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【小特集】

乳幼児期の子育てと父親 ─父親研究を通して考える

森下 葉子
文京学院大学人間学部 准教授

森下 葉子(もりした ようこ)

Profile─森下 葉子
2008年,東京学芸大学大学院連合教育学研究科修了。博士(教育学)。2017年より現職。専門は保育学,幼児教育学,発達心理学。著書は『父親の心理学』(分担執筆,北大路書房),『家庭と仕事の心理学』(分担執筆,風間書房)など。

筆者が父親による育児を卒業論文で扱ってから20年近く経ちました。その間,女性の社会進出や核家族化等の社会の変化を受けて,父親も積極的に育児に関わることが求められるようになりました。2000年代には,そうした父親を表す「イクメン」という言葉が浸透し,男性の育児休業取得率の目標値が掲げられ,自治体や企業でも男性の育児関与を促進するための取組みが求められるようになりました。朝,スーツ姿に抱っこ紐で子どもを抱き,両手に大きな荷物を抱えて乗車する男性。夕暮れ時のスーパーで保育園帰りの子どもの手を引きながら,お惣菜を選んでいる男性。休日の公園で子どもと一緒にダンゴムシを探す男性。そうした男性の姿を日常でもごく自然に見られるようになりました。

乳幼児の育ちと父親

そうした社会の変化のなか,母子研究が中心だった発達心理学や家族社会学,家族心理学等さまざまな分野において,欧米から20年ほど遅れて1980年代後半から徐々に父親に関する研究が蓄積されるようになりました。その多くは乳幼児を育てる家庭を対象にしたものです。

子どもが誕生し,第1子が就学するまでの家庭では,夫婦それぞれが親役割を受容すること,家庭内のルールを構築したり見直したりすること,子どもを中心とした生活への適応などが課題となります。時間やエネルギーの大半が子どもに注がれるようになり,仕事と家庭のバランスの再調整,夫婦間での役割分担が求められます。

この時期の養育者との関わりや愛着形成が子どもの発達にとって重要であることは言うまでもありません。父親の育児関与に関する研究でも,乳幼児期に父親が積極的に遊びや世話をすることが子どもの社会性の発達や社会生活能力を促すことが示されています(例えば,加藤・石井・牧野・土谷,2002;尾形,1995)。

主たる養育者である母親が育児ストレスや不安,孤独感を感じやすい時期でもあります。夫が妻の話を聴いたり,育児にまつわる様々な感情を共有したり,子どもについて共に考えたりすることが妻の育児ストレスや不安の軽減につながり,安定した母子関係が形成・維持され,子どもの発達に間接的に影響することが明らかにされています。子どもへの直接的な関わりだけでなく,母親への心理的サポートも父親の重要な役割とされています。

このような乳幼児期の父親の直接的・間接的な関わりは,児童期以降の子どもの学校への適応や対人関係,学業成績に影響することも明らかにされています。

諸研究における父親の育児関与

①育児はどこまで?
 父親による育児の重要性を示したこれまでの研究では,「子どもと遊ぶ」「食事をする」「幼稚園(保育所)の送迎」「入浴する」「着替えを手伝う」等の育児行為の実行頻度や「妻と子どものことを話す」「妻と子育ての方針について話し合う」等の妻と話し合う頻度などから父親の育児を捉えられてきました。しかし,本当にこれで「育児」を捉えきれるのでしょうか。例えば子どもと食事をするには,献立を考え,食材を揃え,調理し,食卓に料理を並べ,食後は後片付けをする……等,「子どもと食事する」の前後には細かな行為が付随します。同じ頻度であっても,妻が前後の支度を整えている場合と自分で全てを担う場合とでは関与度合いは異なるでしょう。ラムら(1987)は,父親の育児関与には「interaction(相互交流)」「availability(有効性)」「responsibility(責任)」の3つの要素があると述べています(Lamb, Pleck, Charnov, & Levine,1987)。遊びや世話のほかに,子どもが望んだ時に関われるような姿勢でいること,稼得や将来の保障も父親の育児と捉えるのです。また,父親の育児関与尺度(inventory of Father nvolvement: IFI)を作成した研究では,①しつけたり物事を教えたりする責任,②学校でのことを励ます,③配偶者へのサポート,④経済的保障,⑤子どもと共に過ごす時間の確保,⑥子どもに愛情を伝える,⑦子どもの才能を育てたり将来を考えたりする,⑧読書や宿題のサポート,⑨子どもの生活への関心の9つの視点から父親の育児関与を捉えています(Hawkins, Bradford, Palkovitz, Christiansen, Day, & Call,2002)。日本の研究でも,父親の育児や家庭への関わりを「協同育児」や「家族する」という視点から捉えている研究もあります。青木(2009)は,夫婦間で育児を連携・調整し,育児行動の分担の衡平さを示す「協同育児」という概念を用いて,共働き家庭の夫婦間の育児の分担について検討しています。「協同育児」には,夫婦間の話し合いを中心とした「相互理解・調整」,子どもの遊びに関する分担を示す「遊び相手の分担の衡平さ」,着替えや保育所への送迎の分担を示す「世話分担の衡平さ」という3因子が含まれています。また,大野(2016)は,家族への関わりや関心などを示す8項目で構成された「家族する」尺度を作成しています(表1)。家族に関心を持ち,一員として主体的に関わる態度を捉えようとしています。

