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【特集】

ヒトと動物の芸術心理学

われわれヒトは進化の産物です。それならば,心のはたらきも進化の産物なのかもしれません。何となくヒト固有なものと思われる芸術でさえ,ひょっとするとその萌芽がヒト以外の動物に見られるかもしれません。そこで本特集では,ヒト芸術(絵画)の製作と認知,その進化的起源について解説していただくことにしました。

ヒトだけが,作っても空腹は満たされないのに,時間や労力を費やしてまで「芸術作品」を作るのでしょうか? 動物もそうした作品からメッセージを受け取ったり,その価値を判断したりするのでしょうか? とくにヒトに最も近縁な動物種であるチンパンジーの「描く」絵にはどのような特徴があるでしょうか? また,人類はいつ頃から他者と価値を共有できるような「芸術」を表現してきたのでしょうか? 実在しないはずのものを創造して描いたのでしょうか? そして,ヒトが美しさを感じるとき,脳はどのように反応するのでしょうか? その脳活動から,美とは何かを解明できるでしょうか?

この特集で芸術について一緒に考えてみませんか。(脇田真清)

美の情報価と進化的起源

渡辺 茂
慶應義塾大学 名誉教授

渡辺 茂(わたなべ しげる)

Profile─渡辺 茂
1948年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻博士課程修了。文学博士(心理学)。慶應義塾大学助手,助教授,教授を経て,2013年より名誉教授。この間,ビーレフェルト大学,ケンブリッジ大学,ウィーン大学,エコル・ノルマルなどで研究・教育に従事。専門は実験心理学,神経科学。著書は『美の起源:アートの行動生物学』(共立出版),『鳥能力:小さな頭に秘められた驚異の能力』(化学同人)など。

本稿では情報価(informative value)に着目して美の進化的起源ということを考えてみたい。美の弁別刺激効果や強化効果についてはWatanabe(2012;2015)を参照されたい。なお,本稿では基本的に視覚的な美に限定する。

美の心理学的研究

心理学の歴史から考えると美の心理学的研究には二つの大きなブレーク・スルーがあった。一つは心理物理学の祖,グスタフ・フェヒナーの実験美学で,知覚としての美の実験的研究の出発点であるとされている。フェヒナーの実験美学というとその知覚的側面が強調されるが,つまりは好みを計っているので,後のバーラインの新実験美学とそれほど違うわけではない。

もう一つのブレーク・スルーはカナダのトロント大学にいたダニエル・バーラインの行動主義に基づいた「新実験美学」(Berlyne, 1971)である。バーラインは行動による美の測定を提唱した。つまり,美を強化効果と考えたのである。もし,美が行動を通して計れるのなら,動物でも美の研究ができるはずである。その意味でバーラインの新実験美学は動物美学への扉を開けるものであった。ただ,動物美学の実験的研究が本格的に始まるのは20世紀も終わりに近づいてからである(Watanabe et al., 1995)。

感性強化の情報価

行動主義における強化の定義は極めて記述的なもので,オペラントに随伴する事象の生起によってそのオペラントの生起頻度が上がれば,何であっても,それは強化なのである。餌や水といったものばかりでなく,単なる感覚刺激も強化効果を持つことがわかっており,感性強化(sensory reinforcement)といわれる(Kish,1966)。この感性強化は様々な感覚で認められる。

感性強化はなぜ強化効果を持つのか。一つは生体が一定の覚醒水準を保つには一定の外界からの刺激が必要であることがあげられる。このことを示すのがいわゆる感覚遮断(sensory deprivation)の実験で,感覚の遮断は神経系の暴走を誘発する。正常な活動の維持には一定の感覚入力があることが必要なのである。もう一つは情報価である。感覚入力は環境についての情報を与える。生体はこれに対し定位反射,または「おや,何だ?反射」を示す。好奇心と言われるものはこの情報価を積極的に求める行動,情報探求行動(information-seeking behavior)である。

環境についての情報価

ダーウィン美学と言われるものはこの環境の情報価に基づいた理論である(Grammer et al., 2003;Thornhil, 1998;Voland & Grammer, 2003)。民族のいかんに関わらず,木や水,人や動物のいる風景画が好まれることが知られており,この人間の好む風景はヒト発祥の地であるアフリカのサヴァンナの特徴に似ているとするのが「サヴァンナ仮説」である(Dutton, 2009)。さらにダットンは人間の好む風景には見通しと避難という要素があることも示した。丘の上の建物,城などは遠くまでの展望を与えるし,木陰,崖などは遮蔽物としての効果を持つ。対捕食者行動としての風景の選択といえる。

