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【特集】

「あるがまま」の心理学

ビートルズの“Let it be”やディズニー映画『アナと雪の女王』の主題歌“Let it go”からも連想される「あるがまま」がマインドフルネスの流行とともに注目されています。「あるがまま」でいられたら気持ちも楽になり,いろいろなことに前向きに取り組むことができそうです。

「あるがまま」は,心理学ではどのように理解して活用されているのでしょうか。わが国においては,森田療法で古くから重視されてきた姿勢ですが,最近ではアクセプタンス&コミットメント・セラピーやセルフ・コンパッションという概念にも取り入れられています。それぞれにおいて「あるがまま」はどのようにとらえられているのか,上記のセラピーは保健医療の領域で主に用いられますが,スポーツなど他の領域ではどのように活用されているのか,専門の先生方の話を聞いてみましょう。共通している点と異なる点を知り,「あるがまま」について改めて考える機会になれば幸いです。(金井嘉宏)

アクセプタンス&コミットメント・セラピーのこれから

木下 奈緒子
イーストアングリア大学医学・健康科学部 専任講師

木下 奈緒子(きした なおこ)

Profile─木下 奈緒子
2010年,早稲田大学人間科学研究科修士課程修了。2013年,同志社大学心理学研究科博士課程修了。博士(心理学)。アイルランド国立大学日本学術振興会特別研究員PD,イーストアングリア大学ポスドク上級研究員を経て,2016年より現職。専門は臨床心理学,高齢者臨床。著書は,The SAGE Handbook of Counselling and Psychotherapy(分担執筆,SAGE)など。

チョイス・ポイント・モデルから考えるACT

アクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy : ACT)は,行動理論をベースとした認知行動療法(Cognitive Behaviour Therapy : CBT)の一種である。最近のACTのランダム化比較試験(randomised controlled trial:RCT)では,クライアントにACTを分かりやすく説明するため,初回セッションにおいて,チョイス・ポイント・モデルを治療マニュアルに採用しているものをよく目にすることがある。

図1 チョイス・ポイント・モデルの例(著者が認知症の家族介護者向けに作成したもの)
図1 チョイス・ポイント・モデルの例(著者が認知症の家族介護者向けに作成したもの)

図1は,チョイス・ポイント・モデルの一例である。どこかへ行く・誰かに意見をする・特定の状況や人を避けるなど,毎日の生活の中で,人は常に何らかの行動をとっている。ACTの観点から考えると,それらの行動は,大きく二つのカテゴリーに分けることが可能である。一つ目のカテゴリーは,こうありたいと思う自己の実現,自分にとって大切な事柄を実現する上で有効な行動,つまり自分の価値にそった行動である(図1-a)。もう一つのカテゴリーは,そのような価値・こうありたいと思う自己とは一致しない行動である(図1-b)。

毎日の生活の中で,困難な出来事・状況を完全に避けることは不可能であり,そのような困難な出来事に直面した際,ストレスや不安などの不快な内的体験が生じるのは必然的である。例えば,認知症患者の家族介護者になると,認知症の行動症状の進行,介護者が一人で過ごせる時間の減少,介護の分担や方針に関して他の家族と意見が合わないなどといった現実的な問題に直面することがある(図1-c)。職場などにおいても,仕事内容や同僚との関係など,現実的な問題に直面することは,日常的に大いに生じうる。そして,このような現実的課題には,ストレス・不安・抑うつ感などのさまざまな内的体験が伴うのが一般的である(図1-d)。

イライラする気持ちや不安な気持ちなど,そういった不快な内的体験をなんとか取り除こうと葛藤し,それらに過度にとらわれてしまうと(Hooked),人は,自らの価値やこうありたいと思う自己とは一致しない行動をとりやすい傾向がある。一方,不快な内的体験に気づき,それらと距離をとることができると(Unhooked),こうありたいと思う自己の実現に有効な行動や,価値にそった行動が選択しやすくなるとされる。ACTで目指すのは,ネガティブな思考を変容したり,抑うつ気分を低減したりなど,不快な内的体験を直接的に取り除くことではない。 不快な内的体験に気づき,それらと距離をとることで,不快な内的体験との葛藤に費やされているエネルギーをより価値にそった行動の実現へと向けることを目指すのである。

人は困難な現実的課題に直面した際,常にチョイス・ポイントに立たされているのである(図1-d)。ACTには,①アクセプタンス,②脱フュージョン,③今この瞬間への気づき,④文脈としての自己,⑤価値,⑥コミットされた行為,の六つの治療プロセスがある。ACTでは,クライアントが,これらの各治療コンポーネントに対応したスキルを身につけることで,現実的課題に直面した際に,不快な内的体験に過度にとらわれることなく,価値にそった行動を自ら選択できるよう支援することを目指す。

