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【特集】

体罰や言葉での虐待が脳の発達に与える影響

友田 明美
福井大学子どものこころの発達研究センター 教授

友田 明美(ともだ あけみ)

Profile─友田 明美
1987年,熊本大学医学部卒業。熊本大学医学部附属病院発達小児科助手,文部科 学省在外研究員, ハーバード大学医学部精神科学教室客員助教授,熊本大学大学 院医学薬学研究部小児発達学分野准教授などを経て,2011年より現職。福井大学医学部附属病院子どものここ ろ診療部長も兼任。専門は小児発達学, 小児精神神経学, 社会融合脳科学。著書は『子どもの脳を傷つける親た ち』(NHK出版),『いやされない傷 新版』(診断と治療社),『虐待が脳を変える』(共著,新曜社)など。

はじめに

近年,欧米では,チャイルド・マルトリートメント,日本語で「不適切な養育」という考え方が一般化してきた。身体的虐待,性的虐待だけではなく,ネグレクト,心理的虐待を包括した呼称であり,大人の子どもに対する不適切な関わりを意味したより広い観念である。この考え方では,加害の意図の有無は関係なく,子どもにとって有害かどうかだけで判断される。また,明らかに心身に問題が生じていなくても,つまり目立った外傷や精神疾患が無くても,行為自体が不適切であればマルトリートメントと考えられる。

近年の研究では,精神疾患の原因の少なくとも一部は,脳の発達段階で負荷がかかることに起因すると言われている。また,その発症には遺伝的要因と,逆境的体験の種類やその被害を受けた時期に関係すると考えられている。一連の結果から米国ハーバード大学精神科のTeicherは,虐待の影響は,段階的に連鎖していくのではないかと仮説を立てた(Teicher etal., 2006)。

筆者は米国ハーバード大学との共同研究によって,小児期のマルトリートメント(虐待や厳格体罰)被害経験を持つヒトの脳をMRIを使って可視化し,脳の形態的・機能的な変化を調べた。その結果わかった,心理的ストレスが脳に与える影響のいくつかを紹介したのが図1である。

 本稿では,体罰や言葉での虐待が脳の発達に与える影響について,脳科学研究知見を紹介する。

暴言虐待の脳への影響

図1 虐待経験者の脳皮質容積変化
図1 虐待経験者の脳皮質容積変化
高解像度MRI 画像(voxel based morphometry:VBM 法)による,小児期にさまざまな虐待を受けた若年成 人と健常対照者との脳皮質容積の比較検討。

言葉による虐待(暴言虐待)が脳に与えるダメージを見逃してはいけない。母親から「ゴミ」と呼ばれたり,「お前なんか生まれてこなければよかった」というような言葉を浴びせられたりするなど,物心ついたころから暴言による虐待を受けた被虐待者たちを集めて,脳を調べた結果,スピーチや言語,コミュニケーションに重要な役割を果たす,大脳皮質の側頭葉にある「聴覚野」の一部の容積が増加していた(Tomoda et al., 2011)。中でも左脳の聴覚野の一部である上側頭回灰白質の容積が平均14.1パーセントも増加していることがわかった。そして暴言の程度が深刻であるほど,影響は大きかった。暴言の程度をスコア化した評価法(parental verbal aggression scale)による検討では,同定された左上側頭回灰白質容積は母親( β =.54, p<.0001), 父親( β =.30, p<.02)の双方からの暴言の程度と正の関連を認めた。一方で,両親の学歴が高いほど同部の容積はむしろ小さいことがわかった(β=−.577, p<.0001)(Tomoda et al., 2011)

聴覚野は他人の言葉を理解したり,会話することなど,コミュニケーションの鍵となる聴覚性の言語中枢(ウェルニッケ野)がある場所でもある。被暴言虐待者脳の拡散テンソル画像(diffusion tensor imaging:DTI)解析でも,あるタイプの失語症と関係している領域(弓状束)を含めた聴覚野の拡散異方性の低下が示されている(Choi et al., 2012)。

脳発達の観点から見ると既に小児期には,ニューロン同士の連結は網の目状になっているので,一つの神経細胞が壊れ,ある経路の伝達に支障が生じても他の経路による代償が十分に可能である。しかしながら,あまりにも過剰なシナプス形成が行われ,ひとつの刺激が周囲の不特定の神経細胞に伝わるため,不必要な全体的な興奮を引き起こし,やがて脳代謝に負荷がかかるようになる。その結果,エネルギーの消耗が激しくなり,むしろ神経伝達の効率が低下するリスクが生じてくる。これに対応するかのように,生後1年目から思春期さらには若年成人の頃までに,過剰な神経回路網の刈り込み(pruning)が行われ,神経伝達の効率が向上するようになる。すなわち不必要なニューロン同士の連結が減少し,ミエリン鞘(信号伝達に必要な絶縁体)によるミエリン化が進行していく。ところが子ども時代に言葉の暴力を繰り返し浴びることによって,シナプスの刈り込みが進まず,雑木林のような状態になってしまうのではないだろうか。人の話を聞きとったり会話したりする際に,その分,余計な負荷がかかることが考えられた。「生まれてこなければよかった」「死んだほうがましだ」など,暴言を受け続けると,聴覚に障害が生じるだけでなく,知能や理解力の発達にも悪影響が生じることも報告されている。言葉の暴力は,身体の表面には傷をつけないが心や脳に傷をつけることを看過してはならない。

