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この人をたずねて

鈴木 伸一
早稲田大学人間科学学術院 教授

鈴木 伸一(すずき しんいち)

Profile─鈴木 伸一
岡山県立大学専任講師,広島大学心理臨床教育研究センター准教授を経て現職。専門は臨床心理学(認知行動療法),医療心理学,行動医学。著訳書は『公認心理師養成のための保健医療系実習ガイド』(編著,北大路書房),『認知行動療法テクニックガイド』(共著,北大路書房),『がん患者の認知行動療法』(監訳,北大路書房)など。

鈴木先生へのインタビュー

インタビュアー:どい さとみ

─まず進められているプロジェクトについて教えてください。

大きくは三つの研究プロジェクトがあります。一つめは不安や抑うつのメカニズム検討に関する基礎研究で,最近では反芻の認知情報処理メカニズム,安全確保行動に関する基礎的研究を行なっています。二つめは認知行動療法(以下CBT)の実践です。日々の臨床に加えて,うつ病で休職した方のグループセラピーを臨床研究としても行っています。

また,最近力を入れていることはCBTの実践家養成で,日本でもトレーニングガイドラインを作りたいと思っています。三つめは20歳代の頃から取り組んでいる医療心理学で,最近のテーマは子育て中のがん患者さんのケアです。また,長期生存率が高いがん患者さんに関しては治療は終了しても再発不安を抱えて生活しているので,その方への行動活性化療法の研究をしています。

─CBTの実践家養成について,どのような形での養成を目指しているのでしょうか?

去年イギリスに留学した際にはイギリスのトレーニングシステムや方法を体験的に学べましたし,制度作りに関わった方々とも話をすることができました。そのまま日本に適用することはできませんが,CBTの中身そのものは国が違っても変わらないので,日本で適用できる形で作っていきたいと思っています。CBTに必要な基礎知識やエビデンスベイストの発想は学部の講義で学び,大学院では本格的な技法の習得とハンドリングを学び,現場実習を重ねて実践力を身につけるようにしていく,という形になると思います。さらには博士課程を含めて様々な形で卒後研修を設定していくことが必要だと思います。

─がん領域における心理師の可能性について教えてください。

がん領域に関わらず医療機関内での心理師の活躍の場はこれから増えると思います。加えて,公認心理師となった今,医療機関以外の場所で患者さんの支援がどれだけできるかを積極的に考えてほしいと思っています。例えば子育て中のがん患者さんは私生活の悩みを医師に相談しにくかったり,サバイバーの方は医療機関への通院は少なくなります。既存の枠組みにこだわることなく医療機関以外の場所での支援を公認心理師が生み出していかないといけません。

─現在は医療機関以外の場所での支援は本人が求めに行かなくてはいけませんが,できるだけ多くの人を支えるためのお考えはありますか?

地域やプライマリケアに受け皿があるということも重要ですが,そこへの利用促進の仕方を考える必要があります。イギリスでは,内科などにきた外来患者さん全員にiPadを渡し,うつ・不安のスクリーニング尺度をルーティーンで行うプロジェクトが進められています。そこではトリアージのマニュアルが存在し,内科医はうつ・不安の得点に応じて精神科へのリファー,地域を含む利用可能な相談機関の情報提供,セルフヘルプのワークブックの提供等を行うのです。

つまり,うつ・不安の得点が健常範囲ではない患者さんをそのままでは返さないという,治療的介入には入らないが予防的な介入が取りこぼしがないようにできる仕組みがあるのです。

─次に教育について,学生さんたちを指導する上で大事にしていることは何ですか?

挙げればきりがないのですが……大学院は忙しいので,日々の課題をこなすことで達成感や満足感を得たような気になってしまうことがあります。しかし,自分の志や患者さんに対するパッションがないといい仕事はできないと思います。なのでどんなに忙しい中でも自分は誰の何のための研究や臨床をするのか,それに関して世界一を目指すような気持ちで取り組めているかということを学生さんたちには伝えています。結果として世界一になれるかどうかは別として,世界一でなくてもいいやと思って取り組んでいる仕事は患者さんから見たらとても残念に思えるでしょう。

例えば,セラピストや研究者という視点で見ることに慣れると,患者さんが素朴に感じるようなことを忘れてしまうことがよくあります。患者さんの心情をしみじみと感じながら研究や臨床をやることが大切です。また,指導する上で私が教えられることはたかが知れているので,研究室の中で閉じずに色々なネットワークを使って橋渡しやマネジメントをするのが私の役目だと思っています。さらに,単発の研究を行うことは生産性が高いとは言えないので,現場に還元できる研究を5年くらいの目標を持って積み上げ式でチームで行い,お世話になった連携先に返していきます。

─最後に,鈴木先生の原動力は?

