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【特集】

慢性的なストレスはからだにどのような影響を与えるか

井澤 修平
独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 産業ストレス研究グループ 上席研究員

井澤 修平(いざわ しゅうへい)

Profile─井澤 修平
2005年,早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。早稲田大学先端科学・健康医療融合研究機構客員研究助手(専任),客員講師(専任)を経て,2009年より現職。専門は精神神経内分泌免疫学,産業保健心理学,健康心理学。著書は『生理心理学と精神生理学』(分担執筆,北大路書房)など。

人はストレスにさらされている時にどのような反応を示すのだろう。学生時代,あまのじゃくであった私は,生理指標の中で,コルチゾールというホルモンに注目した。当時,欧米では多くの研究で利用されていたが,日本の心理学の分野では,脳波や心拍などの電気的な指標と比較して,まだ少数派の生理指標であった。現在では,ホルモンなどの液性の指標の利用は多少増えてきたが,まだ,馴染みのない方も多いと思う。そこで,本稿では,コルチゾールの基本的な特徴から始めて,最近の著者の研究までを紹介したいと思う。

コルチゾールの基本的特徴

コルチゾールは副腎皮質から放出されるステロイドホルモンである。血中のコルチゾールと唾液中のコルチゾールは相関が非常に高いことが知られており,コルチゾールの評価には唾液試料が利用されることが多い。唾液採取にあたっては,口の中にスワブ(スポンジ状のスワブなど)を入れ,スワブに唾液を含ませることによって,採取することが多い。唾液は血液と違い,非侵襲的に採取することができ,このことがコルチゾールを利用した研究の多さにつながっている。また,採取自体には高価なデバイスは必要ないので,フィールド研究でも利用しやすいことも利点の一つである。

急性のストレスは血中や唾液中のコルチゾール濃度を増加させることが知られている(図1)。特に,他者に評価されるような状況やコントロールできない状況など,ストレスフルな状況でコルチゾールが上昇することが知られている。また,コルチゾールは様々な生物学的作用を有することから,ストレスと病気を結びつけるホルモンとして注目されている。例えば,コルチゾールの過剰な分泌によって海馬の神経細胞が減少することは比較的よく知られており,また,コルチゾールとうつや心的外傷後ストレス障害などの精神疾患の関連についても繰り返し研究が行われている。また,コルチゾールは炎症との関連も深いことから,肥満,メタボリック・シンドローム,心疾患などとの関連についても研究が行われている。

コルチゾールの測定には酵素免疫測定法(ELISA法)というものが利用されることが多い。ホルモンは目に見えない微量なものであるため,コルチゾールに特異的に結合する抗体を利用して,測定するというのが原理である。マイクロプレート(13センチ×9センチ程度の大きさの透明の平板に96個のくぼみ(穴)があるもの)に,唾液や試薬を順番に入れて反応させ,最終的にはマイクロプレートリーダーによって吸光度の測定を行う。たいていの場合は,採取した唾液を冷凍状態で保存して,検体数が一定数たまった時点で,いっぺんに測定することが多い。

図1 急性ストレスに対する唾液中コルチゾールの反応:ストレス課題(スピーチと暗算,グレー部分)が終わってから10分後に唾液中コルチゾールの上昇ピークが来ている(Izawa et al., 2008のデータをもとに著者が図を作成)。
図1 急性ストレスに対する唾液中コルチゾールの反応:ストレス課題(スピーチと暗算,グレー部分)が終わってから10分後に唾液中コルチゾールの上昇ピークが来ている(Izawa et al., 2008のデータをもとに著者が図を作成)。
*ベースライン(−10分のコルチゾール値)から有意に上昇していることを表す。

慢性的なストレスと唾液中コルチゾール

ストレス課題に対するコルチゾール反応については多くの実験室研究が行われている。しかしながら,健康との関連を考える上では,急性の短時間のストレスよりは,生活場面で慢性的に続くストレスに注目する必要がある。慢性的なストレスとコルチゾールの関連については相関研究が多く,コルチゾールが増えると報告するものもあれば,逆に減ると報告するものもあり,意外にわかっていないことが多い。そこで,慢性的なストレスと唾液中コルチゾールの関連を実験的に調べた著者の二つの研究を紹介する。