激しい体罰の脳への影響

 小児期に過度の体罰を受けると,素行障害や気分障害といったさまざまな精神症状を引き起こすことが知られている。しかしながら,過度の体罰の脳への影響はこれまで解明されておらず,また,体罰を受けたヒトの脳の形態画像解析もこれまで報告されていない。

一般に体罰は「しつけ」の一環と考えられているが,驚くべきことに「体罰」でも脳が打撃を受けることがわかった。厳格な体罰(頬への平手打ちやベルト,杖などで尻をたたくなどの行為)を長期かつ継続的に受けた人たちの脳では,前頭前野の一部である右前頭前野内側部の容積が平均19.1パーセントも小さくなっていた(Tomoda et al,, 2009)。この領域は前頭前野の一部で,感情や思考をコントロールし,犯罪抑制力に関わっているところである。さらに集中力・意思決定・共感などに関わる右前帯状回も,16.9パーセントの容積減少がみられた。物事を認知する働きをもつ左前頭前野背外側部も14.5パーセント減少していた。

これらの部分が障害されると,うつ病の一つである感情障害や,非行を繰り返す素行障害などにつながると言われる。体罰と「しつけ」の境界は明確ではない。親は「しつけ」のつもりでも,ストレスが高じて過剰な体罰になってしまう,これが最近の虐待数の増加につながっているのではないかと思われる。

両親のDV 目撃による脳への影響

夫婦間のDVを目撃させる行為が心理的虐待の一つにあたることが,児童虐待防止法でも定義されている。DV曝露を受けた子どもにはさまざまなトラウマ反応が生じやすく,知能や語彙理解力にも影響があることが知られている。筆者らの検証でも,DV を平均4.1年間目撃して育った人は,視覚野(ブロードマン18野:舌状回)の容積が平均16パーセント減少していた(Tomoda et al., 2012)。また悪い影響が一番出やすい時期は,11歳〜13歳であることがわかった。さらに,DVには殴る・蹴るなどの身体的暴力だけでなく,罵倒するなど言葉の暴力もあるが,こうした「言葉によるDV」を目撃してきた人のほうが,身体的DVを目撃した人より,脳のダメージが大きかった。具体的には,視覚野の一部で夢や単語の認知に関係する舌状回の容積が,身体的DVは3.2パーセントの減少に対して,言葉によるDVでは19.8パーセントの減少と6倍にもなっていた。さらに複数のタイプの虐待を受けた場合,脳へのダメージはより複雑になり,深刻化する。よって,非身体的虐待と身体的虐待を分けるのはナンセンスであろう。

別の調査でも,身体的虐待・精神的虐待とトラウマ反応との関連を調べるとDV目撃の深刻な影響が明らかになっている(Polcari, 2014;Teicher et al., 2006)。解離症状をはじめとするトラウマ反応が最も重篤なのが,「DV目撃と暴言による虐待」の組み合わせだった。つまり,身体的虐待やネグレクトを受けた人よりも,親のDVを目撃し,かつ自分も言葉でののしられた人のほうが,トラウマ症状が重篤であった。

おわりに

さまざまな児童虐待への曝露が脳に及ぼす影響や愛着形成障害の神経基盤に関する知見を概説した。ヒトの脳は,経験によって再構築されるように進化してきたのだろう。児童虐待への曝露が脳に及ぼす数々の影響を見てみると,人生の早期,幼い子どもがさらされた想像を超える恐怖と悲しみ,虐待体験は子どもの人格形成に深刻な影響を与えてしまうことが一般社会にも認知されてきた。子どもたちは癒されることのない深い心の傷(トラウマ)を抱えたまま,さまざまな困難が待ち受けている人生に立ち向かわなければならなくなる。トラウマは子どもたちの発達を障害するように働くことがあり,それによって従来の「発達障害」の基準に類似した症状を呈する場合がある。子どもたちの発達の特性を見守るのが周囲の大人の責任であることを再認識しなければならない。