ACTにおける「あるがまま」とは

ACTの代表的なメタファーに「バスと乗客」というものがあり,「アクセプタンス」という状態を説明するのによく使用されている。以下,そのメタファーを簡単に紹介する。

私たちは,人生というバスの運転手である。バスの主導権をにぎるのは,もちろん運転手である。そして,バスには常にたくさんの乗客が乗っている。この場合,乗客とは,思考・感情・記憶など,さまざまな内的体験を意味する。乗客には,不快なものも多く,色々と大声で意見してくるものも多い。このような時,運転手には二つの選択肢がある。一つは,乗客と口論を始め,何とか彼らをバスから降ろそうと試みるという方法である。しかし,乗客と戦っている間,バスは完全に停止してしまう。もう一つは,乗客が不快であることには変わりはないが,彼らに席を与え,過度な注意は与えず,そのまま旅を続けるという方法である。

ACTにおける「あるがまま」とは,まさに後者のような状態である。不快な内的体験(乗客)に対して,後者のような関わりができるようになると,多くのエネルギーを価値にそった行動の選択に使うことができるようになる。

アクセプタンスという言葉が持つ意味合いから誤解を招くこともあるが,ACTにおけるアクセプタンスとは,回避し難い現実に伴って生じる不快な思考や感情を快く受け入れたり,好ましく思ったり,また,積極的に認めたりすることを意味するのではない。アクセプタンスとは,不快な思考や感情を自分の中から排除しようとする試みを手放し,自らの中に,それらの不快な内的体験が「ありのまま」存在できる空間を作ることである。

ACTのエビデンス

ACTの効果検証を目的としたRCTの論文は,2019年5月の時点で304件発表されている。そのほとんどは2004年以降に発表されたものであり,ここ15年の間,毎年20件ほどのRCTが発表され続けていることを意味する。ACTのRCTのメタ分析を行った最近の論文において,精神疾患や身体疾患に対するACTは,心理療法的介入を伴わない統制群(ウェイティングリスト群など)と比べた場合に,効果量に有意な差が認められ,十分な治療効果があるとの知見が示されている(A-Tjak et al., 2015)。また,CBTなどの他のエビデンスに基づく心理療法と比較した場合,同等の効果量が示されることが明らかにされている(A-Tjak et al., 2015)。

ACTを治療の途中で中断してしまう患者の割合(ドロップアウト率)のメタ分析を行った論文では,56件のRCTにおけるACTからのドロップアウト率の平均は15.8パーセントであることが示されている(Ong, Lee, & Twohig, 2018)。一方でCBTを対象とした最近の同様のメタ分析では,ドロップアウト率の平均は26.2パーセントであることが示されている(Fernandez, Salem, Swift, & Ramtahal, 2015)。

このように,これまでのエビデンスによって,ACTには一定の治療効果があること,また,ドロップアウト率も他の心理療法と比較して,同等ないしそれ以下であることが明らかにされている。他方,ACTのRCTにおいて費用対効果(cost effectiveness)の検証を行っているものはごくわずかである(Feliu-Soler et al., 2018)。費用対効果は,医療機関や治療ガイドラインの作成などにおいて,エビデンスに基づく心理療法の採用の重要な指標の一つとなり,英国においても,大規模なRCTの実施の際には費用対効果の分析が大前提とされるが,ACTはまだその点において十分な知見がないといえる。

英国における最近の研究動向

①高齢者・認知症介護者向けACT
 先述したチョイス・ポイント・モデルにも示されるとおり,直接的な問題解決によって困難な出来事・状況を改善することが不可能な状況下においても,困難事象に伴って生じる心理的苦痛に影響を受けることなく価値にそった行動を選択できるよう支援するのがACTである。ゆえに,そのような状況下のクライアントに対して,ACTは特に有効であるとされる。実際,ACTのエビデンスが特に高い基準に達しているとされているのは,慢性疼痛の領域である(Feliu-Soler et al., 2018)。

慢性疼痛と同様に,近年,ACTの適用が期待されている領域は,高齢者と認知症患者の家族介護者の領域である。全般不安症を呈する65歳以下の成人と高齢者に対するCBTの効果を比較検討したメタ分析において,高齢者に対する従来のCBTの効果量は,65歳以下の成人に対するCBTと比べた場合に,半分以下になることが明らかにされている(Kishita & Laidlaw, 2017)。つまり,65歳以下の成人に有効な心理療法をそのまま高齢者に適用しても,十分な効果は得られない可能性があるということである。