一つ目は,卒業論文を執筆する学生を対象とした研究である(Izawa, et al., 2007)。急性ストレスの研究であれば,実験室で実施することができるが,慢性的なストレスの場合,数週間〜数ヵ月の間,実験参加者を実験室に拘束してストレスをかけることは,物理的・倫理的に難しい。そこで,比較的長期的なストレスが発生する状況を利用して,コルチゾールの動きを検討しようというのがこの研究の目的である。対象となったのは,卒業論文を執筆する10名の学生であった。卒業論文の執筆は,膨大な執筆作業やそれに伴う締め切りなど,学生にとってストレスフルであることは想像に難くない。10名の学生は,卒業論文提出締め切りの1ヵ月前,2週間前,数日前,1週間後のタイミングで,自宅で起床時に唾液を採取するように伝えられた。コルチゾールは朝の起床時に急激に上昇する現象が知られており,これはCortisol Awakening Response(CAR)と呼ばれている。この研究では,CARを評価するために,起床直後から起床1時間までの間に4回唾液を採取するように求めている。その結果,図2に示すように,コルチゾールは締め切り数日前の時点で最も高い値を示した。

二つ目は,教育実習に参加する学生を対象とした研究である(Izawa, et al., 2012)。卒業論文の執筆については,早い時期に取りかかる学生もいれば,ぎりぎりに取りかかる学生もおり,ストレスの体験には個人差が大きい。そこで,二つ目の研究では,ストレスのオンとオフが比較的はっきりしている教育実習に注目した。教育実習は,新しい人間関係や実習の記録,実習中にパフォーマンスを評価されることなど,参加する学生にとってストレスフルな体験であることは明白である。対象は,33名の2週間の教育実習(幼稚園実習)に参加する学生であり,実習開始の2週間前,実習1週目,2週目,実習数日後のタイミングで,自宅で起床時と就寝前に唾液を採取するように求めた。結果は,図2に示すとおりである。実習中にコルチゾールが高い値を示しており,一つ目の研究と類似した結果であった。

以上の結果から,ストレスが2週間〜1ヵ月程度続く状況では,コルチゾール分泌が増加することがわかった。しかしながら,この二つの研究では対照群を設けておらず,また,ストレスの期間も「慢性的」というには短く,研究デザインとしては科学的に満足のいくものではない。また,コルチゾールの上昇は,慢性的に蓄積されたストレスによる影響なのか,その時のストレスの影響なのか(例えば,課題の締め切りに負担を感じている状況),厳密には切り分けて検討できておらず,フィールド研究の限界を感じる部分でもあった。

ⅱ.各媒体における打消し表示の実態の表
図2 卒業論文執筆状況(A)ならびに教育実習状況(B)における唾液中コルチゾールの変化:(A)の縦軸は朝のコルチゾールの積分値(AUC)を,(B)の縦軸は3時点(起床直後,30分後,就寝前)からの推定値を表し,卒業論文提出数日前,教育実習中に唾液中コルチゾールが上昇していることがみてとれる(Izawa, et al., 2007およびIzawa, et al., 2012のデータをもとに著者が図を作成)。
*各研究のベースライン(1ヵ月前ならびに2週間前のコルチゾール値)から有意に上昇していることを表す。

毛髪や爪に含まれるコルチゾール

2000年代後半から,毛髪に含まれるコルチゾールについての研究が報告されるようになった。もとはスポーツ選手のステロイドなどの薬物使用の判別のために注目されていた方法であるが,これをステロイドホルモンの一種であるコルチゾールに利用した形である。毛髪は,形成される際に毛細血管からコルチゾールを含むステロイドが拡散すると考えられている(図3)。毛髪は1ヵ月で約1cm伸びるため,例えば,根元から3cmの部分の毛髪に含まれるコルチゾールは,最近3ヵ月間に蓄積されたコルチゾールを表すといわれている。先行研究では,例えば,失業や介護などの慢性的なストレスを経験している人やうつ病の患者においては,毛髪のコルチゾール濃度が高いことが報告されている。

また最近では,著者らは,爪に含まれるコルチゾールに注目をして,研究を行っている。爪に関しては,毛髪と基本的に同じ原理であり,爪が形成される際にケラチンにコルチゾールが拡散し,10日間伸ばした爪であれば,過去の10日間に蓄積されたコルチゾールを表すと考えられている(図4)。ただし,手指の爪は根元から先端までに伸びるのに数ヵ月を要するため,先端の爪のコルチゾールは数ヵ月前のものを反映していると考えられている。この点について検討した最近の著者らの研究では,爪のコルチゾールは4ヵ月前に評価した唾液中コルチゾールと中程度の相関があることを示している(Izawa, et al., 2015)。また,別の著者らの研究(Izawa, et al., 2017)では,職場で異動や配置転換などのライフイベントを経験したものでは,爪のコルチゾールが高かったことを報告している。

