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【特集】

アスリートのマインドフルネスと「あるがまま」


深町 花子(ふかまち はなこ)

Profile─深町 花子
早稲田大学スポーツ科学研究センター招聘研究員を兼任。専門はスポーツ心理学。著書は『早稲田アスリートプログラムテキストブック』(分担執筆,ブックウェイ),論文は「女性アスリートを取り巻く心身医学的問題」(『心身医学』59巻1号),「新しい認知行動的技法」(『体育の科学』68巻4月号),「アスリートへのアクセプタンス&コミットメント・セラピーの活用」(『月刊トレーニング・ジャーナル』39巻6号)など。

ポジティブになることは大事?

アスリートに心理的な問題で困っていることについて尋ねると,ほとんど出てくる言葉の一つが,「(実力を発揮するために)ポジティブになろうとは思うんですけど,全然なれなくて……」である。また,指導的立場にあるコーチや保護者などからも,「(このアスリートは)ポジティブにとらえるってことが全然できないんですよね……」と相談されることがある。

このように我が国のスポーツ界には,「ポジティブに考えられるアスリートこそ優れている」と考える者が非常に多い。例えば,大事な試合の前日練習で大きなミスを犯し,落ちこんで悲しい気持ちになっているアスリートに対して,「試合本番にミスしなくて良かったってとらえれば良いじゃない。落ち込んでないで明日に向けて気持ちを切り替えるべきだよ」という言葉がけが多くなされる。ポジティブになろうと気持ちを高めていこうと大声を出したり,アップテンポな曲を聴いたりしたらかえって,いつもの状態との差に苦しくなることがあるかもしれない。一時的にネガティブな感情を無くし,ポジティブシンキングができても,すぐに元に戻ってしまうアスリートもいるかもしれない。

以上のように,今までスポーツ分野の多くの人が,「最高のパフォーマンスを発揮するためには最高の心の状態でなければいけない」と考えていた。従来のスポーツパフォーマンス向上のためのメンタルトレーニングは,Psychological Skills Training(以下,PST)と呼ばれ,ネガティブな思考や感情は理想的なパフォーマンスを実現する際の妨げになるとしている。そのためPSTは,感情の自己コントロールに取り組み,最適な心的状態を作ることを目標としている(Hardy et al., 1996)。したがって,パフォーマンス発揮に最適な心的状態を作ることを目的としたポジティブシンキングやリラクセーションなどが中心的な技法として実施されてきた。

しかしながら,理想的なパフォーマンスを実現する際にネガティブな思考や感情は妨げになるという仮説を支持する研究は少ない(Gardner & Moore, 2006)。PSTに代わるものとして,近年注目されている概念の一つであるマインドフルネスを用いた介入がスポーツ場面で誕生し発展してきた。マインドフルネスには「今に注意を向ける」という特徴がある。たとえば「前の試合ではあんなミスをしてしまった」とか「明日の試合で負けたら次がない」など,過去や未来の話をしているとき,ネガティブな感情を抱く。そのような時に,観客の歓声をただ聞いてみましょうとか,自分の足の裏の感覚はどうなっているかといった,「今」に注意を向ける練習をするのが有効である。身体の感覚や聴覚,視覚などいろいろなものを使って,「今」に集中する練習をするのがポイントである。

また,生じる思考や感情,感覚について「悪い(良い)ものだ」と判断しないことも大きな特徴である。ネガティブな感情が生じた場合に,「そんなことを考えるなんて良くないことだ。切り替えてポジティブにならなきゃ」と,生じた感情を悪いものだと判断するのではなく,「自分はダメアスリートだという感情が出てきたなあ」と中立的に捉える。

アスリートにとってマインドフルネスが馴染みのない新しい概念であることから,内容を理解し,短期間でパフォーマンスにつなげることは難しい可能性も示唆されている(De Petrillo et al., 2009)。これは,先ほども述べたように,スポーツ指導の場面においては「緊張を自信に変えられるようにポジティブにとらえなさい」「リラックスして試合に臨みなさい」など,ある種相反する考え方があるためかもしれない。したがって,マインドフルネスの要素をアスリートに伝える際には,今までに行われているものと異なる点を強調して説明をしたり,体験的に理解したりしてもらうようにしている。たとえば,試合前に不安だからといって首を振ったり違うことを考えたりすることは,その場しのぎにはなるが,逆にまだ自分が不安だと強く認識してしまう可能性もある。不安そのものでなく,不安をなくそうという行動が問題であることを強調する。選手にそれまでの考え方とあまりにも違うことを言うので理解するのに時間がかかるかもしれない。

アスリートの心理学

「アスリートの心理学」と考えると,アスリートのパフォーマンス向上のための心理学ということがまず最初に頭に浮かぶが,実際にアスリートを対象としたスポーツ心理学の研究テーマは幅広い。多くのアスリートは,内的状態の向上を最終目標としてはいない (Lutkenhouse, 2007)ためアスリートは健康になることよりも,勝利や競技成績と直結するものを優先させている。一方で試合で実力が発揮できないこと,チーム内での人間関係,勉学・就職への不安など,アスリートが抱える心理的問題は多岐にわたっている。今後2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて,国内の代表争いが熾烈になることが予想される。その際に強大なストレスにさらされるアスリートは精神的な問題を抱える可能性が大いにある。

