【特集】
こころとからだ
こころ(心)とからだ(身体)の関係は,昔も今も心理学の大きな関心事です。身体の動き(運動反応・運動行動)に注目した心身の協調関係に関する研究や,生理的な活動に注目した心身の相互関係に関する研究など,心理学では多様な観点から心身関係の理解が深められてきました。前者は演奏やスポーツなどのハイパフォーマンスや,加齢や障がいに関わる問題と,後者は社会環境への適応や心身の健康に関わる問題ともそれぞれ密に関連するなど,私たちの実生活に深く根差した取り組みとしても結実しています。
本特集は,こころとからだの関係に関する最新の成果を紹介すべく企画しました。迅速な運動行動を支える脳のはたらきとそこから垣間見える汎用的な機能,運動行動に無自覚的に作用する重力の影響とその巧みな制御,社会的場面で生じる赤面現象の適応機能とそれを成立させる神経構造の妙,内分泌系に現れる心身相関の特徴と測定法の進展がもたらす健康問題への示唆など,こころとからだの心理学ワールドの最前線にどうぞ魅了されてください。(手塚洋介)
「予測」を調べると心と体の関係が見えてくる
─予測からみた心と体の相互作用
小谷 泰則(こたに やすのり)
Profile─小谷 泰則
1998年,東京都立大学大学院博士課程理学研究科生物学専攻修了。博士(理学)。専門は生理心理学,スポーツ心理学。著書は『生理心理学と精神生理学』(分担執筆,北大路書房),『スポーツ精神生理学』(分担執筆,西村書店),『現場で活きるスポーツ心理学』(分担執筆,杏林書院),『これからの健康とスポーツの科学』(分担執筆,講談社),『ニューロサイエンスと子どものこころとからだ』(分担執筆,田研出版),『脳型情報処理』(分担執筆,森北出版)など。
「私が滑っていく先はパックがあるところではない。パックが向かおうとしているところだ。」これは元アイスホッケー選手のウェイン・グレツキー選手の有名な格言である。このように,多くのアスリートは,現在の状況から次の状況を「予測」しながら普通では考えられないような素晴らしいパフォーマンスを発揮する。
このような予測は,脳内のどのような領域が関与しているのであろうか? 予測は時間とともにダイナミックに変化することから,「時間」という要因が重要になってくる。そのため,fMRIといった脳イメージング技術の他に,高い時間分解能を持つ脳波を用いた研究も行われている。脳波には様々な種類の脳波があるが,これらの中のひとつに「緩電位」と呼ばれる脳波がある。この緩電位はその名前のごとく脳の電位が数秒間かけて非常に緩やかに発生する脳波で,運動の準備をして待っているときや,次に発生する刺激などを予測し待っているときに出現する脳波である。例えば,運動会などでよく見かける「ヨーイ,ドン」という場面(実験的には予告反応時間パラダイムという)を用いて脳波を測定すると,準備を促す「ヨーイ」と,運動の開始を促す「ドン」の間に緩やかな電位変化を観察することができる。また,運動をさせなくても,数秒後に重要な情報をもった刺激,例えば金銭報酬がもらえるかもらえないかといった重要な情報などが呈示されることがわかっていると,その刺激を予測し,数秒前から緩電位が出現することもわかっている。
この緩電位を測定し,時間的にどのような電位の変化が生じるか,また,前頭部や後頭部では電位の分布がどのように異なっているかといった頭皮上の分布や電位の発生源を調べることにより,予測のレベルが時間とともにどのように変化し,それは脳のどのような領域や機能と関連しているかを類推することができる。
心と体をつなぐ島皮質
予測と関連する緩電位の発生源については,様々な脳領域が関係していることがわかっているが,特に島皮質と呼ばれる脳領域が予測に大きく関与し,さらには「心と体」の関係においても重要な役割をなしていることが近年の研究でわかってきた。
島皮質は,図1に示すとおり,見た目ではあたかも島のごとく存在している。しかし「島」という孤立したイメージを持つ名前とはうらはらに,他の脳領域と神経的なつながりを多く持っていることが知られている。例えば,島皮質は,前頭葉(認知),頭頂葉(注意),側頭葉(言語・聴覚)や帯状回(感情・認知),扁桃体(感情),視床(情報伝達)など幅広い脳領域と双方向的な神経連絡を持っている。島皮質は幅広いネットワークを持っているため,その機能も豊富であり,自分の体の状態の意識化から,運動・認知プロセス,意思決定,知覚・情動など非常に多くの機能に関与している。
近年では,脳のネットワークに関する研究が進み,脳内には,体の状態の意識化や外界の顕著な刺激を同定する「顕著性ネットワーク(salience network)」,課題などに集中した状態の時に賦活する「中央実行ネットワーク(central executive network)」,ボーッとした状態などの安静状態の時に賦活する「デフォルトモード・ネットワーク(default mode network)」など様々なネットワークが存在することが明らかにされている。島皮質は,前部帯状皮質とともに顕著性ネットワークにおいて中心的な役割をなすといわれている。この顕著性ネットワークは,外界の顕著な刺激を同定し,その刺激処理を行うために,デフォルトモード・ネットワークと中央実行ネットワークとの間のネットワークの切り替えなども行っているとされている(Menon, 2011)。
