公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

  1. HOME
  2. 刊行物のご案内
  3. 心理学ワールド
  4. 81号 ヒトと動物の芸術心理学
  5. 発達上の特性・困難を有する当事者 調査から捉える合理的配慮の視点

【小特集】

発達上の特性・困難を有する当事者 調査から捉える合理的配慮の視点

髙橋 智
東京学芸大学特別支援科学講座 教授

髙橋 智(たかはし さとる)

Profile─髙橋 智
東京都立大学大学院博士課程修了。博士( 教育学)。放送大学客員教授,日本特別ニーズ教育学会代表理事,法務省矯正局外部アドバイザー。専門は特別ニーズ教育学,発達教育学。著書は『城戸幡太郎と日本の障害者教育科学』( 共著,多賀出版) など。

はじめに

近年,発達障害等の発達上の特性・困難を有する当事者(以下,発達障害等当事者)が求める理解と支援に関して,感覚情報処理の困難や身体症状(自律神経系や免疫・代謝・内分泌の不調・不具合)などの身体感覚問題の重要性について注目され始めている。

例えば,成人期に「自閉症」と診断された片岡聡氏(2011)は,博士(臨床薬学)学位を有する専門家でもある立場から,発達障害者の「身体障害性」への支援について次のように述べている。片岡氏は自身の感覚過敏の例として「他人の体臭や騒音に過敏で電車に乗れない」「オフィスの空調の音で仕事に集中できない」こと,「自律神経調節,内分泌調節の脆弱性」の例として「急な気温や気圧の変動で著しく体調を崩す」「睡眠覚醒リズムの調節が困難」なことを挙げ,「発達障害の人は,健常者と比較して内分泌調節,自律神経調節に問題がある人が多く,健常者が普通に適応できる環境変化への対応ができにくいことが多い」「これら発達障害の身体障害性への援助はまさに発達障害者へのバリアフリーの問題」と指摘する。そして,特に「自律神経調節・内分泌・睡眠リズムの調節問題」に対する医療的支援を求めている。

上記の例のように,発達障害等当事者の身体感覚問題は理解されにくく,具体的な支援についてもほとんど明らかになっていない。それゆえに筆者の研究室では,これまで発達障害等当事者のべ1300名以上を対象に,当事者の身体感覚問題(感覚過敏,身体症状,身体の動きにくさ,スポーツの困難,皮膚感覚,食の困難,睡眠困難等)や求めている理解・支援についての調査研究を行なってきた。本稿では,それらの調査研究のうち生きる上で不可欠の「食」「睡眠」の困難を取り上げ,当事者が求めている理解・支援を紹介しながら,合理的配慮のあり方について考えていく。

食の困難と支援のあり方

食物アレルギー・摂食障害など食に関する多様な困難・ニーズを有する子どもが増加し,学校における食に関する指導と対応の充実は重要性を増している。なかでも発達障害等を有する子どもは,きわめて多様な「食の困難」を有している。

例えば,発達障害等当事者の食の困難調査(高校生以上137名回答,比較のため筆者の講義・演習の受講学生119名にも実施)において困難が大きかったのは「人の輪の中でどのように振る舞えばいいのかわからないため会食がおそろしい」「自分が予想していた味と違う味だと食べられない」等であった。対象を小学生まで広げて当事者73人が回答した調査において困難が大きかったのは,「一度好きになったメニューや食べ物にはかなり固執する」「食欲の差が激しく,食欲のない時はとことん食べず,ある時はとことん食べまくる」等であった。

そうした困難に対する支援ニーズでは「配膳時に量を調整したり,どうしても食べられない食材を入れないなど自分で決めさせてほしい」が最も多く,次いで「完食を強制せず,食べられないことも認めてほしい」「食べたいもの等を本人に聞いて,それを大事にしてほしい」等となった。

保護者にとっても子どもの食の困難は,子育ての大きな不安・ストレスである。発達障害等当事者の保護者調査(65人回答)でも「せっかく作ったものをいつも食べてもらえず,自信や意欲を失う」「もう食事を作ることに時間や手間をかけることをやめたい」「食事介助の時などに怒鳴ったり,叱責してしまったことがある」等の回答が寄せられた。

「食べる」ことは「食物=異物」を体内に直接的に受け入れることから,子どもにはとりわけ「不安・恐怖・緊張・ストレス」等を伴いやすく,限定された食嗜好や極度の拒絶になると想定される。それに加えて「子どもの頃に無理強いされたものは一番苦手なものになっている」「給食で居残りして食べさせられ拷問であると感じた」という人も多く,食の困難を「わがまま」と誤解され,厳しい対応が「苦手さ・恐怖感」をさらに 増幅している。学校給食に対しては「『残していいよ』と言ってほしかった」「完食などを強制しないでほしい」など,食の困難への理解と柔軟な対応を求めている。

