある行動が抑制される手続きであっても,他者によってある行動を抑制する手続きではないのです。

スキナーは,『罰無き社会』(1990)で,人間の生物学的な特性,文化の重要性を前提として,教室場面を例に挙げて弱化だけでなく,トークンを使用するなどの外的な強化を使うことの問題点を指摘しています。彼の主張は実験的行動分析による科学的な行動研究を基盤にしたものでした。少し長くなりますが,彼の言葉を引用して本稿を結びたいと思います。

「もし,正の結果だけによって,人々が知識や技能を獲得し,生産的に働き,お互いが良好な関係を結び,生活をエンジョイすることができるならば,国際的な事柄に従事する人々も罰的でないやり方をもっと有効に用いることができるようになることでしょう。戦争に訴えようとするのは,不幸で怯えている人たちです。幸福な国家間の国際的協調がよりよい結果を生むはずです」。

文献

  • Azrin, N. H. & Holz, W. C.(1966)Punishment. In W.K. Honig(Ed.) Operant behavior: Areas of researchand application . pp.380-447. New York: Appleton-Century-Crofts.
  • 平澤紀子(2015)体罰をなくすために,ポジティブな行動支援から.『行動分析学研究』 29 , 119-126.
  • Matson, J. L., & DiLorenzo, T. M.(i1984)Punishmentand its alternatives: A new perspective for behaviormodification. New York: Springer-Verlag.
  • 大久保賢一(2015)児童生徒の行動問題に対する適正手続きとポジティブな行動支援.『行動分析学研究』 29 , 127-141.
  • 島宗理・吉野俊彦・大久保賢一・奥田健次・杉山尚子・中島定彦・長谷川芳典・平澤紀子・眞邉一近・山本央子(2015)日本行動分析学会「体罰」に反対する声明.『行動分析学研究』 29 , 96-107.
  • Skinner, B. F.(1953) Science and human behavior .New York: Free Press.
  • B. F. スキナー/佐藤方哉(訳)(1990)罰なき社会.『行動分析学研究』 5 , 87-106.
  • 吉野俊彦(2015)反応抑制手続きとしての弱化:自己矛盾の行動随伴性.『行動分析学研究』 29 , 108-118.
  • Yoshino, T. & Reed, P.(2008)Effect of tonepunishmenton choice behaviour under a closedeconomy. European Journal of Behavior Analysis, 9 ,43-52.

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