このように島皮質は,体からの情報を意識化するという機能を持ちつつ,意思決定やネットワークの切り替えにも関与していることがわかる。このような島皮質の機能を考えると,島皮質は,体の状態をモニターしつつ,その状態に合わせて脳のネットワークを切り替えるという働きを担っているのかもしれない。つまり,島皮質は体と心をつなぐ非常に重要な脳領域であるといえる。
なぜ島皮質が予測と関係するのか
これまでみたように島皮質は,体の状態をモニターしながら,様々な認知的な機能や情動的な機能に関与している。しかし,なぜ「予測する」という現象にまで島皮質が関与するのであろうか。
このような疑問に対してグらは,interoceptive predictionという考えを提唱している(Gu, et al., 2013)。この考えによると,前部島皮質は内受容感覚の反応の予測(prediction)を末梢の自律神経系に送り,そこから実際の内受容感覚を受け取り,予測との誤差(prediction error)を計測する。そして,前部島皮質はその結果を前部帯状皮質と相互的に情報交換し,次のpredictionを修正していくという。すなわち,刺激に対して体はどのような反応をするかを予測し,実際の体の反応と予測した反応との誤差を検出していることになる。このことは,脳は常に体がどのような反応をするのかをモニターし,そして予測していることになる。
実際に,ある刺激を予測している時の心拍数を見てみると,心拍数は予測が始まってから一度抑制され,その後加速された後に,刺激呈示直前に再び抑制されることがわかっている。このことは,予測している時や次の刺激呈示を待っている状態の時にも自律神経系は大きく変動していることを意味し,刺激が呈示されるまでの間に前部島皮質が内受容感覚の反応の予測と予測誤差の検知を連続的に行い予測のレベルを調整している可能性を示唆している。
これまで見てきたように予測というものは,単に運動の準備,注意配分の準備を行うのではなく,呈示された刺激によってもたらされる体の反応についても予測し,そして予測との誤差の検知を繰り返しながら,運動の準備や注意配分を最適な状態に調整しているのかもしれない。
なぜ体の状態は意識化されるのか
前部島皮質が,体の状態を意識化させ意思決定や脳のネットワークの切り替えを行い,さらに自律神経系や内受容感覚の反応を予測し,最適な行動を発現するための様々な調整を行っていることは理解できる。しかし,なぜ島皮質は,モニターした末梢の内受容感覚を「意識化」させる必要があるのであろうか。もし最適な行動を発現させるためのみであれば,意識化せずともその情報を無意識的に処理し運動の調整に利用しても良いのではないだろうか。
近年,運動における島皮質を中心とした内受容感覚の役割は,中枢性疲労すなわち「疲労感」を発生させ恒常性維持(生命維持)のために運動を停止させることにあるという興味深い考えが提案されている(McMorris, Barwood, & Corbett, 2018)。中枢性疲労という考えは,筋を電気刺激し強制的に筋を収縮させたときの筋出力や筋放電よりも,自分の意思で随意的に筋を収縮したときの筋出力や筋放電のほうが小さく(Asmussen, 1979),中枢が末梢に抑制をかけているという知見から始まっている。
中枢性疲労については当初はセロトニン仮説が提唱された。セロトニンは鎮静作用と眠気を催す物質であり,セロトニンの前駆物質であるトリプトファンは,血中にアルブミンと結合した状態のトリプトファンと,アルブミンとは結合せず単体で存在しているものとがある。単体のトリプトファンは,血液脳関門を通過し脳内に達することができるがアルブミンと結合したトリプトファンは血液脳関門を通過できない。しかし,運動により遊離脂肪酸が血中に放出されると,遊離脂肪酸がアルブミンをトリプトファンから分離させ,遊離脂肪酸自体がアルブミンと結合する。その結果,単体のトリプトファンが血中に増え,単体のトリプトファンは血液脳関門を通過できるため,脳内のトリプトファンが増える。そして,最終的には脳内のセロトニンの濃度があがることとなる。運動により増加した脳内のセロトニンが鎮静や眠気を生じさせ,最終的に中枢性の疲労が生じるという考えがセロトニン仮説である。この運動とセロトニンのメカニズムについては,なぜ運動を行うとうつ症状が軽減されるのかという運動の抗うつ作用のメカニズム(運動により脳内のセロトニン濃度が増加し,うつ症状を低減させるという考え)としても用いられることもある。
このセロトニン仮説から始まり,中枢性疲労は脳内のセロトニンとドーパミンとの相対的な濃度比から決まり,ドーパミンの濃度のほうが高い場合には,運動パフォーマンスがあがり,セロトニンの濃度のほうが高い場合には,疲労し運動パフォーマンスが低下するというセロトニンとドーパミンの相互作用による仮説,さらには,エピネフリン,ノルエピネフリンなどのカテコールアミンとセロトニンとの関係性をもとにした仮説などが提唱されるなど,現在においてもその詳細なメカニズムに関して様々な研究が行われている(McMorris et al., 2018)。
運動を継続することは体温の上昇や発汗による水分の喪失など,恒常性維持にとって危険な状態をまねく恐れがある。そのため,恒常性を維持することができなくなる前に,中枢性疲労を発生させ,さらに主観的な疲労感を発生させ運動を停止させる必要が生じる。すなわち,島皮質が体の状態を意識させる意味は,体の状態をモニターし,必要に応じて中枢性疲労すなわち主観的な疲労感を発生させ,恒常性維持・生命維持のために運動や行動を停止させるというブレーキの役割を担うということなのかもしれない。