表1 「家族する」尺度(大野,2016)

  1. 1. 家族が自分にどうしてほしいかを考えて行動する
  2. 2. 家族の好みを把握している
  3. 3. 家の中で何がどこにしまわれているか,よく知らない(逆転項目)
  4. 4. その日の家族の予定はだいたい把握している
  5. 5. 自分が困った時は家族の誰かに助けを求める
  6. 6. 家族の今の状況や気持ちについて,自分から積極的に尋ねて知ろうとする
  7. 7. 自分の今の状況や気持ちについて,積極的に家族に伝える
  8. 8. 毎日がマンネリにならないよう,工夫や努力をする

②量なのか質なのか
 また,食事中に黙々と無言で食べているのか,「美味しいね」など声をかけているのか,「こぼさないように!」と注意が多いのか等,どのように子どもに働きかけているのか,子どもからの働きかけにどのように応答しているのかまでは「頻度」だけでは捉えられません。子どもに対する父親の援助的関わりが子どもの認知,言語,社会情動面の発達に寄与する等,父親の養育態度に関する研究からは育児の頻度のみならずその質も重要であることがわかります。父親の養育態度に関する研究は母親に比べても少なく十分とは言えません。今後,研究が積み重ねられていくことを期待しています。

おわりに

父親の育児関与についての研究は「育児とは何か」を改めて考える機会を与えてくれたと思っています。育児は実に奥深く,子どものことを考えたり,衣類を買い揃えたり,オムツの残数を管理したり,学校のスケジュールの把握や調整も育児の一部です。世話や遊びにとどまらない管理や調整,生活の保障等の「見えにくい育児」をどこまで拾いあげるのか,それらをどのような尺度で測定するのか等,議論の余地は十分ありそうです。

また,共働き家庭の増加に伴い,0歳代から保育所に通う子どもも増えています。家事の代行サービスやベビーシッターを利用する家庭もあります。子どもたちが育つ場が家庭内外で多様化する今,改めて家庭における父親や母親の役割,在り方について考えていかなければならないと考えています。

文献

  • 青木聡子(2009)幼児をもつ共働き夫婦の育児における協同とそれに関わる要因:育児の計画における連携・調整と育児行動の分担に着目して. 発達心理学研究,  20 , 382-392.
  • Hawkins, A. J., Bradford, K. P., Palkovitz, R., Christiansen, S. L., Day, ar. Ad., & Call, V. R. A.(2002)The inventory of father involvement: A pilot study of a new measure of father involvement.  The Journal of Men's Studies, 10 , 183-196.
  • 加藤邦子・石井クンツ昌子・牧野カツコ・土谷みち子(2002)父親の育児かかわり及び母親の育児不安が3歳児の社会性に及ぼす影響:社会的背景の異なる2つのコホート比較から. 発達心理学研究,  13 , 30-41.
  • Lamb, M. E., Pleck, J. B., Charnov, E. L., & Levine, L. A.(1987)A biosocial perspective on paternal behavior and involvement. In Lancaster, J. B.(Ed.) Parenting across the life span: Biosocial dimensions . Aldine Publishing. pp.111-142.
  • 尾形和男(1995)父親の育児と幼児の社会生活能力:共働き家庭と専業主婦家庭の比較. 教育心理学研究,  43 , 335-342.
  • 尾形和男(編著)(2011)『父親の心理学』北大路書房
  • 大野祥子(2016)『「家族する」男性たち:おとなの発達とジェンダー規範からの脱却』東京大学出版会

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