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私の出前授業

移り行く時代の中での心理学教育

津田 恭充
関西福祉科学大学心理科学部 准教授

津田 恭充(つだ ひさみつ)

Profile─津田 恭充
名古屋大学大学院環境学研究科博士課程後期課程修了。博士(心理学)。名古屋大学大学院環境学研究科博士研究員,愛知学泉大学家政学部を経て現職。専門は臨床心理学,社会心理学。著訳書は『ポジティブ精神医学』(共訳,金剛出版),『ポジティブ心理学を味わう:エンゲイジメントを高める25のアクティビティ』(共訳,北大路書房),『読んでわかる教育心理学(ライブラリ読んでわかる心理学5)』(共著,サイエンス社)など。

高校生のための心理学講座

平成最後の「高校生のための心理学講座」が関西福祉科学大学で開催されました。今後の開催校の参考になればと思い,その様子を記させていただきます。

開催日は2019年3月24日(日),50分の講座の5本立てという構成でした。申し込み者は予約段階では60名強でしたが,キャンセルもあり実際の参加者は約50名でした。日本心理学会や大学のホームページでの周知,近隣の高校や研究会等への宣伝を行った結果,高校生だけでなく,多くの一般の方にもお越しいただきました。参加者の属性は高校生1に対して一般参加者2,年齢層は10代と40代が最も多く,その多くは親子連れだったと思われます。男女比は男性1に対して女性2でした。参加者は近隣の方のみだろうと踏んでいたのですが,関東からの参加者もおられました。また,日本心理学会の会員や認定心理士の方も10名ほどおられました。高校生以外も参加可能な形にすると,参加者によって予備知識にかなり差が生じるので,その点を考慮した授業にする必要があると思います。基本的に5時間連続の受講を前提として募集をかけましたが,これだけの長丁場となりますと参加するのに少々勇気が必要かもしれません。途中退席・途中参加を認める形でも良かったかもしれないと思います。

さて,午前の講座は臨床心理学(近畿大学・本岡寛子先生)と産業心理学(神戸学院大学・中川裕美先生)でした。本岡先生からは不安や落ち込みに対処するための問題解決療法について,中川先生からは職場メンタルヘルスに役立つ感情マネジメントについて,体験的なワークやフロアとの質疑応答も交えながらお話ししていただきました。午後は本学の教員が,社会心理学(竹橋洋毅先生),健康心理学(福田早苗先生),認知心理学(津田恭充)を担当しました。竹橋先生からは,説得(対人)・目標達成(個人),リーダーシップ(集団)について,福田先生からはストレス測定やストレス対処について,津田からは認知バイアスや知覚的錯覚について,それぞれ実際にストレスを測定したり錯覚を体験したりしながら,そのメカニズムや日常生活への応用について解説しました。

講師の先生方にそれぞれ体験的な内容や双方向的なやり取りを盛り込んでいただいたこともあり,感想には多くの好評の声をいただきました。主なものとしては,「心理学がどのようなことを研究する学問なのかが理解できた」「実践的な内容(マインドフルネスや問題解決療法など)が聞けて良かった」「いろいろな人の意見が聞けて楽しかった」といったものがあります。高校生と大人とでは講座に期待することが異なるはずですが,一定程度は双方の期待に応えることができたのではないでしょうか。

ところで,私が出前授業や市民講座等でお話しするときにも,上述した感想にあるような「今日から使える!」とか「不思議な現象を体験!」といった内容が求められたり,実際にそれがウケる傾向にあります。最近はクラウドアプリも充実してきているので,スマートフォンひとつで簡単な調査や実験はできますし,その結果をリアルタイムで共有し,コメントをつけることも可能です。これにより,受講生と教員のコミュニケーションだけでなく,受講生同士のコミュニケーションも促されます。これに関しては,「ウェブ上で発言したところで,実社会で役立つコミュニケーション能力が上がるとは思えない」という意見もあるかもしれませんが,考えたり,その考えをまとめて表現したりする機会を増やすという意味では無駄な取り組みではないと思っています。ICTは今後もさらに進歩し,授業のあり方もそれに合わせて多様性を増していくことは間違いありませんが,ここで大事なのは,単に技術を伝授したり面白い現象を体験してワイワイ盛り上がって終えるのではなく,なぜそれに効果があるのかとか,なぜそのような現象が生じるのかという「なぜ」に迫る(あるいは,受講者自身の手で「なぜ」を追求したくなるように仕向ける)ことだと思っています。それが,心理的現象のメカニズムを解き明かす楽しさと難しさ,ひいては学問としての心理学に近づくための第一歩であると考えているからです。高校までは心理学という科目はないため,必ずしもこれは容易なことではありませんが,それだけに心理学教員としてのやりがいを感じるところでもあります。

公認心理師養成と心理学教育

2018年度の日本の心理学教育における最大の出来事のひとつは,多くの大学で公認心理師養成が始まったことではないでしょうか。本学でも,学部・大学院で公認心理師養成に取り組んでいます。大学名のとおり福祉を中心とする大学であるため,以前から心理職や福祉職といった対人援助職は学生にとって主な就職希望先のひとつでしたが,公認心理師が誕生したことで,入学前あるいは入学後のかなり早い段階から心理職を希望する学生が増加しています。

その一方で,「よくわからないけれども,公認心理師は国家資格だから,取得すればきっと明るい未来が待っている」「よくわからないけれども,取れる資格は取っておこう」という考えが一部の受験生や学生にはあるように見受けられます。臨床心理士養成は大学院が行うため,学部時代に自分の適性や将来像について考えたうえで進学するという余裕がありましたが,公認心理師養成は学部から始まるため,考える余裕があまりありません。その意味では,とりあえず公認心理師へのレールに乗ろうという学生の気持ちも理解できます。しかし,学生自身,あるいは実習先や将来のクライエントの利益を考えると,なされるがままレールに乗って進んでいくことは望ましいことではありません。大学側は早い段階から公認心理師の実情を丁寧に説明し,学生には自らの力で考えてもらう必要があります。高校への出前授業でも「カウンセラーについて話してほしい」という依頼がしばしば来ますが,こうした出前授業もそのためのひとつの重要なチャンスになるのかもしれません。

また,公認心理師の誕生によって,以前からある,心理学=カウンセリングという世間一般でのイメージがより強くなる可能性があります。私自身は臨床心理学を主な専門分野としていますが,その私から見ても,このような偏ったイメージの形成は避けるべきもののように見えます。やや逆説的ではありますが,公認心理師が誕生したからこそ,心理学全体の姿とその魅力を伝えることの重要性が増してきているように思われます。

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