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【小特集】

痛みの心理学

「痛み」は不思議です。極めて主観的で,同じ事象を経験したとしても人によってその痛みの程度が違うのはなぜなのでしょう? 身体の痛みとこころの痛みはまた別のものなのでしょうか? 痛みとは何かを理解するためのいくつかのトピックについて紹介します。(下津咲絵)

痛みとは何か

荻野 祐一
群馬大学医学部附属病院 講師

荻野 祐一(おぎの ゆういち)

Profile─荻野 祐一
1998年,群馬大学医学部卒業。2007年,群馬大学大学院博士課程修了。医学博士,日本麻酔科学会専門医・指導医,日本ペインクリニック学会専門医。専門は麻酔科学,疼痛科学,脳科学。

痛み(pain)とは感情である

「痛みは感情です」と言うと,「単なる感覚にすぎないのでは?」と反論されることでしょう。確かに歴史的に,痛みは感覚,あるいは脊髄反射,触覚の亜型とされてきた時代が長かったのです。しかし1990年代から発達した,非侵襲的で,ヒトを対象とした脳機能解析が進むに従い,痛みを「感情」として捉えるほうが,我々を取り巻く様々な痛みに関する事象を,より認知科学的,論理的に理解できるようになってきました。

まず,痛みは「感覚・感情・認知面を伴った苦悩体験」と定義されていて(Williams & Craig, 2016),必ずしも組織損傷の有無を問いません。怪我(組織損傷)の有無にかかわらず,我々は痛みを想起したり,感じたりすることができます。また同時に,痛みによって不安や怒り,恐れを感じ,行動を制限したり,逃避行動をおこしたりと,我々の認知・行動,生活に影響を及ぼします。さらには,我々の文化や宗旨,体調,ライフスタイルの違いによって,痛みの感じ方(痛みの認知)は千差万別であり,個体差はもちろん,同一個体内によっても(例えば,朝と夜でも)異なってくるわけです。

つまり痛みは,単なる感覚ではなく,極めて個人的で主観的な体験です。痛みをヒトの認知・感情活動と理解することにより,我々の環境や行動,ライフスタイルを意図的に操作し,痛みをコントロールすることができます。つまり,痛みとは何かを自然科学的に理解すれば,痛みの治療はもちろん,現代における我々の生活をより豊かにすることができる,といっても過言ではありません。

侵害受容情報の大脳への伝達と「痛み」体験

図1 痛覚伝導路(乾・柿木, 2006をもとに作成)
図1 痛覚伝導路(乾・柿木, 2006をもとに作成)
走行経路から,内側系と外側系に大別されます。機能的には,内側系経路は痛みの感情面や自律神経系に,外側系経路は痛みの判別的側面(強さや場所)に関与すると考えられています。実際にはこのような単純な二分で痛覚系を説明し得るとは考えにくく,お互いの経路がそれぞれの役割を補完し合っていると考えられています。

脳機能画像解析の普及により,ヒトの認知・感情活動を視覚化できるようになり,痛みは「単なる痛覚伝達」から「認知・感情活動」へと移行しました。混同しやすいのは,「痛み」というのは最終的に大脳で認知統合される感覚・認知・感情体験であり,組織障害による純粋な感覚としての痛覚は「侵害受容」と呼び,「痛み」とは明確に区別します。

身体が侵害受容刺激を受けたとき,末梢神経,脊髄痛覚伝導路を通して,純粋な痛覚(侵害受容)情報が,痛み関連脳領域に伝えられます。痛み関連脳領域とは,痛み刺激に対して活発化する脳領域ネットワークのことで,主に第一次体性感覚野,第二次体性感覚野,島,帯状回など,広範な脳領域を含みます(Tracey & Mantyh, 2007)。侵害受容情報は,大別して,二つの経路─内側系経路と外側系経路を通過し,痛み関連脳領域に到達して「痛み」体験として統合されます(図1)。

