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裏から読んでも心理学

もっと大人になりなさい

慶應義塾大学文学部 准教授

平石 界

自らの成長を実感する瞬間ってありますよね。例えばそう,炭酸水が美味しく感じた瞬間とか,定食のキャベツにソースをかけないまま美味しく食べてる自分に気づいた時とか。かくして大人になるにつれ一般に人生はより豊かになっていくと思われるわけですが,その過程は必ずしも一直線ではないので,回帰直線が好きな心理学者は気をつけねばなりません。

薄々変だな,とは思っていたんです。小学生のころはいくら授業が暇でも居眠りすることなんてなかった。ところが中学,高校と授業が難しくなって,教科書に落書きしてる暇とかなくなってくるに連れて,居眠りが増えていったことに。頭を使うと疲れるからだろうって言われればそうかも知れませんけど,相手は小学生ですよ。誰に頼まれたわけでもないのに気がつけば全力疾走で鬼ごっこしているような連中より,座って文字や数字を眺めている方が疲れるなんていう理屈には,あんまり説得力は感じられません。

思春期は夜型なんですって。「知ってた。」……。言いたいことは分かります。でもほら,心理学,そういう話多いじゃないですか。思っていても,そういうことは口に出さないのが大人ってものです。それにですね,知らなかったこともあるんです。思春期に生活が乱れるのはニンゲンだけじゃない。アカゲザルもラットもマウスも,はたまたデグーにいたるまでもが,思春期に生活が乱れるっていうんです(Hagenauer, et al., 2009)。なんやら生物学的な身体変化に伴うもののようだってことで,全国の「生活の乱れは心の乱れ」論者の皆さん,聞いてますか。

そういうわけで,いい大人の中にも「学校の始業時間を遅らせろ」と主張する人たちが出てきて,そんなこと言うのは中高生かできの悪い大人くらいのものと思っていたので驚きを禁じえません。実際にやる学校も現れてきて,そうすると縦断研究をしたくなるわけですが,結果はちょっと微妙だったり。生徒の睡眠不足解消を狙って始業を45分遅らせたNY州の高校では,一年後に調べたら元の木阿弥。子どもたちの就寝時間がますます遅くなっただけ。不良行為が若干減ったけれども成績がアップするわけでもなく,とか(Thacher & Onyper, 2016)。「それみたことか!」というshort sleeper陣営の勝ち誇る顔が目に浮かんで悔しいのですが,ちょっと待ってください。当該高校の生徒たちは元々一日平均7時間以上寝てたんですよ。そんな健康な人たちは参考になりません。ここは寝る間も惜しんで勉強するアジアの子どもたちで見なきゃってことでシンガポールの名門女子中学校で調べたら,9ヵ月後にもまだ良い効果が残っていたということです(Lo, et al., 2018)。ちなみに同グループには昼寝の効果を推す論文とかもあって(Lo, et al., 2017),この人たちとは絶対友だちになれそう。まぁ全体としては始業時間を遅らせたほうが良いよって雰囲気のようではあります(Wahlstrom & Owens, 2017)。

話を元に戻すと,夜型スライドは思春期の特徴で,大人になるとそれなりに戻るようなんですね。そう言えば昔「授業は1限に入れるようにしてるんだよ。その後の時間がフルに使えて,ちょう効率的」と話すボスにフンフンと頷きつつ心の中で「まじか」と思っていた自分も,最近は1限ばっかりでした。だってすごい効率的。全世界的体育大会による首都圏の通勤通学ラッシュ激化まであと1年半ほどですし,サマータイムありえんとか言っているばかりじゃなく,皆さんも朝方にシフトされては如何でしょう。大人にならなきゃ。

Profile─ひらいし かい
慶應義塾大学文学部 准教授
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より現職。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石 界

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