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【小特集】

慢性痛の心理社会的モデル

松岡 紘史
北海道医療大学歯学部 准教授

松岡 紘史(まつおか ひろふみ)

Profile─松岡 紘史
2009年,北海道医療大学大学院心理科学研究科博士課程修了。博士(臨床心理学)。同大学助教,講師を経て,2018年より現職。専門は臨床心理学,心身医学。著書は『歯科医師・歯科衛生士のための認知行動療法』(共著,医歯薬出版)など。

痛みは,単なる身体的な感覚ではなく,情動的な成分も含んだ体験で,心理社会的要因に大きく左右されることが知られています。急性痛および慢性痛のどちらでも,心理社会的要因の影響は存在しますが,特に慢性痛でその影響は大きく,さまざまな心理社会的要因が痛みの体験を左右することが指摘されています。本稿では,心理社会的要因が痛みに及ぼす影響について,特に慢性痛での知見に基づきながら紹介し,心理学からみた痛みの理解について概説したいと思います。

図1 慢性痛のfear-avoidance model
図1 慢性痛のfear-avoidance model

心理社会的要因の中で最も検討が多く行われているのは,不 安・抑うつとの関連です。不安・抑うつは,慢性痛患者が痛みと同時に頻繁に訴える問題の一つで,調査によって大きく数値は変わりますが,慢性痛患者では18パーセント程度,特に慢性痛専 門外来受診者に限ると52パーセントが,大うつ病を罹患してい たと報告されています(Bair, et al., 2003)。不安症の有病率も高く,7〜28.8パーセントに認められています(Asmundson & Katz, 2009)。こうした不安・抑うつは痛みを悪化させる方向に影響を及ぼしています。慢性痛を対象とした縦断調査によると,不安・抑うつによって,7ヵ月後から20ヵ月後の痛みの程度や能力障害が予測できることが報告されています(Lerman, et al., 2015)。

不安・抑うつの問題は,慢性痛を理解する一つの側面ですが,不安・抑うつの程度が高くなるプロセスを理解することなく,適切な対応をとることはできません。抑うつや不安・恐怖の問題を含めて,慢性痛がどのように維持・悪化していくのかを表現する心理学モデルはいくつか提唱されていますが,最も広く受け入れられているのは,慢性痛のfear-avoidance modelです(図1)。

このモデルによると,痛みに関して恐怖を抱いていると,痛みが生じる可能性がある活動を実行することができず,活動の回避が長期にわたって継続し,二次的な問題が広がっていきます。たとえば,痛みのために広い範囲で能力障害が生じ,それまでできていた楽しみが痛みのためにできなくなり抑うつ状態になったり,回避が拡大し寝たきり状態になることにより廃用症候群になってしまうなどの変化がみられます。さらに,こうした能力障害や抑うつ状態,廃用症候群によって,より痛みが生じやすくなり,悪循環が形成されています(Vlaeyen & Linton, 2000)。

このモデルの特徴は,学習心理学を中心とする行動療法の観点から慢性痛を理解している点です。慢性痛患者さんは,痛みに関連したさまざまな刺激に,恐怖を感じています。たとえば,腰痛を伴う患者さんを考えると,柔らかいソファに座ること,立ち仕事をすることなど,多くの事柄が恐怖の対象です。これらの活動が恐怖の対象になり維持される過程は,古典的条件づけおよびオペラント条件づけによって説明が行われます。

つまり,ソファに座ることに恐怖を抱く患者の場合であれば,本来,ソファは恐怖を引き起こす刺激でなかったにもかかわらず,ソファ使用中に痛みを感じることによってソファ自体が恐怖を引き起こす刺激になり,恐怖のためにソファに座ることを避けることによって恐怖が維持してしまいます。

さきほどの痛みに対する恐怖のように,学習心理学の観点から慢性痛を理解する試みは,心理学の観点から慢性痛を理解するうえで大きな転換点でした。慢性痛患者さんがとる行動を学習心理学の観点から理解する際には,恐怖だけでなく,患者さんを取り巻く第三者の影響も大きな要因です。たとえば,慢性痛では,過剰な痛みの表出が問題になる場合があります。痛みの表出は,周囲に人がいる場合といない場合では,その程度が大きく変わることが知られており,周囲に人がいる場合のほうが表出が強まります。さらに,周りにいる人が患者さんの痛みを気遣ってくれれば,訴えはより大きく,頻繁になります。