しかし脳の傷は決して治らない傷ばかりではない。環境や体験,ものの見方や考え方が変わることで脳も変化する。子どもの脳は発達途上であり,可塑性という柔らかさを持っている。早いうちに手を打てば回復するであろう。そのためには,専門家によるカウンセリングや解離に対する心理的な治療,トラウマに対する心のケアを,慎重に時間をかけて行っていく必要がある。トラウマによる傷つきが回復するのに必要なことは,子どもでも大人でも,基本的に同じである。安心・安全な環境,自分に起きていることの理解(心理教育),過去の体験と感情を安全な場で表現する,そして健康に生きるためのライフスキルを習得することが重要である。主な治療としては,トラウマ処理や愛着形成のための心理療法やプレイセラピーである。内的世界を表現することによる自己治癒力の活性化,必要に応じた薬物療法などの有用性も示唆されている。

実際に,トラウマと関係が深いと言われる「慢性疲労症候群」の成人患者に認知行動療法を行ったところ,9 ヵ月で前頭前野の容積が増加したという結果が報告されている(deLange et al., 2008)。まさに脳の可塑性,つまり復元力をもつ柔らかさがそれを可能にする。 だからこそダメージからの回復は可能と考えている。ちなみに母子分離された子どものラットはストレス耐性が低くなるが,その後に十分な養育環境の中に移すと,ストレス耐性が回復することも報告されている。この点を踏まえて,被虐待児たちの脳の異常も多様な治療で改善される可能性があると考えられる。

近年,人生の最初期における愛着形成,信頼の形成が人間の発達にとって決定的に重要であるとの認識が広まっていることはとても意義深い(Suzuki & Tomoda, 2015)。というのは,そこから生まれてくるのは子どもたちに対する視点だけではなく,同時に,親になった者たちの困難さにも寄り添うことにつながるからだ。少子化・核家族化が進む社会の中で,育児困難に悩む親たちは容易に支援を受けることができず,ますます深みにはまっていく。養育者である親を社会で支える体制は,いまだ乏しいのが現実である。そういう意味では,虐待を減少させていくためには,一つの職種だけではなく多職種と連携し,また,子どものみならず親たちとも信頼関係を築き,根気強く対応していくことから始めなければならない。

異世代間の児童虐待(いわゆる世代間連鎖)の発生率を予測した報告(Oliver, 1993)では,子ども時代に虐待を受けた被害者が,親になると子どもに虐待を行う傾向が指摘されている。被害者のうち,自分の子どもに対して日常的に虐待する者がおよそ3分の1で,普段問題はないがいざ精神的ストレスが高まった場合に自らの子ども時代と同様に,今度は我が子に対して虐待する者が3分の1いると見積もられている。一連のエビデンスについての理解が,大人が責任をもって子どもと接することができる社会を築き,少しでも子どもたちの未来に光を当てることができればと願っている。

文献

  • Choi, J., Jeong, B., Polcari, A., et al.(2012)Reducedfractional anisotropy in the visual limbic pathwayof young adults witnessing domestic violence inchildhood. Neuroimage, 59 , 1071-1079.
  • de Lange, F. P., Koers, A., Kalkman, J. S., et al.(2008)Increase in prefrontal cortical volume followingcognitive behavioural therapy in patients withchronic fatigue syndrome. Brain, 131 , 2172-2180.
  • Oliver, J. E.(1993)Intergenerational transmissionof child abuse: rates, research, and clinicalimplications. Am. J. Psychiatry, 150 , 1315-1324.
  • Polcari, A., Rabi, K., Bolger, E., & Teicher, M. H.(2014)Parental verbal affection and verbal aggressionin childhood differentially influence psychiatricsymptoms and wellbeing in young adulthood. ChildAbuse Negl, 38, 91-102.
  • Suzuki, H. & Tomoda, A.(2015)Roles of attachmentand self-esteem: Impact of early life stress on depressive symptoms among Japanese institutionalized children. BMC Psychiatry, 15 , 8.
  • Teicher, M. H., Tomoda, A., & Andersen, S. L.(2006)Neurobiological consequences of early stress andchildhood maltreatment: Are results from humanand animal studies comparable? Ann. N. Y. Acad.Sci., 1071 , 313-323.
  • Tomoda, A., Suzuki, H., Rabi, K., et al.(2009)Reduced prefrontal cortical gray matter volumein young adults exposed to harsh corporal punishment. Neuroimage, 47 Suppl 2 , T66-71.
  • Tomoda, A., Sheu, Y. S., Rabi, K., et al.(2011)Exposure to parental verbal abuse is associated with increased gray matter volume in superior temporal gyrus. Neuroimage, 54 Suppl 1 , S280-286.
  • Tomoda, A., Polcari, A., Anderson, C. M., et al.(2012)Reduced visual cortex gray matter volume and thickness in young adults who witnessed domestic violence during childhood. PLoS One, 7 , e52528.

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