握力計いろいろ
吉村 浩一(よしむら ひろかず)
Profile─吉村 浩一
京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程満期退学。京都大学教養部助手,金沢大学文学部講師,助教授,明星大学人文学部教授を経て,2003年より現職。専門は知覚・認知心理学。著書は『運動現象のタキソノミー』,『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)。
握力計は心理学の実験機器ではなく,体育領域での測定器と思われることでしょう。しかし,わが国に現存する心理学古典的実験機器の中には,握力計が何種類も含まれています。背筋力計など他の部位の筋肉測定機器まで含めると十数点に達します。実は,体育関係の大学や学部には,棍棒や亜鈴など昔の体育用具は残されていても,体力を測定する古い計測器類はほとんど残っていないようです。したがって,体育関係の人たちにも,心理学の古典的実験機器に興味をもっていただければ幸いです。握力計など筋力を測定するための機器は,心理学ではかつて,本来の目的である筋力の最大値を測る目的とはひと味違う使われ方がなされていました。それについてはあとで紹介することにして,まずはわが国に現存する何種類かの古い握力計を紹介することから始めましょう。
写真1に示した「スメッドレー式握力計」は,現在も使われているものなので,使い方はおわかりでしょう。この写真は新潟大学に残る安藤研究所製の握力計(NG00045)で,大正末から昭和初期に作られたものと思われます。「スメッドレー式」の古いものでは,山越製作所製(関西学院大学と東北大学)や竹井機器工業製(京都大学)のものも現存しています。
写真2は,新潟大学に残る島津製作所製の「コリン式握力計」(NG00049)です。今では使われていないものなので,使い方と特徴を簡単に説明しましょう。楕円形の金属製の輪っか部分を片手で握りしめると,握力値が中央にある目盛り盤に表示されます。握り方がスメッドレー式とは異なり,強く握りしめるとかなり痛く,測定値は低めに出たようです。計測できる最大値が65kgと,100kg近くまで測れるスメッドレー式のものよりかなり低く設定されています。
写真3は,東北大学に残る「ヴェルダンの握力計」(TH00021)で,パリにあるBoulitteという会社で作られたものです。下の黒い部分を手のひらに当て,指で中央部の金属を握って握力を測ります。東北大学にはこのタイプの握力計が大小2台残っています。パリ製のしゃれた造形で,収納ケースも華美です。
さて,心理学では筋力を測る機器を最大値の測定以外にも用いていたと冒頭に書きましたが,それを示す手がかりの一つが,写真4の「継続握力検査器」(金沢大学資料館蔵 KZ00017)にあります。これは,基本はスメッドレー式の握力計ですが,それに加えて円筒に巻き付けられた記録紙に鉛筆で軌跡を描く部分が加わっています。これは握力を紙に記録するための仕組みですが,円筒部分の動きに特徴があります。握力計を1回強く握りしめて緩めると,そのたびごとに円筒が一方向に進むラチェット機構になっています。1回ごとに記録紙は歯車の歯一つ分,わずかずつ進んでは止まり,その試行の最大握力値をまっすぐな線で描きます。たとえば,メトロノームの音に合わせて10回強く握っては緩める動作を繰り返すと,記録紙上には少しずつずれた10本の棒グラフ状の線が描かれます。繰り返すたびに疲労が増したり,むらっ気があると,クレペリン検査のように10本の線はだんだん短くなったりガタついたりします。最大握力はそれほど強くなくても,作業を繰り返しても握力を一定に保てる人を必要とする仕事があります。たとえば,今はもう見かけませんが,駅の改札口での切符切りなどです。大正末から昭和初期の心理学では,この握力計を「継続握力検査」と名づけ,職業適性検査の一つに含めていました。
さらに,こんな使われ方もしていました。握力計に似たものに指力計があります。親指と人差し指とで挟む力を測定するもので,写真5に示した新潟大学の「カツテル氏指力計」(島津製作所製 NG00055)が現存しています。この計測器を利用したデモンストレーションが,東京帝国大学心理学教室編(1910)の『実験写真帖』に掲載されています。そこにはごく簡単にしか触れられていませんが,「感情の実験」と称するいかにも心理学らしい使い方が紹介されています。カイモグラフなどで時々刻々の指力変化を記録しておき,感情を変化させるような刺激(たとえば嫌な臭い)を与えます。その臭いに嫌悪感などの感情変化が生じると,指力を一定に保つことができなくなることを想定して実験を行います。目に見えない感情の動きを,握力や指力の変化という客観的指標で捉えようとする姿勢に,明治時代の日本の心理学が科学を志向していたことが読み取れます。
PDFをダウンロード
1