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この人をたずねて

四本 裕子
東京大学大学院総合文化研究科 准教授

四本 裕子(よつもと ゆうこ)

Profile─四本 裕子
1998年,東京大学文学部卒業。米国マサチューセッツ州ブランダイス大学大学院に留学し,2005年にPh.D. (Psychology)取得。ボストン大学,マサチューセッツ総合病院,ハーバード大学でのリサーチフェローを経て2012年より現職。専門は認知神経科学,知覚心理学。著書は『基礎心理学実験法ハンドブック』(分担執筆,朝倉書店)など。

四本先生へのインタビュー

インタビュアー:なかむら こうよう

─四本先生のご研究のテーマについて教えてください。

一言でいうと,ものを見たり感じたりする知覚の現象を脳内のネットワークの働きによって説明することを目指しています。具体的には,時間知覚や,視覚や聴覚などの多感覚統合について,行動実験やシミュレーション,脳機能計測,経頭蓋電気刺激法などを用いて研究しています。さまざまな知覚の現象を観察し,心理学的モデルで説明するだけでなく,そのような現象が生じるメカニズムを脳神経システムのレベルまで含めて理解したいというのが研究のモチベーションです。

─大域的なネットワークとして機能する脳という見方から知覚を研究する意義とは何でしょうか?

認知神経科学の研究では,あたかも脳のある局所的な領域の活動によってこころの働きが実現されているような語られ方をすることがあります。こうした説明は単純で分かりやすいので広く受け入れられやすいのですが,実際には知覚をはじめとしたさまざまな心理現象は脳全体がネットワークとして機能しているからこそ実現できているのだということを理解しておかなければならないと思います。例えば,視覚や聴覚の感覚情報をコードする脳領野については,細かい部分まで責任領野とその局所的な活動が特定されていますが,時間経過や長さの感覚をコードする時間知覚の責任領野は見つかっていません。

時間の感覚というものは神経オシレーションによって形成される脳の広域なネットワークの相互作用によってはじめて実現されるもので,脳の局所ばかりを眺めていても明らかにできない現象や事象は実に多く存在しています。これからはそういった現象を深く探っていきたいと考えています。

─実験心理学的な知覚研究に神経科学的な視点の必要性を感じたきっかけはありますか?

ブランダイス大学大学院に在籍していた頃,ヒトが見た映像の視覚的記憶が不正確になっていく過程を数理モデルによって説明するという研究に取り組んでいました。こうした研究で,記憶の変容の時間特性や干渉現象を上手く説明することができるようになったわけですが,他の研究者から「いくら数理モデルによって視覚を説明したつもりになっていても,脳の中で本当にそんな仕組みがあるのかわからない!」という批判を受けたこともありました。それが反動のエネルギーに転じて「じゃあ脳の活動だって測ってやろうじゃないか!」という気になって,神経科学への道を拓いたきっかけとなったと思います。

そして,実際に自分で脳の活動を計測してみて,そこから見えてくるものにますます魅力を感じるようになりました。ある行動や心理現象を測定するだけじゃなくて,それを生み出す脳の仕組みを含めて理解していくことで,目の前にある現象をより深く理解することに繋がりますし,「こういう視覚刺激の提示の仕方をすると神経系にこんな変化が生じるはずだから,知覚の歪みはこう変化するはずだ!」といった具合に,行動実験の仮説を精緻化し,さらにその仮説を脳波計測や経頭蓋電気刺激の実験で検証するといったことが可能になります。

─10年近くにもわたる海外での研究活動は今にどのように繋がっているでしょうか。

海外での研究生活を経て,研究者として精神的にも肉体的にもタフな人間になって日本に帰ってきたというのが一番しっくりくる表現かなと思います。アメリカでの研究ってものすごく競争的で,大学院時代は自分でなんとか道を切り拓かないとどうにもならないという焦りから,常に前のめりの姿勢になっていましたね。特に,ボストン大学でポスドクやっている頃は,世界中から優秀な研究者たちが集って,そんな環境の中でしのぎを削っていると,自ずと野心剥き出しのギラギラ感が芽生えてきます。あの感覚はアメリカでの研究生活がなければ経験できなかったことだろうと思います。日本だとそういうギラついた感じが嫌いな人もいるでしょうけど,若い時にはそういう溢れるエネルギーが研究において大きな推進力になると思います。