当事者の食の困難に対する合理的配慮のためには,当事者が抱える困難・支援ニーズを丁寧に聞き取り,それをふまえて支援のあり方を検討することである。例えば,NHKニュースおはよう日本『発達障害の子ども:「偏食」の実態明らかに』(2017年4月5日)で紹介された「広島市西部こども療育センター」では子どもの食の傾向を親から聞き取り,子どもの感覚特性に応じた給食調理,イラストなどを使って食べられる食材ということを示し,子どもの不安を取り除き,安心感を与える工夫をしている。こうした実践を通して,数年で偏食の子どもの9割以上が通常の給食を食べられるようになったと紹介している。

睡眠の困難と支援のあり方

日本の子どもの睡眠時間は,国際的に比較して顕著に短いことが報告されている。睡眠時に成長ホルモンが分泌され,免疫・代謝機能も発達するために,慢性的睡眠不足状態にある日本の子どもは多様な発達困難を抱えていて,例えば睡眠リズムが乱れ,朝も起きられない起立性調整障害の子どもが増えていることが指摘されている。

発達障害等当事者も顕著な睡眠困難を有することはしばしば指摘されるが,その実態は十分に解明されていないため,発達障害等当事者調査を通して当事者の睡眠困難の実態と当事者が求めている理解・支援について検討してきた(当事者197名,受講学生183 名)

睡眠困難のうち入眠時の困難では「入眠までにとても時間がかかる」が上位に挙がり,そのことと「寝ようと思うとありとあらゆる考えが浮かんできて,気持ちをしずめようと思ったとたん,逆にめまぐるしく回りだす」の相関が高く,発達障害等当事者が寝つけない背景には入眠前の興奮があると推測された。

また,「入眠前の興奮」と「日中の嫌なこと」との相関がみられ,「日中の嫌なこと」が寝つけない要因であった。さらに「夜遅い時間を自分の楽しみにあててしまい,遅くまで起きて本を読んだり,テレビを見たり,ネットサーフィンをしたりしてしまう」のように,夜更かししてストレス発散している様子がうかがえた。

睡眠時の困難として「夜中に何度も目が覚める」「フラッシュバックで悪夢をみる」等の「中途覚醒」があり,とくに「ちょっと寝ただけで目が覚めてしまう」と「一度目を覚ますと朝まで寝られない」の相関が高く出た。過去や日中の辛さが睡眠時の夜驚・悪夢につながっている可能性も推測され,こうした中途覚醒は当事者の睡眠時間の減少や睡眠の質の低下にも大きく影響している。

起床時の困難では「起きたときも疲れはとれず,体はとてもしんどい」「朝,疲れていてとても起きられない」等が挙げられた。とくに「日中のストレス」と「朝の目覚めの悪さ」に相関がみられ,日中のストレスが強い時に起床困難も強まることが示されたが,ストレスが自律神経系に影響を与え,そのことが起床困難につながっている可能性も推測される。

睡眠困難に起因する日中の困難では「よく眠れていないので昼間はいつもだるく,すぐに昼寝をしたくなる」などが上位に挙げられ,「睡眠不足のときは考えられないような失敗もしてしまう」ことなどが指摘されている。

睡眠不足や睡眠リズムの乱れが各種の身体症状・体調不良につながり,日常生活の困難を大きくし,その影響でさらに睡眠不足が助長されるといった悪循環が生じており,睡眠困難の支援では睡眠時だけでなく,日常生活全体を含めた支援が求められている。

当事者の「不安・恐怖・緊張・ストレス」への理解と支援

誰しも強い不安・恐怖・緊張・ストレス状態に陥れば,自律神経系や免疫・代謝・内分泌系の不調・不全に起因する多様な身体症状が生じる。それを緩和するには,発達障害等当事者の不安・恐怖・緊張・ストレスの軽減を第一とし,当事者に安心して生きることのできる環境と人間関係の保障が不可欠である。

多様な心身の発達困難を有する当事者は,自身の困難を言葉や態度で表現することが難しいために支援を受けにくく,誰にも相談できないまま,不安を一人で抱え込んでしまうことも少なくない。まず何よりも安全・安心な環境の保障のもとに当事者との信頼関係を築き,声を丁寧に聞き取り,ニーズを把握し,それを踏まえながら支援のあり方を検討することが肝要である。

文献

  • 片岡聡(2011)発達障害者の職場適応を考える:当事者の立場から.「第18回日本産業精神保健学会教育講演」資料

PDFをダウンロード

1