快活なイメージのアスリートでも精神疾患になる。たとえば,フランスのアスリートでは不安障害の割合が10.1〜15.8パーセントであり(Schaal et al., 2011),オーストラリアでは46.4パーセントが精神疾患の症状を一つ以上有している(Gulliver et al., 2015)ことから,我が国のアスリートも精神疾患の症状を同程度の割合で有している可能性がある。アスリートの精神疾患の治療に心理学を活用する際には,アスリートに対して使用する言葉や例が異なるだけであり,通常の臨床心理学と何ら変わりない。

また,アスリート特有の問題として,怪我からの復帰プロセスや睡眠のコンディショニングなどにも対処する必要があり,精神疾患にならないための予防策を事前に講じることが重要である。自分の競技人生を揺るがすような怪我をした場合の心理的ショックは計り知れないものがあり,復帰できるか確証のないリハビリへの不安や面倒くささを感じることもある。

マインドフルネスを用いた介入のエビデンス

以上のように,「アスリート」という対象者をターゲットにして研究するには,対処すべき問題の幅広さがある。したがって,マインドフルネスをはじめとするあるがままの考え方をスポーツ場面の様々な介入場面に使用している研究を次に紹介したい。

初めに,筆者が以前システマティックレビューを行なった,スポーツパフォーマンス向上へのマインドフルネスを用いた介入の効果については,11件中8件で向上が認められた(深町ら,2017)。効果が見られなかった3件中2件(De Petrillo et al., 2009; Kaufman et al., 2009)においても,1年後にフォローアップ調査を行ったところ,介入前後で長距離選手のレースタイムは有意に向上していた(Thompson et al., 2011)。以上のことから,マインドフルネスを用いた介入はスポーツパフォーマンス向上に一定の効果があると考えられる。しかし,アスリートにとってマインドフルネスが馴染みのない新しい概念であることから,介入内容を理解し,短期間でパフォーマンスにつなげることは難しい可能性も示唆された(De Petrillo et al., 2009)。最近では,RCTも実施され,主観的なパフォーマンスについては,PSTよりも優れているとする研究もある(Josefsson et al., 2019)。

前十字靭帯断裂の大怪我を負ったアスリートのリハビリプロセスに焦点を当てた研究がある(Mahoney & Hanrahan, 2011)。怪我をしたアスリートは受傷後すぐに,いらつき,退屈,不安などのネガティブな感情を経験していた。具体的には,「リハビリのプロセスが長くてうんざりする」「こんな状態では何もできない」などである。それらの何もできない無力感を感じる自分に向き合うことを避け,その結果,リハビリを妨げるような行動につながっていた。介入によって身体感覚や感情への気づきを高めるようなマインドフルな注意を学んだ彼らは,ネガティブな感情を受容し,リハビリ行動にコミットできるようになっていた。マインドフルな注意は,リハビリに伴うネガティブ感情への対処と共に,リハビリへのアドヒアランス維持にもつながる。

マインドフルネスに基づいた介入は慢性疼痛,不安,物質乱用者の渇望と使用減少などの広範な状態の身体的および精神的症状に有用であり(Greeson,2009),疼痛,不安,過食傾向,菓子や炭水化物への渇望感などの症状を有する月経随伴症状にも有用だと考えられる。以下,アスリートを対象とした研究ではないが,マインドフルネスと月経随伴症状を検討した先行研究を紹介する。

Lustykら(2011)は,マインドフルネスとPMS症状間の負の関連を明らかにした。マインドフルネス総合得点はPMS症状全般と関連し,マインドフルネスの要素(観察,描写,非反応)は渇望以外のすべてのPMS症状と関連した。また,マインドフルネスの1要素(非評価)は水分貯留と関連した。以上より,マインドフルネスをより報告している女性は,それほど重度のPMS症状を報告しないことがわかった。我が国の女子大学生にも同様の調査を行ったところ(土井ら, 2016),関連するマインドフルネスの要素は異なるものの,PMS症状との関連が認められた。

実際にマインドフルネスを用いて,月経随伴症状の感情的症状や疼痛への効果を検討した研究も見られる。Bluthらは,小規模なグループにてMindfulness-Based Stress Reduction(MBSR)を8週間実施した(Bluth et al., 2015)。実施された内容は,歩行瞑想,ヨガ,ボディスキャン,座った状態での瞑想であり,セッションの終盤に自分の体験や課題を共有した。MBSRを実施した群では,月経前の感情的症状(抑うつ,絶望,いらつき等)は介入前後で有意に減少した。MBSRが一般成人の感情的症状に有益な影響を及ぼすことは以前に実証済であるため(Greeson,2009),月経随伴症状の気分症状にも有効な可能性がある。以上のように,マインドフルネス傾向が高いことは,月経随伴症状の重症度の低さと関連する可能性がある。