─四本先生の若手研究者の育成や指導のポリシーとはどのようなものでしょうか。

私の研究室の学生は,えげつないくらいに日々鍛えられています(笑)。例えば,研究ミーティングは全部英語で行い,毎週みんなで7本以上の国際誌論文を読んでディスカッション。それに加えて,自分の研究プロジェクトの文献調査と実験,ベイズ統計学の勉強等々。これだけのことを続けていくのは当然楽なことではありません。そして,学生に課したことは私自身もすべてやります。常に新しい技術や知識を学び続けることが大事。だからこそ,高い生産性を維持しながら研究成果を出すことができる。筋トレと一緒で苦しいけど,こうしたルーティーンが研究者としての資質を醸成していくんだと思います。

─最後に若手研究者へのメッセージをお願い致します。

いま学生や若手研究者が研究の道へ進むことに対してネガティブな側面が誇張されることもありますが,個人的には世の中で言われているほど悲観的になる必要はないと思っています。皆が研究者を目指すことを躊躇っていては研究者不足になりますしね。何よりも,研究者ほど知的好奇心を刺激し続けてくれる楽しい仕事って他にはないと確信しています。そんな今だからこそ,好奇心に誘われるまま研究者の世界に飛び込んでみるのも良いのではないでしょうか。そんな皆様を四本研はお待ちしております(笑)

インタビュアーの紹介

インタビュアー:なかむら こうよう

インタビューを終えて

私が四本先生に初めてお会いする機会に恵まれたのは,四本先生がアメリカから帰国され,慶應義塾大学特任准教授に着任された年でした。当時,同大学文学部の学生で,研究者として第一歩を踏み出すその瞬間にいた私は,四本先生の溢れんばかりの知的好奇心と燃えたぎる野心に魅せられて,自然と研究者の道に惹かれていました。その頃,私は卒業論文のテーマとして,fMRIを用いてヒトの顔魅力知覚の神経基盤を探る研究に取り組んでいました。四本先生にfMRIのオペレーションや解析のノウハウを手ほどきいただきながら,自分のコンピュータ画面上に黄色く光る視覚野の活動を見た時の感動は今でも忘れることができません。そんな体験が私の研究者としての原体験となっています。

今回のインタビューを通して,改めて四本先生の知的探究心に強く刺激を受けました。誌面の都合上詳しく取り上げることは叶いませんでしたが,時間知覚や多感覚統合の研究の他にも,健常者と脳の機能不全をかかえた患者さんの脳内ネットワークの比較研究やユニークな錯視研究等,四本先生が取り組まれているテーマは実に多岐に亘っています。詳細を知りたい方は是非,四本研究室のホームページをご覧ください。

現在の関心

私は視覚芸術やヒトの顔・身体に知覚される美しさの感覚を生み出す心と脳の仕組みについて研究しています。私たちがどのようなものに美しさを感じ,それはどのような脳機能によって実現されているかを考えることが私の研究に通底するテーマです。これまでの研究では,fMRIや脳波などの脳機能計測によって,私たちが何かを見て美しいという感覚を経験しているとき,前頭前野が視覚美の経験に関与していて,この脳領域に微弱な経頭蓋直流電気刺激を与えると,美の経験にも変化が生じることを明らかにしてきました。加えて,知覚心理学で用いられてきた実験パラダイムを美の研究に導入し,自分の内観では明らかにできない,即時的で無自覚的な美の知覚プロセスについても研究を行っています。

最近は,美や魅力の知覚対象としての「顔」に興味を持っていて,どのような顔特徴が魅力印象の手がかりとなっているのかを計算モデリングの手法を使って特定し,顔の魅力印象を定量的に操作するための技術の開発にも取り組んでいます。今後は,美を知覚する人間側の認知神経科学メカニズムと美の知覚の対象の側の視覚特徴の両面から,美の知覚メカニズムを深く探究していくことを目指しています。

Profile─なかむら こうよう
日本学術振興会特別研究員PD(早稲田大学理工学術院)。2017年,慶應義塾大学大学院社会学研究科修了。博士(心理学)。同年より現職。専門は認知心理学,神経科学。論文はPrioritized identification of attractive and romantic partner faces in rapid serial visual presentation(共著,Archives of Sexual Behavior)など。

なかむら こうよう

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