不安症や抑うつ障害を呈する高齢者は,複数の身体疾患を抱えているケースも少なくない。また,高齢の患者は,身近な家族・友人の死,退職に伴う社会的役割の喪失,身体疾患による一部の身体的機能の喪失など,複数の喪失体験に直面していることも多々ある(Laidlaw & Kishita, 2015)。このような高齢者特有の現実問題は,直接的・積極的な問題解決が困難なことが多く,ACTの価値にそった行動の促進は,理にかなっているといえるであろう。

同様に,認知症患者の家族介護者も,夫婦から介護者といった役割の変化,日々変化する認知症の症状など,現実的な問題に直面することが多い。不安症や抑うつ障害を呈する家族介護者には,CBTが有効であるとの知見があるが,不安症を呈する家族には,特にACTが有効であることが,メタ分析によって示されている(Kishita, Hammond, Dietrich, & Mioshi, 2018)。現在,英国の国立ヘルス・リサーチ研究所の研究助成によって,高齢者や家族介護者に対するACTの検証が英国内で進行中である。

②エンド・オブ・ライフケアへのACTの適用
 積極的問題解決が困難な状況へのACTの適用という観点から,エンド・オブ・ライフケアの領域も,今後,発展が期待される領域の一つである。現在,英国の国立ヘルス・リサーチ研究所の研究助成によって,筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者に対するACTの検証が英国内で進行中である。ALS患者は,診断から5年以内に亡くなるケースが多い(患者全体の75〜85パーセント程度)とされる。ALS患者における心理的症状は,自殺率や生活の質の低下と深い関連があるとされているにもかかわらず, ALS患者に対する心理療法の効果検証を目的としたRCTは,これまでに1件しか発表されていない(Gould et al., 2015)。実際の臨床現場でも,ALS患者に対する身体的ケアが優先されることは多く,当該領域における心理療法のエビデンスは非常に乏しい。今後,ACTのエビデンスの構築が期待される。

まとめ

積極的問題解決が困難なライフイベントに直面したとき,不安やストレスを感じたりすることは,人として当然のことである。ACTでは,そのような不快な内的体験とうまく付き合いながら,困難な状況下でも,価値にそった行動が選択できるよう支援することを目指す。今後,従来の問題解決を主とする心理療法では,十分に効果が得られなかった領域へのACTの応用が期待される。

文献

  • A-Tjak, J. G. L., Davis, M. L., Morina, N., Powers, M. B., Smits, J. A. J., & Emmelkamp, P. M. G.(2015)A meta-analysis of the efficacy of acceptance and commitment therapy for clinically relevant mental and physical health problems.  Psychotherapy and Psychosomatics, 84 , 30-36.
  • Feliu-Soler, A., Cebolla, A., McCracken, L. M., D'Amico, F., Knapp, M., López-Montoyo, A., ...Luciano, J. V.(2018)Economic impact of third-wave cognitive behavioral therapies: A systematic review and quality assessment of economic evaluations in randomized controlled trials.  Behavior Therapy, 49 , 124-147.
  • Feliu-Soler, A., Montesinos, F., Gutiérrez-Martínez, O., Scott, W., McCracken, L. M., Luciano, J. V.(2018)Current status of acceptance and commitment therapy for chronic pain: A narrative review.  Journal of Pain Research, 11 , 2145-2159.
  • Fernandez, E., Salem, D., Swift, J. K., & Ramtahal, N.(2015)Meta-analysis of dropout from cognitive behavioral therapy: Magnitude, timing, and moderators.  Journal of Consulting and Clinical Psychology, 83 , 1108-1122.
  • Gould, R. L., Coulson, M. C., Brown, R. G., Goldstein, L. H., Al-Chalabi, A., & Howard, R. J.(2015)Psychotherapy and pharmacotherapy interventions to reduce distress or improve well-being in people with amyotrophic lateral sclerosis: A systematic review.  Amyotrophic Lateral Sclerosis and Frontotemporal Degeneration, 16 , 293-302.
  • Kishita, N., & Laidlaw, K.(2017)Cognitive behaviour therapy for generalized anxiety disorder: Is CBT equally efficacious in adults of working age and older adults?  Clinical Psychology Review, 52 , 124-136.
  • Kishita, N., Hammond, L., Dietrich, C. M., & Mioshi, E.(2018)Which interventions work for dementia family carers?: An updated systematic review of randomized controlled trials of carer interventions.  International Psychogeriatrics, 30 , 1679-1696.
  • Laidlaw, K., & Kishita, N.(2015)Age-appropriate augmented cognitive behavior therapy to enhance treatment outcome for late-life depression and anxiety disorder.  GeroPsych: The Journal of Gerontopsychology and Geriatric Psychiatry, 28 , 57-66.
  • Ong, C. W., Lee, E. B., & Twohig, M. P.(2018)A meta-analysis of dropout rates in acceptance and commitment therapy.  Behaviour Research and Therapy, 104 , 14-33.

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