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【小特集】

ウマとヒトの絆を紡ぐ情動を介したコミュニケーション

瀧本 彩加
北海道大学大学院文学研究科 准教授

瀧本 彩加(たきもと あやか)

Profile─瀧本 彩加
2012年,京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員PDを経て,2015年より現職。専門は比較認知科学。著書は『社会のなかの共存』(分担執筆, 岩波書店)など。

大学時代の4年間,馬術部で毎日ウマ漬けの日々を過ごした。入部後すぐ,馬術部の先輩がウマの認知に関する卒論研究をしていることを知り,動物のこころを科学的に調べる比較認知科学という学問があることを知った。2年生から始まった専門の授業では,もちろん藤田和生先生(のちの恩師)の比較認知科学入門の授業を受講した。抜群に面白かった。

3年生で藤田先生のゼミに入り,卒論研究以降,霊長類のフサオマキザルの向社会行動・不公平忌避について6年間研究した。最近は,家畜化以降ヒトとともに暮らし,共同作業を通して親密な関係を築いてきた,ヒトと系統発生的には遠いが空間的・心理的に近いウマを対象に,ウマとヒトの絆を紡ぐ情動を介したコミュニケーションに関する研究も進めている。今回はこの研究を紹介したい。

群れるウマ

ウマは本来群れで暮らす動物だ(図1)。群れの形態は二つある。一つはハレム群で,通常はおとなオス1頭に対して複数頭のおとなメスとその子どもによって構成される。もう一つは若オス群で,通常は複数頭の若いオスで構成されるが,出生群から離れたばかりの若いメスが混ざる場合もある。どちらにしても,ウマは親密な仲間と身を寄せ合い,一緒に食べたり,眠ったりする。また,鼻を突き合わせて「挨拶」をしたり,遊んだり,毛づくろいをしたりする。喧嘩をすることもあるが,喧嘩の仲裁や慰めも見られる。自分と親密な仲間が他のウマと仲良くしているのを見ると,それを邪魔しに行き,親密な仲間を囲い込む。おとなオスが,他の群れのオスが群れの仲間に接近するのを防ぐために仲間を囲い込むこともある。そうして,仲間同士の絆を育み,群れを維持する。

おとなメスでは,他のメスと絆を強く築けるほど,おとなオスからの攻撃が減少し,出産率と子が1歳まで無事に生存する確率(繁殖成功度)が高くなることも知られている (Cameron et al., 2009)。ウマにとって,仲間とうまくコミュニケーションをとり,絆を形成・維持することは,とても重要なことなのだ。

図1 群れで暮らすウマ(北海道和種馬)
図1 群れで暮らすウマ(北海道和種馬)

「空気」を読むウマ

では,ウマはどのようにして相手とコミュニケーションをとるのだろうか。もし相手の表情や音声からその情動を知覚できれば,相手に近づいてもいいか,隣にいたり毛づくろいや遊びに誘ったりしてもいいか,を的確に判断できる。例えば,相手がリラックスしていれば,近づくチャンスである。近づいてみて相手が受容の姿勢を見せれば,毛づくろいに誘ってみよう,と判断できるだろう。一方,近づいた際に相手が耳を伏せて威嚇の表情を示し,それが怒りを意味していることがわかれば,それ以上近づくと噛まれたり蹴られたりするかもしれないと予測でき,ケガをする前に相手を回避することができる。このように,仲間の情動を読みとれると,コミュニケーションを円滑に行える。つまり,「空気」を読むことはウマにおいても必要なのだ。

実際,ウマの情動は表情や音声に反映され,ウマはその表情や音声の意味を理解して柔軟に対応する。例えば,ウマは見知らぬウマのポジティブな期待に満ちた顔やリラックスした顔の写真に比べ,怒った顔の写真に近づくのをためらい,見ようともしない(Wathan et al., 2016)。不機嫌な仲間に近づいても親和的なやりとりが成立しないばかりか,攻撃を受ける可能性まであるため,ウマは仲間のネガティブな怒り顔への接近を控えるのだ。

