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私の出前授業

心理学はサイエンスなのだ!

佐藤 隆夫
立命館大学総合心理学部 教授・学部長

佐藤 隆夫(さとう たかお)

Profile─佐藤 隆夫
1974年,東京大学文学部第四類心理学専修課程卒業。東京大学大学院人文科学研究科,ブラウン大学心理学部修了(Ph.D. Experimental Psychology)。日本電信電話公社武蔵野電気通信研究所,ATR視聴覚機構研究所,NTT基礎研究所を経て,東京大学大学院人文社会系研究科教授(心理学)。2016年4月より現職。専門は知覚心理学。著書は『知覚・認知・感情』(編著,ブレーン出版)など。

2017年8月23日,立命館大学総合心理学部(大阪いばらきキャンパス)において,日本心理学会の高校生のための心理学講座が開催され,その一環として,僕も知覚心理学に関する講義をさせていただきました。ここでは,その講演の内容を記させていただきます。

こうした高校生(に限らず,一般の大人の聴衆でも)向けの講演で,僕がいちばん伝えたいことは,心理学はサイエンスであり,実験的な手法で「心」に挑む学問であるということと,視覚研究が心理学の重要な要素であるということの二点です。特に,心理学を目指す高校生の多くが,カウンセラーやセラピストとして困っている人を援けたいという希望を持っています。そういう高校生には,心理学にはそうした実用的な側面もあるけれど,心理学のサイエンスとしての側面にも目を向けてほしい。逆に,心理学は人助けの職業分野にすぎないと思っているサイエンス指向の高校生には(そういう方々はこうした講演会には来てもらえないかもしれませんが)心理学が,謎に満ちた,楽しいサイエンスであるということを判ってもらいたいと思っています。

さらに,心理学というと,占星術の延長とまでは言わないまでも,「えっ,私の心がよめちゃうんですか?」にはじまり,血液型と性格とか,職場の人間関係,恋愛,思いやり,なんだかソフトなおばあちゃんの智恵的なものだけではなく(こうした側面もまた,その科学的な検討の重要性は充分意識していますが……),心理学の基本はハードなサイエンスなのだということを理解してほしい,その上で,視覚(知覚・認知)の研究がいかに謎に満ち,興味深いものであるかということ,さらに,それが心理学の重要な要素であるということを伝えたいなんて欲張ってしまうわけです。

こんな話をすると,たとえば,「えっ,なんで視覚研究が心理学なの?」という疑問が出てきます。そこで,そもそも心理学は「心とは何か?」を問う学問であるというトピックに触れることになります。「心とは何か?」を問うにあたって,その本質を哲学的に攻めても良いわけですが,それだと,めちゃくちゃ頭が良くないと歯が立たないし,なかなか「サイエンス」のまな板に乗ってきません。心を,心的機能,つまり感覚・知覚,認知,記憶,学習,感情,思考,言語……といった,なんだか教科書の章分けのような要素的な機能の集まりと捉えれば,個々の要素的機能にも,全体的なアーキテクチャーについても,実証的に取り組めるようになり,さらに,このシステム全体は情報処理のシステムとして捉えることができる,そう捉えることによって,各処理要素内の情報処理,要素間の情報の流れ,全体をまとめる処理の仕組みというような形で分析を進めていけるようになるといった話をします。

眼に入ってきた情報は角膜とレンズの光学的な機能によって,眼球の裏側,底面にある網膜の上に,像を結びます。この網膜像が,網膜内の処理を経て,大脳の第1次視覚野,第2次,第3次視覚野へと流れていきます。こうした情報の流れ,各段階の処理を経て,次々とより高次の段階へと流れていく情報処理の流れをボトムアップ処理と呼びます。脳内に既に蓄えられている情報,つまりより上位から降ってくる,天下り的な情報を基にした,トップダウン処理も重要な働きを持ちます。視覚では,こうしたトップダウン情報として,脳内に蓄えられている,我々を取り巻く世界,環境,さらには,世の中に存在する「物」そのものの性質が重要な 働きを持ちます。

トップダウン処理の例として陰影からの奥行き知覚の話をします。図1は,陰影情報から奥行きが知覚される例を示しています。左上にある図では,小さな円形の部分が出っぱっている凸図形として,また,右下の図では小さな円がへこんでいる凹図形として知覚されます。両者の違いは陰影の分布の違いで,凸図形は上半分が明るく,凹図形は下半分が明るくなっています。こうした違いが円図形の奥行き構造に変換されるためには,光源の位置,つまり光が来る方向が与えられている必要があります。凸図形であり,上方に光源があれば,円の上半分が明るく,下半分が暗くなりますし,光源が下方にあれば,円の下半分が明るく,上半分が暗くなります。凹図形の場合には,陰影の分布と奥行き構造の関係は逆になります。こうした,光源位置,陰影分布,奥行き構造の関係は物理学的な関係であり,自動的に決まるものです。そして,陰影からの奥行き知覚は,この関係を使って,陰影分布を奥行き構造に変換するわけです。

しかし,通常の事態では,視覚系(脳,つまり私たち)は光源の位置を知らされていません。大部分の人々は(例外はそこそこありますが)左上の図を見た瞬間に「出っぱっている!」と答える,つまり,パターンが提示された瞬間に,直接知覚として「出っぱっている」と見てしまうのです。このことは,我々の脳内に,「光は上から来る」という情報が既に存在し,その情報が,奥行きの知覚に無意識的に使われていることを示しています。我々の進化のプロセスで光は,ほぼ常に上から来ているわけですので,このトップダウン的な仮定は進化のプロセスで生まれた系統発生的な知識であるかもしれませんし,また個体発生のプロセスで生まれたものかもしれません。「光は上から」仮説の起源について未だはっきりしたことは言えませんが,いくつかの実験的な事実は,これが生得的なものであること,つまり系統発生的な起源を持つことを示しています。

こうした話を,実験をどう行うか,データをどう見るかという話を交えて紹介し,また,同じようにトップダウンの仮定がなければ見ることのできない事例をいくつか紹介して50分の講義を終えました。みんな,眼を輝かせて聞いてくれていました。この講義から,心理学の真の姿を理解し,サイエンスとしての実験心理学の魅力を感じ取り,聴衆の中のたとえ一人でも,知覚研究は面白い! 僕も大学で知覚心理を学ぼう! と思ってくれたらいいなあと思いながら講義を終えました。

陰影からの奥行き知覚
陰影からの奥行き知覚

図1 陰影からの奥行き知覚

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