こうした第三者の影響についてもcommunal coping modelとしてまとめられており,患者さんがとる行動が他者からの注意や共感を得るための機能を果たしていると考えられています(Thorn, et al., 2003)。痛みが長期化することによって,第三者からのサポートは減少し,患者はなんとか以前と同じサポートを得ようとさらに過度に痛みを表出するようになるという悪循環が想定されます。

さらに,痛みが本来持つ機能が悪循環を生んでしまっているという観点から慢性痛患者さんを理解するモデルも提唱されています。痛みは生体が生存するうえで非常に重要な情報です。痛みを無視して活動し続けることは,けがのような痛みを生じさせている原因を悪化させ,生体の生存率を著しく低下させる可能性があるからです。

痛みには,注意を引きつける機能があるため,痛みを無視することは難しく,痛みを改善する方向に生体は動機づけられます。患者さんが医療機関を受診する行動や痛みの原因となっている原因に対する治療行動もこうした動機づけによる行動ととらえることができます。急性痛ではこの機能は非常に有用ですが,慢性痛では痛みの原因が不明で治療方法も確立されていないため,うまく機能しない場合が多くなります。本来であれば,痛みが存在しても生活を充実させる方法を見つけるというような,痛みを改善させるという方法以外で,状況を改善させる手段を考えることが問題の解決につながる可能性が高いはずです。

しかしながら,痛みが持つ注意を引きつける機能がそれを妨害してしまい,痛みの根本的な治療に全精力を注いでしまいます。患者さんの努力にもかかわらず,根本的な解決は得られず,悪循環に陥ってしまいます。こうした状況をモデル化したものがmisdirected problem-solving modelです(Eccleston & Crombez, 2007)。

これまで紹介したモデルで扱われている,痛みへの恐怖,患者を取り巻く第三者の存在,痛みに対する注意などは,慢性痛に影響を及ぼす代表的な心理社会的要因です。これらの要因に加えて,破局的思考の重要性も数多くの論文で指摘されています。破局的思考は,痛みの改善に向けた取り組みをあきらめてしまう「無力感」,痛みに関して状態が悪化すると考えてしまう「拡大視」,痛みについて繰り返し考えてしまう「反すう」からなり,多くの慢性痛で症状に影響を及ぼしていることが知られている要因です。これまであげた三つのモデルすべてに,この破局的思考は組み込まれていて,慢性痛を理解する際には欠かせない要因となっています。

慢性痛がなぜ持続するのか,生物学的メカニズムの知見のみでは,目の前の患者さんの痛みが治らない場合もあります。これまで紹介した心理社会的モデルやモデルの中で扱われている要因に基づいて慢性痛を理解し,その理解に基づいた治療を行うことで,生物学的メカニズムから治療が困難であった患者さんへの対応が可能になります。本稿で紹介したモデルは,慢性痛患者さんを理解し,治療に結びつける有用なモデルであるといえます。

文献

  • Asmundson, G. J. & Katz, J.(2009)Understanding the co-occurrence of anxiety disorders and chronic pain: State-of-the-art. Depress Anxiety, 26, 888-901.
  • Bair, M. J., Robinson, R. L., Katon, W., & Kroenke, K.(2003)Depression and pain comorbidity: A literature review. Arches of Internal Medicine, 163, 2433-2445.
  • Eccleston, C. & Crombez, G.(2007)Worry and chronic pain: a misdirected problem solving model. Pain, 132, 233-236.
  • Lerman, S. F., Rudich, Z., Brill, S., Shalev, H., & Shahar, G.(2015)Longitudinal associations between depression, anxiety, pain, and pain-related disability in chronic pain patients. Psychosomatic Medicine, 77, 333-341.
  • Thorn, B. E., Ward, L. C., Sullivan, M. J., & Boothby, J. L.(2003)Communal coping model of catastrophizing: Conceptual model building. Pain, 106, 1-2.
  • Vlaeyen, J. W., & Linton, S. J.(2000)Fear-avoidance and its consequences in chronic musculoskeletal pain: A state of the art. Pain, 85, 317-332.

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