ウマはヒトに対してもまた「空気」を読む。ウマは,約5500年前に家畜化されて以降,ヒトとともに暮らしてきた。ウマは,移動や輸送といった使役家畜としての役割にとどまらず,スポーツやレジャーにおける伴侶動物としての役割も担い,イヌと同様,家畜動物の中でも特にヒトと親密な関係を築いてきたのだ。では,ウマはヒトのどのようなシグナルを読みとって,ヒトとの絆を紡いできたのか。実際,これまでに,イヌだけではなくウマもまたヒトの些細な身ぶり手ぶりや表情に敏感であることがわかってきた(cf. 瀧本, 2018)。例えば,ウマは,見知らぬ人の顔であっても,笑顔よりも怒り顔に対して最大心拍数に達するまでの時間が短くなる(Smith et al., 2016)。つまり,ウマはヒトの怒り顔をよりネガティブに捉え,警戒して身構えるのだ。このことから,ウマがヒトの情動を表情から読みとることが示唆される。

しかし,ヒトの情動は表情と声に同時に表れることもしばしばだ。そこで,私たちは,ウマがヒトの情動を読みとる際に表情と声を関連づけているかを,期待違反法を用いて検討した(Nakamura et al., 2018)。まず,ヒトの「笑顔」または「怒り顔」の写真をスクリーンに映し出し,ウマに呈示した(図2)。

図2 スクリーンに呈示されたヒトの表情を見るウマ
図2 スクリーンに呈示されたヒトの表情を見るウマ

次に,その人が「褒めるトーン」または「叱るトーン」でウマの名前を呼ぶ声を,スクリーンのそばに設置したスピーカーから再生した。もしウマがヒトの情動を読みとる際にその表情と声を関連づけているなら,表情と声の情動が一致しないときに期待違反が生じ,表情と声の情動が一致しているときよりも声に素早く反応し,声が聞こえてきたほうを長く見続けるだろう,と予測した。また,そうした表情と声の関連づけがヒトとの直接経験によってのみ生じるのであれば,親しい人の刺激に対してのみ,期待違反が確認されるだろう,と予測した。実験の結果,ウマは,自身と親しい人については,その表情と声の情動が一致しているときよりも,一致していないときに,声に有意に素早く反応し,声が聞こえてきたほうを有意に長く見続けた。ただし,ウマは,見知らぬ人に対しても,ヒトの表情と声の情動が一致しているときよりも,一致していないときに,声が聞こえてきたほうを有意に長く見続けた。つまり,ウマはヒトの表情と声の情動が一致していないことに違和感をもち,その違和感はその人との直接経験がなくとも生じうるということがわかった。一連の研究により,ウマは,自身と親しい人だけに限らず,ヒトの情動を読みとる際にその表情から声色を連想することが示唆された。ウマは,ウマ同士だけでなく,ヒトとのコミュニケーションにおいても,その表情や声に敏感で,「空気」を読むのだ。

ウマにおける絆形成研究の展望

今後は,情動知覚に始まるウマ同士・ウマとヒトとのコミュニケーションがどんな絆をどのように形成していくか,そのプロセスを詳細に検討して,ウマにおける絆形成のモデル化をめざしたい。その中で,特に注目したいのがポジティブ情動・行動同期が絆形成の促進に果たす役割である。ポジティブ情動が果たす役割については,表情や声・しぐさに表現されるポジティブ情動が社会的報酬となりうるのか,ストレス緩和に貢献しうるのか,といったことに注目して検討していきたい。また,行動同期が果たす役割については,行動同期が絆形成を促すのか,それとも絆が形成された後の絆の維持に寄与するのか,を調べたいと考えている。

文献

  • Cameron, E. Z., Setsaas, T. H., & Linklater, W. L.(2009)Social bonds between unrelated females increase reproductive success in feral horses. Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106, 13850-13853.
  • Nakamura, K., Takimoto-Inose, A., & Hasegawa, T.(2018)Cross-modal perception of human emotion in domestic horses(Equus caballus). Scientific Reports, 8, 8660.
  • Smith, A. V., Proops, L., Grounds, K., Wathan, J., & McComb, K.(2016)Functionally relevant responses to human facial expressions of emotion in the domestic horse(Equus caballus). Biology Letters, 12, 20150907.
  • 瀧本彩加(2018)「求め合うこころ:人間と伴侶動物が育んできた絆」鈴木幸人(編)『恋する人間:人文学からのアプローチ』北海道大学出版会 pp.213-244.
  • Wathan, J., Proops, L., Grounds, K., & McComb, K.(2016)Horses discriminate between facial expressions of conspecifics. Scientific Reports, 6, 38322.

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