しかし,わたしたちはサヴァンナに似た風景だけを美しいと感じるわけではない。けわしい山もまた美しいと感じる。実際,山岳美学という言葉もあるくらいで,山岳画は洋の東西を問わず絵画のひとつの題材だろう。わたしたちは食べ物などなさそうな岩山や,万年雪に覆われた山の絵を美しいと感じる。山岳美は見る人に哲学的美学における崇高を感じさせるものであり,美の全てを生物学的進化に還元するのは無理がある。

もう一つの感性強化としての美の特性は「適度な複雑さ」である。絵の複雑さが美に重要な役割を果たすことはカントも述べている。中程度の複雑さとはそこからなにか「新しい情報」が得られる可能性を意味する。これも情報価こそが感性強化の機能だという考え方と一致する(Barnes & Baron, 1961)

適応度の情報価

生存環境についての情報も大切だが,動物にとってもう一つ大切な情報は配偶者の適応度(degree of fitness)である。ダーウィンは生存に有利だと思えないクジャクの尾羽などの進化を説明するために性選択を考えた。異性間の性選択は配偶者による選択であり,ダーウィンはメスがある種の「美学」をもっていて,美しい尾羽をもったオスを配偶者として選択するので,そのような形質が進化していったと考えた。こうすれば個体の生存には役にたたない進化も説明できる。しかし,審美眼なる擬人的なものを持ち出したために多くの批判を浴びた。

メスの審美眼抜きの性選択は,美とされるものが配偶者の適応度を示す情報価を持っているとするものである。ニワシドリのオスが作る美しい東屋は,免疫力,外部寄生虫の数,運動技能や知的能力ばかりでなく社会的地位の情報も提供する(Madden, 2002)。すなわち,情報価としての美の起源である。なお,性選択と美の関係についてはHocket(2015)や Prum(2017)を参照されたい。

図1 美の起源としての情報価
図1 美の起源としての情報価
環境についての生存に関わる情報(右)や配偶者についての情報(左)は強化効果を持つ。

芸術は適応度情報価を持つか

今でこそアートはビジネスとして成り立つだろうが,そもそも個体維持に役立っていたとは思えない。ジェフリー・ミラーはヒトの芸術活動も性選択の結果だと主張する(Miller, 2000;Burley & Sympanski, 1998)。配偶者選択の情報価には情報の送り手と受け手の駆け引きがある。

ヒトの場合は化粧や衣装,その他遺伝とは関係なく見せびらかすことのできるものがたくさんある。身体特徴の調整ばかりでなく言語行動(つまり口説き文句)にも多くの偽情報が入っていることはいうまでもない。高価な着物や化粧,高額な自動車などはコストがかかるから,余裕がなくては維持できない。豪華な花束や宝石は,個体の生存には役立たないが,余計なコストを払えることの指標になる。「ハンディキャップの原理」による適合度の情報であるともいえる。芸術の起源もまた,このような原理によるものとも考えられる。

しかし,動物の配偶者選択ではハンディキャップとしては首をかしげるような,たまたまそれがメスの気に入ってしまったと思われるようなものもある。キンカチョウの頭頂に白い羽をまっすぐ生やすと俄然メスに好まれるようになる。赤い足輪をつけてもモテるようになる(Burley & Sympanski, 1998)。これらは人工的な例だが,自然界には適応度のシグナルになっていないのにメスに好まれるという例がいくらでもある。その進化メカニズムは「突っ走り仮説」(runaway hypothesis)によって説明される。

最初に一定数のメスがその形質が気に入って配偶者として選ぶ。その子供はその性質を受け継ぐ。次世代のオスはその形質を持ち,メス はその形質を好む傾向が遺伝する。それが繰り返されるとその形質はより顕著なものとなり,メスがオスを選ぶ指標になってくる。つまり,「頻度依存性のある正のフィードバック」である。ただ,なぜ最初に好まれたかということはよく分からない。

現代アートも似たようなところがある(Routenberug, 2011)。シュールリアリストのマルセル・デュシャンはニューヨーク・アンデパンダン展に作品として便器を出品して有名になったが,つまりは既製品であっても一定の観客が美として認めれば美となるのであって,そこに理屈はない。

「突っ走り仮説」も文字どおり突っ走りでどこまでもエスカレートするのかもしれない。メスは限りなく高コストを求め,オスはなんとか生き残るぎりぎりのコストでメスを惹き付けようとする。素人から見ると現代アートはだれもやっていない新奇性を求めて苦行を続けているように見える。

美のすべてを進化によって説明することはできない。しかし,わたしたちが持つ美の感覚のあるものは過去のより良い環境を求めた情報探索行動に原因を見いだすことができるし,別のあるものは性選択の情報価に起源を求めることができる。現代アートのひとつの特徴はメッセージ性だろうが,動物たちの美はずっと前からメッセージ・アートだったのである。