一つは長年みんなが心待ちにしていた公認心理師という時代を迎え,新しい公認心理師像をみんなで作っていけるようになることです。それには自分のあらゆものを注ぎたいと思っています。一方で仕事のことばかりではなく……昔から自然の中で遊ぶことが好きで。去年短期間ハワイで過ごした経験を期に,メンタルヘルスの原点として,人間も自然の一部であり,エネルギーの循環の一つとして生きているんだと感じた。これをたまに思い出しながら充電するというのが大事なんだとふと思いました。今まで遊びに行っていたことの意味がやっとわかりました。

インタビュアーの紹介

インタビュアー:どい さとみ

インタビューを行った感想

現在,医学部に所属し公衆衛生学・社会疫学の分野で研究をしており,主に地域で疾患を含む様々な問題をどう予防するか(一次予防),あるいは早期発見・介入するかに重きを置いています。この分野でもメンタルヘルスの問題は注目されていますが,実際に地域で把握した問題に対してメンタルヘルスの専門家が対応するケースは多くなく,そういったシステム自体が整っている自治体は少ないでしょう。公衆衛生学・社会疫学の領域で研究をしてまだ日は浅いですが,公認心理師が活躍できる可能性を日々感じています。紹介しきれませんでしたが,鈴木先生には地域やプライマリケアにおける公認心理師の新しい活動場所についてのアイディアを多くお話しいただき,普段感じていた公認心理師の可能性を整理することができました。

また,公認心理師の新しい活動場所を確立していくためには国の制度を整備しなくてはならない場合が多くあると思います。鈴木先生からは,患者さんのニーズを示すこと,学術的観点からアピールすることという「上からの努力」と,現場の実態を評価する「下からの努力」が必要であるとお話しいただきました。これまで「上からの努力」に注目しがちでしたが,さまざまな心理士がそれぞれで頑張っていたこれまでの状況に加え,心理士の間にある個人差をできるだけ均していくための支援とネットワークを作っていくという「下からの努力」についてお話しいただき,漠然と抱いていた問いがインタビューを通して一つずつ繋がっていく感覚があり,終始わくわくしながらお話を聞かせていただきました。

研究分野と今後の展望

現在,母子保健領域で妊娠期からの児童虐待予防に関する研究に取り組んでいます。児童虐待のリスク要因の一つに母親のメンタルヘルスの問題があります。妊娠期から切れ目ない支援を行うにあたり,要支援の妊婦さんをどう早期に把握するか,地域(自治体)と産科医療機関がどう情報共有するか,要支援の妊婦さんを把握した後どう支援するかが課題です。妊娠期から切れ目ない支援では,精神科受診が必要な妊婦さんを把握することも重要ですが,受診までに至らない妊婦さんに予防的介入を行うことも求められます。要支援の妊婦さんを把握した後どう対応するかについては関わる機関や支援者によって対応は様々で,ブラックボックスと言えます。

ここにもきっと公認心理師の新しい仕事を見出せるのではないかと考えながら,日々研究をしています。今回のインタビューでは鈴木先生の「みんなで公認心理師の新しい活動場所を見出していく」という言葉が印象的でした。従来からの支援者と連携しつつ,まさにその一助を今後担っていきたいです。

Profile─どい さとみ
東京医科歯科大学国際健康推進医学分野プロジェクト助教。2011年,早稲田大学人間科学部卒業。2016年,北海道医療大学大学院心理科学研究科博士課程修了。専門は臨床心理学,認知行動学,公衆衛生学,社会疫学,母子保健。著訳書は『周産期のうつと不安の認知行動療法』(分担訳,日本評論社)など。

どい さとみ

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