血中や唾液のコルチゾールは,「その時点」のホルモン値を表し,その値は日内変動や急性ストレスなどの影響も受けやすい。それに対して,毛髪や爪は,過去数週間から数ヵ月のコルチゾールの「記録媒体」であり,慢性的なストレスを反映するバイオマーカーとして期待されている。毛髪は数ヵ月単位のコルチゾールの評価が可能であるが,ヘアダイをしている人では値が低いこと,最低でも数十本の後頭部の毛髪が必要であること(当然,髪の毛のない人からは採取できない)など,制約も大きい。爪は,毛髪と比較して,評価できる期間は短く,タイムラグもあるが,自身で採取することも可能であり,様々な研究での利用が期待される。

図3 毛髪に含まれるコルチゾール(井澤・三木, 2017):血中のコルチゾール(白い○で表現)は毛髪が形成される際に毛幹の中心部(髄質)に受動的に拡散すると考えられている。
図3 毛髪に含まれるコルチゾール(井澤・三木, 2017):血中のコルチゾール(白い○で表現)は毛髪が形成される際に毛幹の中心部(髄質)に受動的に拡散すると考えられている。
図4 爪に含まれるコルチゾール(井澤・三木, 2017):血中のステロイドなどのホルモンは爪母基に受動拡散によって輸送され,ケラチンが形成される際に取り込まれると考えられている(イラストの左側は皮膚や爪が透けて,その中の構造を示している)。
図4 爪に含まれるコルチゾール(井澤・三木, 2017):血中のステロイドなどのホルモンは爪母基に受動拡散によって輸送され,ケラチンが形成される際に取り込まれると考えられている(イラストの左側は皮膚や爪が透けて,その中の構造を示している)。

おわりに

ここまで,コルチゾールという指標を利用して,慢性的なストレスのからだへの影響を探る試みを紹介してきた。人のからだは一つの生理指標で説明できるほど,単純なものではないが,研究デザインや指標の工夫によって,わかることも増えてきた。なお,著者は現在の職場では過労死等の研究にも携わっている。過労死等には,脳・心臓疾患,精神疾患(うつ,心的外傷後ストレス障害,自殺など)が含まれるが,長時間労働のみならず,ストレスも大きなリスク要因である。最近では,トラックドライバー,看護師,IT系労働者から,長時間労働やストレスの生理学的な影響を見るために,唾液や毛髪を採取するような研究も行っている。健康や病気は当然,心理学的なプロセスのみで完結するものではない。フィールドでも利用できる様々な「飛び道具」を利用して,この実態を解明していきたいと考えている。

文献

  • Izawa, S., Matsudaira, K., Miki, K., Arisaka, M., & Tsuchiya, M.(2017) Psychosocial correlates of cortisol levels in fingernails among middle-aged workers. Stress, 20, 386-389.
  • 井澤修平・三木圭一(2017)毛髪・爪試料を利用した慢性的・蓄積的なストレスホルモン分泌の評価:産業ストレス研究における展望. 産業ストレス研究, 24, 213-218.
  • Izawa, S., Miki, K., Tsuchiya, M., Mitani, T., Midorikawa, T., Fuchu, T., Komatsu, T., & Togo, F.(2015) Cortisol level measurements in fingernails as a retrospective index of hormone production. Psychoneuroendocrinology, 54, 24-30.
  • Izawa, S., Saito, K., Shirotsuki, K., Sugaya, N., & Nomura, S.(2012) Effects of prolonged stress on salivary cortisol and dehydroepiandrosterone: A study of a two-week teaching practice. Psychoneuroendocrinology, 37, 852-858.
  • Izawa, S., Sugaya, N., Ogawa, N., Nagano, Y., Nakano, M., Nakase, E., Shirotsuki, K., Yamada, K. C., Machida, K., Kodama, M., & Nomura, S.(2007) Episodic stress associated with writing a graduation thesis and free cortisol secretion after awakening. International Journal of Psychophysiology, 64, 141-145.
  • Izawa, S., Sugaya, N., Shirotsuki, K., Yamada, C. K., Ogawa, N., Ouchi, Y., Nagano, Y., Suzuki, K., & Nomura, S.(2008) Salivary dehydroepiandrosterone secretion in response to acute psychosocial stress and its correlations with biological and psychological changes. Biological Psychology, 79, 294-298.

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