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【小特集】

「こころ」が痛い

川本 大史
中部大学人文学部心理学科 講師

川本 大史(かわもと たいし)

Profile─川本 大史
2014年,広島大学大学院総合科学研究科博士課程後期修了。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員PDを経て,2018年より現職。専門は社会心理学,社会神経科学。著書は『エピソードでわかる社会心理学』(分担執筆,北樹出版)など。

私たちは日常で「痛い」という言葉を体の痛みを感じたときだけではなく,こころの痛みを感じたときにも使います。親に辛いことを言われたとき,友人と喧嘩をしてしまったとき,恋人に振られてしまったとき,愛する人が亡くなったとき。このように,痛みと関連する言葉を,仲間はずれ・拒絶や死別で用いることは世界で共通することが知られています(MacDonald & Leary, 2005)。これは単なる言葉のあやなのでしょうか。それとも,何か意味のある共通性があるのでしょうか。友人たちから仲間はずれにされたとき,痛みに似たものを感じるのはなぜなのでしょうか。

こころの痛みの心理生理学基盤

アイゼンバーガーらは2003年に,相手から仲間はずれにされたときの脳の反応について,機能的磁気共鳴画像法を用いた研究結果を報告しています(Eisenberger, et al., 2003)。彼女らは,実験参加者にキャッチボールの課題をコンピュータ上で行ってもらいました。実験参加者は,他2名の参加者が別部屋にいると説明されており,インターネットを介してキャッチボールの課題を3人で行うことが伝えられています。参加者は,ボールが均等に回ってくる条件(公正条件)と,しばらくすると参加者にだけボールが回ってこなくなる条件(仲間はずれ条件)の両方を行いました。

仲間はずれ条件では公正条件と比べて,背側前部帯状回(dorsal anterior cingulate cortex: dACC)の活動が大きくなっていました。そしてこの活動量は,仲間はずれされたときに実験参加者が覚えた社会的ディストレスと強い正の関連が認められました。dACCは身体的痛みを経験している際の不快さと関連していることが報告されています(Rainville, et al., 1997)。このことから,こころの痛みと体の痛みは類似した神経基盤を有している可能性が報告されました。

しかし,この研究だけで,こころの痛みと体の痛みが類似していると結論づけるのは早計かもしれません。dACCは期待からのズレを検出する認知的機能や,驚きの処理と関わっていることも知られています(Bush, et al., 2000)。先ほどの課題の実験参加者は,相手からボールが回ってくると思ったのに回ってこなかったと思っていただけかもしれません(期待と違った)。また,それに対して驚いていただけかもしれません。この可能性を検討するために,私たちのグループは,実験参加者にたくさんボールが回ってくる条件(過剰受容条件)を加えた実験を行いました(Kawamoto, et al., 2012)。

過剰受容条件には,期待からのズレ(思ったよりボールが回ってきた)と驚きが含まれます。こころの痛み・期待からのズレ・驚きを含む仲間はずれ条件と過剰受容条件を比較することで,よりこころの痛みと関わる神経基盤を理解できると考えました。分析の結果,過剰受容条件と比較して仲間はずれ条件でdACCの活動が大きくなっていました。このことから,仲間はずれにされることによって生じるdACCの活動は,単に期待からのズレや驚きを反映しているのではなく,こころの痛みの処理と関連していることが示唆されました。

警報機としてのこころの痛み

では,こころの痛みはどのような機能があるのでしょうか。こころの痛みを感じると,人の行動は変わるのでしょうか。

アイゼンバーガーとリーバーマンは,仲間はずれにされたときのdACCの活動について,「神経警報システム」として機能していることを提案しています(Eisenberger & Lieberman, 2004)。彼女・彼は,火事が生じた時に起こる一連の出来事を援用して,神経警報システムを説明しています。火事になる時,どこかで小さな火が生じ,煙が立ち込めます。煙が一定量を越えると,警報機のベルがなります。

この火事を仲間はずれに置き換えてみましょう。いつも話していた友人たちがなんだか様子がおかしく,そわそわしています。自分には話しかけてくれませんし,自分が話しかけても返事をしてくれません。dACCはこういった一連の仲間はずれの検出や,状況の評価をし,人に危機が訪れていることを警告する機能があります。

