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裏から読んでも心理学

鳥の窃視を笑うな

慶應義塾大学文学部 准教授

平石 界

「なんで喧嘩なんかしたんだ。親御さんの下を離れてからずっと,一緒にやってきた友だちじゃなかったのか」「だって……」「だって,なんだ」「あいつが僕を押しのけたんだ。ジョシアナを見ようとして」「女子アナ? なんだお前ら,そんなことで喧嘩したのか。呆れた。だいたいそれなら喧嘩なんかしてないで,野球にでも打ち込んだほうがいいんじゃないか」「ちがいますよ。ジョシアナですよ。小さいんだ。二人で一緒に見ることなんかできないんだ。どうしても見たかったんだ。でもあいつが邪魔したんだ!」「よく分からんが,だからって喧嘩することはないだろう。順番に見るとか」「そんなこと,ちゃんとあいつにも言っているんでしょうね。たしかに今回は僕が先に手を出しましたよ。でも,あいつが先だったことだって,おんなじくらいあった(p > .05)。お互い様のはずです。ちゃんと報告書(de Boer, et al. 2018)は読んでくれたんですか」「おお,報告書。どれどれ」

「……なんだお前,ジョシアナって,女子穴か。え,なに,お前ら,隣の女子をのぞく穴のために喧嘩したの。えええ」「そういうの,やめてもらえませんか。確かにあなたのような人からすれば,女子をのぞき見しようと喧嘩する僕らは馬鹿に見えるかもしれません。鳥ですけど。でもね,僕らだって必死なんです。特に僕みたいな,両親の兄妹婚で生まれた子ってのは,カナリアの世界では悲惨なんです。死亡率だって高いし,寿命だって短い。異性にもモテないし」「え,ちょっ」「僕だってね,必死にがんばってきましたよ。歌だって一生懸命,勉強した。レパートリーでも,声の大きさでも,他のやつらに負けてない(ps > .05)。それでもね,人は無責任に,兄妹婚の子の歌は調子っぱずれだっていうんです。そんなことを女王陛下の雑誌で全世界に向けて発信されちゃったら(de Boer et a., 2016),僕らはどうすりゃいいんですか」「えっと,そのだな」「せっかく女子といい感じになったとしてもね,僕らみたいなのが相手だと微妙に小さい卵を産むんですよ。酷くないですか? それでも必死にやってるんだ!」

「き,君の事情は分かった。でも,ほら,女子にモテたいなら,もっと別なやり方もあるんじゃないか。イクメン方向でアピールするとか。野生環境では両親そろって子育てすることが,子供のために大事だそうじゃないか」「僕は正真正銘の温室育ちです! それにあなたが言っているのはハタネズミの話でしょう(Lucia-Simmons & Keane, 2015)。あんな,哺乳類の話なんて。それにハタネズミだってね,兄妹婚生まれじゃない男は,妻子を放ってどっか行っちゃっても,あんまり問題がなかったんだ。でも僕らは子育てをがんばらないと不利になる。その上ね,兄妹婚生まれの男を夫に持った女子は,浮気をしている確率も高かったんですよ! 逆にシデムシの女子は,相手が兄妹婚出身だってなると,過剰に子育てがんばるって噂もあって,それはそれで夫を信頼してないってことじゃないですか(Mattey & Smiseth, 2015)。悲しいですよね。鳥を馬鹿にするのも大概にしてほしいです。涙が出てきて,もう嗤うしかないですよ」

「……。あなたたちもね。あなたたちのせいで数が減って,近親婚せざるを得ない動物がたくさん出てきているんでしょう。こんなところで鳥の喧嘩に口出ししている暇があったら,僕らみたいな生い立ちの者からちゃんと学んで,そういう動物のために何か考えたらどうなんですか」「なんか,ほんと,すみません」

Profile─ひらいし かい
慶應義塾大学文学部 准教授
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より現職。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石 界

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