ただ,それらのメッセージの信号が必ずしも妥当でない(適切な信号でない)場合がある。いわば,ある種のバイアスなのだが,私たちの美の感覚もいわば偶然に突っ走った部分があると考えられる。情報伝達手段としては言語のほうが正確だとも思える。現代アートのメッセージは説明 されないと分からないものが多く,これでは情報価としては問題が多いと言わざるを得ない。しかし,ある種の情動的情報は言語に変換しがたいものがあり,芸術作品を介することによって,より正しく伝達できるものもあるのではないかとも考えられる。

さいごに

図2 心理学的にみたアートの構造
図2 心理学的にみたアートの構造
刺激としてのアートは,弁別刺激特性と強化効果を持つ。アートを生産するためには,運動技能が必要で,実際に作品を作るまでの行動は自己強化によって維持される。さらに,ヒトのアートの場合,生産されたものが他者に強化効果を持つものでなければならない。

本稿で論じなかったアートをめぐる大きな問題は,芸術作品に接した時の愉しみ,快感の問題である。しかし,ヒトの芸術に対する行動のほとんどは「快感」という概念を導入せずに説明できる。強化効果が生じている時の状態の言語的主観的説明が「愉しい」ということなのである。いわゆる「芸術のための芸術」も自己強化として説明できる。詳細は他に譲るが(Watanabe, 2012;2015;渡辺, 2016),芸術活動には作品の弁別刺激効果,作品を作る運動技能,芸術作品を作る行動の自己強化の維持が必要である。

実はここまではヒト以外の動物でもある程度,認めることができる(図2参照)。ヒトに固有なのは,他者にとっての作品の強化効果である。芸術は,たとえ作者の生きている間には認められなくても,その価値の社会的認知が必要である。日曜画家や趣味の陶芸家などの作品は当人にとっては強化効果があっても,社会的に認められない限り,芸術作品とは言えないだろう。

一方で、社会的に強化効果を認められた作品の生産はオペラント行動として維持される。その行動は社会からの強化(評論家からの評価,作品の価格など)によって変容され得るものであり,芸術活動とその商業的成功という問題を起こす。もちろん,ヒト以外の動物たち はこの問題とは無関係である。

文献

  • Barnes, G. W. & Baron, A.(1961)Stimulus complexity and sensory reinforcement. Journal of Comparative and Physiological Psychology, 54 , 466-469.
  • Berlyne, D. E.(1971) Aesthetics and psychobiology. Appleton-Century-Crofts.
  • Burley, N. T. & Sympanski, R.(1998)A taste of beautiful: Latent aesthetics mate preference for write crest in two species of Australian grass finches. American Naturalist, 152 , 792-802.
  • Dutton, D.(2009) The art instinct: Beauty, pleasure and human evolution . Bloomsbury Press.
  • Grammer, K., Fink, B., Moller A. P. & Thornhill, R.(2003)Darwinian aesthetics: Sexual selection and biology of beauty. Biological Review, 78 , 385-407.
  • Hoquet, T.(ed.)(2015) Current perspectives on sexual selection what's left after Darwin . Springer.
  • Kish, G. B.(1966)Studies of sensory reinforcement. In W. H. Honig(ed.) Operant behavior . Appleton-Century-Crofts. pp.109-159.
  • Madden, J.(2002)Bower decorations attract females but provoke other male spotted bowerbirds: Bower owners resolve this trade-off. Proceeding of Royal Society of London B, 269 , 1347-1351.
  • Miller, G. F.(2000)The mating mind. How sexual selection choice shaped the evolution of human nature. Bulletin of Psychology and Art, 2 , 20-25.
  • Prum, R. O.(2017) The evolution of beauty . Doubleday.
  • Rothenberg, D.(2011) Survival of the beautiful art, science, and evolution . Bloomsbury Press.
  • Thornhil, R.(1998)Darwinian aesthetics. C. Crawford & D. L. Krebs(eds.) Handbook of Evolutionary Psychology . pp.543-572.
  • Voland, E. & Grammer, K.(eds.)(2003) Evolutionary aesthetics . Springer.
  • Watanabe, S.(2012)Animal aesthetics from the perspective of comparative cognition. In S. Watanabe & S. Kuczaj(eds.) Emotions of animals and humans: Comparative perspectives . Springer.
  • Watanabe, S.(2015)Aesthetics and reinforcement: A behavioural approach to aesthetics. In Hoquet, T.(ed.) Current perspectives on sexual selection what's left after Darwin . Springer. pp.289-307.
  • 渡辺茂(2016)『美の起源:アートの行動生物学』共立出版
  • Watanabe, S., Wakita, M. & Sakamoto, J.(1995)Pigeons' discrimination of paintings by Monet and Picasso. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 63 ,165-174.

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