最後に,メンタルヘルス全般へのマインドフルネスの効果量を検討した研究を紹介したい。メンタルヘルスとして,抑うつ,不安,眠気,心理的QOL,痛み知覚を対象としたところ,およそ0.5程度の効果量が認められた(Grossman et al., 2004)。マインドフルネス介入が多くの慢性的な障害に効果的であることを示した。また,疾患だけでなく,日常生活において,正常ではあるが,ストレスに対処する能力を向上させることを望んでいる健康な対象者にも効果的であった。したがって,重篤な疾患やストレスの多い日常生活の中で苦痛や障害に対処する一般的な機能を向上させる可能性がある。少ない研究からの結果ではあるが,マインドフルネスは臨床から非臨床という幅広い人々の問題に対処することを助ける可能性を示唆していた。

以上のように,アスリートの心の問題を解決するにあたり,スポーツパフォーマンス向上から,アスリートの精神・身体的健康に至るまで,幅広い問題に対処可能という点で,スポーツ場面におけるマインドフルネスをはじめとするあるがままの考え方は大いに利用可能だと考えられる。「不適切な行動を減らし,適切な行動を増やす」という点は一般成人への心理介入と何ら変わりない。むしろ,アスリートのほうが,一般成人と比較して,ターゲットとしたい行動が明確であることが多い。例えば,スポーツパフォーマンスのスコアや,リハビリへのアドヒアランス等である。実際に,臨床心理の現場で活躍している先生とお話しする際に,「スポーツは介入のターゲットになる行動指標がいっぱいあって良いなあ」と言われたこともある。今後アスリートの様々な心理的問題を解決するようなマインドフルネスの研究・実践が増えることを心より祈っている。

文献

  • Bluth, K. et al.(2015)Mindfulness-based stress reduction as a promising intervention for amelioration of premenstrual dysphoric disorder symptoms.  Mindfulness, 6 , 1292-1302.
  • De Petrillo, L. A. et al.(2009)Mindfulness for long-distance runners: An open trial using Mindful Sport Performance Enhancement(MSPE).  Journal of Clinical Sport Psychology, 3 , 357-376.
  • 土井理美・他(2016)女子大学生における月経観と月経前症候群との関連:マインドフルネス特性による緩衝効果『北海道医療大学心理科学部研究紀要』 11 , 35-49.
  • Firoozi, R. et al.(2012)The relationship between severity of premenstrual syndrome and psychiatric symptoms.  Iran J Psychiatry, 7 , 36-40.
  • 深町花子・他(2017)スポーツパフォーマンス向上のためのアクセプタンスおよびマインドフルネスに基づいた介入研究のシステマティックレビュー『行動療法研究』 43 , 61-69.
  • Gardner, F. L., & Moore, Z. E.(2006) Clinical sport psychology . Human Kinetics.
  • Greeson, J. M.(2009)Mindfulness Research Update: 2008.  Complement Health Pract Rev 14 , 10-18.
  • Grossman, P. et al.(2004)Mindfulness-based stress reduction and health benefits: A meta-analysis.  Journal of Psychosomatic Research, 57 , 35-43.
  • Gulliver, A.et al.(2015)The mental health of Australian elite athletes.  Journal of Science and Medicine in Sport, 18 , 255-261.
  • Hardy, L. et al.(1996) Understanding psychological preparation for sport: Theory and practice of elite performers . Wiley.
  • Josefsson, T. et al.(2019)Effects of Mindfulness-Acceptance-Commitment(MAC) on sport-specific dispositional mindfulness, emotion regulation, and self-rated athletic performance in a multiple-sport population: An RCT Study.  Mindfulness, 10 , 1518-1529.
  • Kaufman, K. A. et al.(2009)An evaluation of Mindful Sport Performance Enhancement(MSPE): A new mental training approach for promoting flow in athletes.  Journal of Clinical Sports Psychology, 3 , 334-356.
  • Lustyk, M. K. B. et al.(2011)Relationships among premenstrual symptom reports,menstrual attitudes, and mindfulness.  Mindfulness 2 , 37-48.
  • Lutkenhouse, J. M.(2007)The case of Jenny: A freshman collegiate athlete experiencing performance dysfunction.  Journal of Clinical Sport Psychology, 1 , 166-180.
  • Mahoney, J., & Hanrahan S. J.(2011)A brief educational intervention using acceptance and commitment therapy: Four injured athletes' experiences.  Journal of Clinical Sport Psychology, 5 , 252-273.
  • Schaal, K. et al.(2011)Psychological balance in high level athletes: Gender-based differences and sport-specific patterns.  PLoS ONE, 6 , e19007.
  • Thompson, R. W. et al.(2011)One year follow-up of Mindful Sport Performance Enhancement(MSPE) with archers, golfers, and runners.  Journal of Clinical Sport Psychology, 5 , 99-116.

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