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日本に残されたタキストスコープの歴史を遡る

吉村 浩一
法政大学文学部心理学科 教授

吉村 浩一(よしむら ひろかず)

Profile─吉村 浩一
京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程満期退学。京都大学教養部助手,金沢大学文学部講師,助教授,明星大学人文学部教授を経て,2003年より現職。専門は知覚・認知心理学。著書は『運動現象のタキソノミー』,『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)。

京都大学に残る「多用 途振子型瞬間露出器」(ドイツ Zimmermann 社製)
写真1 京都大学に残る「多用途振子型瞬間露出器」(ドイツZimmermann 社製)
関西学院大学に残る「ネ チャーエフ式タキストスコープ」 (ドイツZimmermann 社製)
写真2 関西学院大学に残る「ネチャーエフ式タキストスコープ」(ドイツZimmermann 社製)
新潟大学旭町学術資料館 に残る旧制新潟高等学校時代の 「落下式瞬間露出器」(安藤研究所 製)
写真3 新潟大学旭町学術資料館に残る旧制新潟高等学校時代の「落下式瞬間露出器」(安藤研究所製)
新潟大学に残る旧制新潟 高等学校時代の「タヒトスコープ」 (島津製作所製)
写真4 新潟大学に残る旧制新潟高等学校時代の「タヒトスコープ」(島津製作所製)。指をさしているところが注視点

視覚刺激を瞬時に提示する装置を「タキストスコープ(瞬間露出器)」と言います。1990年代以降,その機能はパソコンが果たすようになりました。時代を遡ると,パソコンが使われる少し前は,スライドプロジェクタを利用し,そのレンズの前に「液晶シャッタ」を取り付けた「プロジェクタ式タキストスコープ」が用いられていました。電気信号により,液晶の濁りを瞬時に透明にしたり白濁に戻したりすることで,スクリーン上に鮮明なスライド映像を限られた時間だけ提示する仕組みでした。

この装置の活躍期間は短く,まもなくパソコンに取って代わられました。さらにその前の時代は,1メートル四方の木製の大きな箱型のタキストスコープが用いられていました。提示できる刺激数は3チャンネル型が一般的で,3枚の刺激画像を別々の位置にある30 センチメートル四方の刺激板に差し込み,それぞれの刺激板に取り付けられた4 ワットの直流蛍光灯の点灯をコントロールして,異なる3種類の刺激を順次または同時に提示することができました。箱の側面の一つには実験参加者が刺激を見るためののぞき窓があり,そこから覗くと箱の中は真っ暗で,点灯している刺激だけが見える仕組みでした。異なる位置で点灯される三つの刺激画像はハーフミラーで透過または反射され,覗いている人からは真正面の同じ位置に見えます。

おそらく,現役の心理学者が使ったことのあるタキストスコープは,ここまでだと思います。今なお,かなりの心理学研究室にこの箱形タキストスコープの国産品が残っているようですが,次に述べるように,これよりさらに古いタキストスコープが何種類か現存するため,古典機器の仲間には入りきっていないのかもしれません。

いよいよ,わが国に残るそれ以前の古典的タキストスコープの紹介です。まずはドイツZimmermann社から輸入されたものを2台,紹介します。わが国に残る最も古いタイプのタキストスコープは,京都大学に残る「多用途振子型瞬間露出器」(写真1)です。木製の台座の側面にZimmermann社のマークが刻印されており,社名に続き「LEIPZIG」とのみ地名が記されていることから,1906年以前の製造品であるとわかります(年代推定については本誌79号参照)。京都帝国大学への納入年は1908年ですが,おそらく19世紀末の製造品と思われます。ドイツ語での製品名に「ヴント式」と付いていることから,ヴントの研究室で考案された装置でしょう。土台の左右に電磁石があり,電磁石のスイッチが切れると片端に引きつけられていた振子が弧に沿って動き,真下を通過するときに現れるスリットの切れ目を通して,向こう側の刺激が見える仕組みです。スリット幅を変えることで,刺激の見える時間を調節できます。

次に,「ネチャーエフ式」と呼ばれるタキストスコープです。わが国には国産品を中心にかなりの台数が残っていますが,Zimmermann社製のものは,関西学院大学と東北大学にあります。関西学院大学のもの(写真2)はとりわけ保存状態がよく,今でも十分に動きそうです。この写真は裏から見たもので,実験参加者は白く写っている小さな長方形刺激窓の向こう側からこちらに向かって見ることになります。写真2では仕組みがわかりやすいように刺激は左側に外されていますが,本番では窓のところに合わされます。試行開始時,二枚羽根の金属製シャッタのうち下の羽根が窓を隠している状態になります。窓の左にある留め金を外すと,それがスタートスイッチとなってシャッタは錘の力で反時計回りに回転します。二枚羽根の切れ目が通過するあいだシャッタが開き,刺激が現れる仕組みです。二枚羽根の切れ目幅の角度は,ネジで緩めて変更し,提示時間の調節ができます。動力は錘だけのシンプルな構造です。

次に,輸入品ではありませんが,新潟大学に残る変わり種を2種,紹介しましょう。1台は「落下式瞬間露出器」(写真3)で,現在は新潟大学旭町学術資料館に展示されています。その名の通り,電磁石のスイッチが切られると,錘の力で遮蔽板が上から下へ落下し,窓が通過するあいだだけ,裏に置かれた刺激を見ることができます。ギロチンのようなこの装置は,海外製品を手本に安藤研究所が作ったものです。

もう1 台(写真4)も,一見すると同じような装置ですが,材質・サイズが,まるで違います。2メートルを超える木製大型装置で,わが国に現存する古典的実験機器中,最長で,室内での写真撮影をあきらめ,階 段ホールで撮影しました。大きさがわかるよう,筆者が映り込んだ写真を示しました。おそらく授業などでの供覧用として,大きく作られたのでしょう。現在は,新潟大学人文学部の心理学研究室の廊下に,古典的実験機器を格納した大きな棚と背丈を競うように保管されています。

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