「強い意志」で乗り越える
これまで見てきたように,島皮質は体の状態をモニターし,そして次に発生する体の反応を予測することによって,行動の調整を行う。そして体が疲労した状態の時には,疲れた体の状態を「意識化させる」ことによってブレーキをかける役割をも担っている。このような働きを持つ島皮質のひとつの特徴として,脳の前頭前野から抑制を受けることが知られている。前頭前野は人間の「意思」と関係する脳領域であり,前頭前野が島皮質に抑制的な神経連絡を持っていることは,これまで見てきた行動の調整においてどのような意味があるのであろうか。
ひとつの可能性として,「疲労感」という体からの情報を「強い意志」で抑制できることを意味しているのかもしれない。例えば,体が疲れた状態の場合には,島皮質は脳のネットワークを「ボーッとした状態」の時に活動するデフォルトモードネットワークに切り替えようとすると考えられる。しかし,意志によって島皮質を抑制することにより,デフォルトモードネットワークから課題に集中したときに働く中央実行ネットワークに切り替えることができるのかもしれない。このように島皮質の活動を抑制することにより,体が疲れた状態であっても,強い意志によってこなすべき課題に集中できるようになるのかもしれない。
しかしながら,注意しなければならないことは,三つのネットワークのうち,最も重要な顕著性ネットワークのみが,生まれながらに存在するネットワークではなく,年齢とともに発達するネットワークであるということである(Menon, 2011)。このことは,青少年期に過度に「意志で疲労感を抑制させる」こと,すなわち過度に顕著性ネットワークに抑制をかけることは,脳の切り替え機能の発達を阻害し,うつ病などの心理的なトラブルを引き起こす原因になり得ることを示している。さらに,顕著性ネットワークの一部である扁桃体と呼ばれる脳領域から大脳皮質への神経のつながり(投射)の量と,逆の大脳皮質から扁桃体への神経の投射の量では,扁桃体から大脳皮質への投射のほうが多いことがわかっている(ルドゥー, 2003)。すなわち,「体」からの情報のほうが「意志」よりも強く反映されやすいという脳の仕組みになっていると考えられる。
一般に「心が折れる」ということばを用いることが多々ある。これは,体が疲弊し「強い意志=前頭前野」で顕著性ネットワークを抑制しようとしてみたものの,扁桃体からの神経の投射の多さゆえに体からの「疲れている」という情報に勝てずにデフォルトモードネットワーク優位の状態へシフトし,さらには度重なる顕著性ネットワークの抑制によって切り替え機能が低下し,動機づけが低下したままの状態になってしまうことが「心が折れる」と表現されるのかもしれない。
以上のようなことを考えると,体の情報は島皮質や顕著性ネットワークを通して,様々な機能に影響を与えていることが考えられる。このことは,体の状態を最適に保つことが,与えられた課題をこなすためにも重要な要因であることを示しているといえる。
まとめ
「ヨーイ,ドン」という非常に単純な現象ではあるものの,その時に発生する脳の活動を丹念に見ていくと,人間の心の機能にとって,体の状態というのは非常に大きな影響を与えることがわかってくる。
体の状態は,島皮質を含む顕著性ネットワークによりモニターされ,行動の調整やネットワーク切り替えに影響を与えるとともに,疲労感といった感情をもたらす。このような機能は意志によって抑制できるものの,発達段階によっては心理障害の可能性もはらんでいる。
以上のようなことを考えると,良い食事・良い睡眠・良い運動という,体の状態を整える行為が,心の機能を高めるための重要な要因であることが考えられる。
文献
- Berret, B., Darlot, C., Jean, F., Pozzo, T., Papaxanthis, C., & Gauthier, P.(2008) The inactivation principle: Mathematical solutions minimizing the absolute work and biological implications for the planning of arm movements. PLoS Computational Biology, 4, e1000194.
- Gu, X., Hof, P. R., Friston, K. J., & Fan, J.(2013) Anterior insular cortex and emotional awareness. J Comp Neurol, 521, 3371-3388.
- McMorris, T., Barwood, M., & Corbett, J.(2018) Central fatigue theory and endurance exercise: Toward an interoceptive model. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 93, 93-107.
- Menon, V.(2011) Large-scale brain networks and psychopathology: A unifying triple network model. Trends Cogn Sci, 15, 483-506.
- ジョセフ・ルドゥー(2003)『エモーショナル・ブレイン』 p.341. 東京大学出版会