大事なのは,痛みの定義(Williams & Craig, 2016)どおり,たとえ侵害受容情報が無くとも,ヒトは実際に痛みを感じることはできるし,その際の脳活動は痛み関連脳領域の活発化を呈する,という事実です(Ogino, et al., 2007)。我々はfMRIを用いて,痛そうな画像を見て「痛みを想像」した際,実験参加者の「痛み関連脳領域」が活性化することを示し,侵害受容が無くとも痛みを脳内で再現していることを示しました(図2)。その後,痛み関連脳領域は様々な警告的な刺激に反応することがわかり,痛みだけに反応する(痛み特異的な)ネットワークというより,生体にとって重要な感覚情報を検出するネットワークとされています(Iannetti & Mouraux, 2010)。

図2 痛み画像と,画像を見て痛みを想像したときの脳活動
図2 痛み画像と,画像を見て痛みを想像したときの脳活動
上段は痛みを想起させる画像で,注射された経験は誰にでもあるので,容易にその時の痛みを想像することができます。想起時の脳活動(下段)は,前帯状回など第二次体性感覚野の活動を認め,第一次体性感覚野(痛みの強さや場所情報)を除けば,身体的痛みを受けたときの脳活動とほぼ同じでした(Ogino, et al., 2007)。

痛み体験の修飾

心頭滅却すれば火もまた涼し─これは快川禅師という高僧が,織田信長に寺を焼き討ちにされた際,火中に端座して死を受け入れつつ唱えた辞世の句として知られています。火中にありながら平然としていられることは常人ではできませんが,スポーツの試合中に夢中になっている際に怪我に気付かない,試合が終わった後に初めて痛みを感じた,などという体験は誰しも一度は経験があるのではないでしょうか。

そもそも我々が痛みから手を引っ込めたりするのは,痛みが不快で嫌なものとして認知するからですが,先のスポーツ試合中の例のように,痛み体験は,認知,注意,期待,気分,環境,適応により大きく変化・修飾されます。認知による鎮痛効果は絶大であり,その代表格であるplacebo効果は,手術や薬物療法の効果と同等か,それ以上と示されています(Beard, et al., 2018)。また「信じる者は救われる」とはよく言いますが,宗教心による鎮痛効果も,placebo効果と同様に前頭前野の活動と脳幹部の活動(下行性抑制系)が,強い鎮痛として作用しています。

おわりに

痛みは不快な感覚でありますが,脊髄を上行して大脳に入ると,認知・感情面を伴った脳内体験として統合されます。痛みは認知・感情面の影響を受けやすく,痛みとその修飾(鎮痛)は,いわば天秤のようなバランス関係にあります。昨今,痛みに対して認知行動療法や運動療法が特に注目されてきているのも,痛みの認知・感情面の神経基盤が明らかになってきたからこそです。痛みは我々のライフスタイル(認知・感情・行動)を変えますが,ライフスタイルによって痛みも変わるのです。

文献

  • Williams, A. C. & Craig, K. D.(2016) Updating the definition of pain. Pain, 157, 2420-2423.
  • Tracey, I. & Mantyh, P. W.(2007) The cerebral signature for pain perception and its modulation. Neuron, 55, 377-391. Review.
  • 乾幸二・柿木隆介(2006)痛みの脳内機構 脳と神経, 58, 5-15.
  • Ogino, Y., et al.(2007) Inner experience of pain: imagination of pain while viewing images showing painful events forms subjective pain representation in human brain. Cerebral Cortex, 17, 1139-1146.
  • Iannetti, G. D. & Mouraux, A.(2010) From the neuromatrix to the pain matrix(and back). Exp Brain Res, 205, 1-12.
  • Beard, D. J., et al.(2018) Arthroscopic subacromial decompression for subacromial shoulder pain(CSAW): A multicentre, pragmatic, parallel group, placebo-controlled, three-group, randomised surgical trial. Lancet, 391, 329-338.

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