火事が起きて警報機がなると,被害を少なくするために消火活動をする必要があります。仲間はずれにされたときも同様に,何らかの対処をする必要があります。仲間はずれにされている時のdACCの活動の大きさは,仲間はずれにされた後の親和的な行動・攻撃的な行動の両方と関連することが報告されています。どちらを予測するかは,相手が受け入れてくれそうな他者かどうか,衝動的な行動をコントロールできるかどうか,といった状況や個人の特徴によって変わります(Chester, et al., 2016; Chester, et al., 2014)。

仲間はずれは原因が曖昧で複雑なことが多いため,私たちは柔軟に状況を認知し,それに応じて対処行動をとります(大人向けの解説論文はKawamoto, et al., 2015; 子供向けの解説論文はKawamoto, 2017があります)。

さいごに――こころの痛みを和らげる

こころの痛みには,危機を警告する機能があることを説明しましたが,痛みは少ないほうが良いと考える人も多いと思います。どのような特徴を持った人が,こころの痛みとうまくつき合っているのでしょうか。

これまでの研究から,遠い将来を考えることがこころの痛みを低減させることが報告されています(Yanagisawa, Masui, Furutani, Nomura, Yoshida, & Ura, 2011)。また,一般的信頼の高さがこころの痛みを低減させること(Yanagisawa, Masui, Furutani, Nomura, Ura, & Yoshida, 2011),好奇心旺盛な人は仲間はずれの悪影響を受けにくいことが報告されています(Kawamoto, et al., 2017)。

少し状況から距離を置くことや,他者を信頼すること,様々なことに興味を持つことが,こころの痛みとうまくつき合うためには重要なのかもしれません。

文献

  • Bush, G., Luu, P., & Posner, M. I.(2000) Cognitive and emotional influences in anterior cingulate cortex. Trends in Cognitive Sciences, 4, 215-222.
  • Chester, D. S., DeWall, C. N., & Pond, R. S.(2016) The push of social pain: Does rejection’s sting motivate subsequent social reconnection?. Cognitive, Affective, & Behavioral Neuroscience, 16, 541-550.
  • Chester, D. S., Eisenberger, N. I., Pond Jr, R. S., Richman, S. B., Bushman, B. J., & DeWall, C. N.(2014)The interactive effect of social pain and executive functioning on aggression: An fMRI experiment. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 9, 699-704.
  • Eisenberger, N. I., & Lieberman, M. D.(2004) Why rejection hurts: A common neural alarm system for physical and social pain. Trends in Cognitive Sciences, 8, 294-300.
  • Eisenberger, N. I., Lieberman, M. D., & Williams, K. D.(2003) Does rejection hurt? An fMRI study of social exclusion. Science, 302, 290-292.
  • Kawamoto, T.(2017) What happens in your mind and brain when you are excluded from a social activity? Frontiers for Young Minds, 5, 46.
  • Kawamoto, T., Onoda, K., Nakashima, K. I., Nittono, H., Yamaguchi, S., & Ura, M.(2012) Is dorsal anterior cingulate cortex activation in response to social exclusion due to expectancy violation? An fMRI study. Frontiers in Evolutionary Neuroscience, 4, 11.
  • Kawamoto, T., Ura, M., & Hiraki, K.(2017) Curious people are less affected by social rejection. Personality and Individual Differences, 105, 264-267.
  • Kawamoto, T., Ura, M., & Nittono, H.(2015) Intrapersonal and interpersonal processes of social exclusion. Frontiers in Neuroscience, 9, 62.
  • MacDonald, G., & Leary, M. R.(2005) Why does social exclusion hurt? The relationship between social and physical pain. Psychological Bulletin, 131, 202-223.
  • Rainville, P., Duncan, G. H., Price, D. D., Carrier, B., & Bushnell, M. C.(1997) Pain affect encoded in human anterior cingulate but not somatosensory cortex. Science, 277, 968-971.
  • Yanagisawa, K., Masui, K., Furutani, K., Nomura, M., Ura, M., & Yoshida, H.(2011) Does higher general trust serve as a psychosocial buffer against social pain? An NIRS study of social exclusion. Social Neuroscience, 6, 190-197.
  • Yanagisawa, K., Masui, K., Furutani, K., Nomura, M., Yoshida, H., & Ura, M.(2011) Temporal distance insulates against immediate social pain: An NIRS study of social exclusion. Social Neuroscience, 6, 377-387.

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