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心理学ライフ
シミュレーション・ウォーゲーム
大平 英樹(おおひら ひでき)
Profile─大平 英樹
東海女子大学文学部助手,講師,助教授,名古屋大学大学院環境学研究科助教授を経て2007年同大学教授。2016年より現職。博士(医学)。専門は生理心理学,認知神経科学。著書は『感情心理学・入門』(編著,有斐閣),『ミラーニューロンと〈心の理論〉』(共編著,新曜社)など。
写真:ロンドンの英空軍博物館にて,ノルマンディ上陸作戦にも参加したスピットファイアMk.Vのコクピットに収まった姿。
シミュレーション・ウォーゲームは,軍隊において図上で作戦行動を研究する兵棋演習をルーツとしています。『坂の上の雲』に登場する連合艦隊参謀の秋山真之が,アメリカから兵棋演習を日本に持ち帰り海軍に導入したことはよく知られています。太平洋戦争におけるミッドウェー作戦の前に,戦艦大和の艦上で実施された兵棋演習も有名です。空母赤城,加賀が撃沈され作戦は失敗という「ゲーム」の結果を無視して強行された作戦が,どのような結末に至ったのかは周知のとおりです。
1960〜70年代にはミリタリー・ブームがあり,私を含め多くの少年が,戦車や軍艦の模型製作に夢中になっていました。またパウル・カレルの『砂漠のキツネ』『彼らは来た』『焦土』などの著作は,松谷健二氏の名訳もあり,滅びの美学を愛する日本人のメンタリティに合致し多くのドイツ軍ファンを生みました。アニメーション『機動戦士ガンダム』,特にそのスピンオフ作品である『MS IGLOO』でのジオン軍の描かれ方には,こうしたドイツ軍の表象が継承されています。
ミリタリー・マニアにもいろいろなジャンルがありますが,私は兵器や軍装などよりも,戦略や戦術に強い関心を持っていました。1970年代後半にアメリカのアバロンヒル社のウォーゲームにはまり込み,大学生になってからはレック・カンパニーというゲーム・プロダクションに出入りするようになりました。そこでゲーム・デザイナーとなり,『D-day』『F-16ファイティング・ファルコン』『騎士十字章』というゲームを世に出しました。
これらはコンピュータ・ゲームではなく,二人でプレイするボード・ゲームです。大学院生時代は,週の半分はプロダクションに泊まり込んでゲーム制作に従事しており,正直言って,勉学や研究にはまじめに取り組んでいませんでした。それゆえ現在,大学院生に研究しろ,論文を書け,と指導することには一抹の罪悪感があります。
ゲームをデザインするには,戦いの特徴を史料から分析し,背後にあるメカニズムを考察します。それをシンプルに表現する「仕組み」を創るのですが,これをゲームのシステムと呼びます。例えば私の作品『D-day』は,ドイツに占領されていたヨーロッパを奪還すべく,米英連合軍が1944年6月6日から開始したノルマンディ上陸作戦を扱っています。
この戦いは,比較的狭い地域に大兵力を投入した火力消耗戦であること,連合軍は兵力で勝り機械化されて機動性に富むが,一部のドイツ軍装甲部隊は強力な戦車を装備して連合軍を圧倒していること,ノルマンディ地方は複雑な地形や集落が多く戦線が膠着しやすいが,いったん障害が除かれれば発達した道路網により高速機動が可能なこと,などが特徴です。そこで,師団を表す個々のコマ(ユニットと呼びます)に3レベルの作戦能力を割り当て,1週間を表現するゲームの時間的単位(ターンと呼びます)ごとに作戦能力の回数だけ移動か戦闘を行えることにしました。またいったん接敵したユニットは,戦闘の結果(敵を全滅させるか退却させる,敵の攻撃により退却する)以外では離脱できないことにしました。
これらのシステムにより,偶然始まった局地戦に両軍が援軍を投入して激戦となり,その勝敗により大突破が行われて戦線が劇的に動いていく,というノルマンディの戦いの様子を上手く表現することができました。こうしたゲームのデザインと心理学の研究とは頭の使い方が同じであると思っています。
『D-day』と『F-16ファイティング・ファルコン』は近年,国際通信社から再販されました。インターネットで,それらのゲームをプレイしている人たちを見ることがあります。25年も前に自分が創ったゲームを,今でも愉しんでくれる人がいることは,クリエイターとして大きな喜びです。研究者として私が書いた論文は,25年もたてば誰も顧みないでしょうから。
大学教員になってからは,さすがに忙しくてゲーム制作はできていませんが,常にアイディアは貯めています。現役を引退したら,デザイナーとして再デビューしたいと夢見ています。
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