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【小特集】

自尊心(self-esteem)とは何か

「自尊心(self-esteem)」は心理学の世界で長らく研究されている概念のひとつです。実のところ,これはどのようなものなのでしょうか。生物学的基盤を持ち,文化の影響を受けるものなのでしょうか。自尊心について実証的な研究を続けている研究者の考えを聞いてみましょう。(大江朋子)

顕在的自尊心と潜在的自尊心

小林 知博
神戸女学院大学人間科学部 教授

小林 知博(こばやし ちひろ)

Profile─小林 知博
2003年,大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。青山学院女子短期大学専任講師,神戸女学院大学人間科学部准教授を経て現職。専門は社会心理学。著訳書は『心の中のブラインド・スポット』(共訳,北大路書房),『社会心理学・再入門』(共訳,新曜社),『対人社会心理学の研究レシピ』(分担執筆,北大路書房),『パーソナリティ心理学ハンドブック』(分担執筆,福村出版)など。

自尊心は,心理学の数多ある構成概念の中でも最も古くから探究されているものの一つで,最初に文献に登場したのは1892年(James, 1892)です(心理学が学問として独立した1879年からまだ10年あまり!)。本稿ではそんな古い歴史を持つ自尊心について,意識的側面(顕在的自尊心)と非意識的側面(潜在的自尊心)から説明します。

顕在的自尊心

顕在的自尊心とは,心理学の研究で長く「自尊心」と呼ばれているもので,自己に対する肯定的または否定的な態度や自己価値の感情(feelings of self-worth)のことです。ローゼンバーグ(1965)は10項目の自尊心尺度を開発し,自尊心を数値として測定することに成功しました。具体的な項目には「自分に対して肯定的である」「だいたいにおいて,自分に満足している」などがあります。

自尊心尺度は開発以来,非常に広く用いられており,人間の様々な心理や行動と関係があることが分かっています。例えば,自尊心が高い人は低い人に比べて,自己評価が高く,社会的不安が低く,他者との関係が良好であり,健康度が高い,などです。また自尊心が低いことは人生満足度を下げたり摂食障害のリスクを高めるという報告もあります(Zeigler-Hill, 2013)。

世界53ヵ国で自尊心を比較した研究(Schmitt & Allik, 2005)では,全ての国において平均が中点より高いものの,チリ,イスラエル,アメリカ,トルコなどは高く,最も低いのは日本で,次に香港,バングラデシュが位置しています。ただしこの点については,集団主義文化では両極への回答を避ける中心化傾向が働いている可能性も指摘されています。

自尊心には年代による変化が報告されており,北米では1980年代からの30年間で若者の自尊心が上昇傾向にある(Gentile, Twenge, & Campbell, 2010)のに対し,日本では下降傾向にあることが分かっています(小塩・岡田・茂垣・並川・脇田, 2014)。

潜在的自尊心

近年,人間の様々な認識(他者,物,考えに対する態度)や行動には,意識的(顕在的)な側面と非意識的(潜在的)な側面があることが分かってきました。例えば,近所に引っ越しをしてきた外国の人に対して,意識的(顕在的)には歓迎していても,非意識的(潜在的)には心から歓迎できなかったり,不安を感じたりすることなどが当てはまります。このように,私たちは一つの対象に対して意識的・非意識的に異なる認識を持つことがよくあります。自尊心にもこの両側面があることが分かってきました。

潜在的自尊心とは,人々の意識が及ばず,非意図的に生じる自分に対する肯定的または否定的な態度のことです。測定には様々な方法が使われていますが,その結果の安定性からIAT(Implicit Association Test:潜在連合テスト;Greenwald, McGhee, & Schwartz, 1998)が用いられることが多いようです。

図1 潜在的自尊心を測定するIAT画面の例
図1 潜在的自尊心を測定するIAT画面の例

潜在的自尊心の測定は,対象(自己と他者)と特性(ポジティブ・ネガティブ)の連合の強さを,反応時間によって測定します。図1はパソコンの画面を模式的に表したものですが,実験参加者はこの左右2種類の課題(左側は,自己と良い意味の単語の連合を,右側は,自己と悪い意味の単語の連合を測定)を行います。課題は,例えば左側の課題なら,画面中央に出てくる単語(例えば,たのしい,かなしい,わたし,たにん,など)が,「自分に関する単語か良い意味の単語であれば左のキーを,他者に関する単語か悪い意味の単語であれば右のキーを,できるだけ速く正確に押す」というものです。文化にかかわらず多くの人は左側の課題にかかる時間が短く,右側の課題にかかる時間が長いのですが,左右の課題の反応時間を差を元にした複数の計算を行うことにより,潜在的自尊心の高さが計算されます。

潜在的自尊心が高いと,ポジティブ感情が高く,本人が書いた作文の他者評価(有能感や自信)が高いことなどが示されています(Bosson, Swann, & Pennebaker, 2000)。様々な研究において,潜在的・顕在的自尊心の間の相関はr=.20前後と弱く(e.g., Bosson, Swann, & Pennebaker, 2000),これらは独立した概念だと考えられています。

顕在的・潜在的自尊心の組み合わせによる新たな知見

顕在的自尊心については上記のようにポジティブな側面を強調する研究がある一方で,自尊心が様々な客観的指標に与える影響を検討した研究レビューでは,これまで関係があると考えられてきた,学業成績や仕事の業績,対人関係良好性,反社会的行動との関連性はないばかりか,むしろ自己愛を高めて攻撃行動が増えることを主張する研究(Baumeister, Campbell, Krueger, & Vohs, 2003)もあり,近年論争となっています。

その論争への一つの回答となりうる考え方として,顕在的・潜在的自尊心の組み合わせから,顕在的自尊心が高い群を2種類に分けるというものがあります。それらは顕在的自尊心が高く潜在的自尊心が低い不安定的(insecure)高自尊心者と,顕在的・潜在的自尊心の両方が高い安定的(secure)高自尊心者と呼ばれています。そして,不安定的高自尊心者は,安定的高自尊心者と比べ,ナルシシズムが高く,自己評価に脅威を感じた時に自己や内集団の評価を上げるなどより自己防衛的な行動や発言をしたり,健康を崩す日数が多いことが示されています(レビューはZeigler-Hill, 2013。顕在的(高低)×潜在的(高低)で4種類に分ける研究者もいます)。この論争については明確な結論が出ておらず,今後の研究が待たれるところです。

文献

  • Baumeister, R. F., Campbell, J. D., Krueger, J. I., & Vohs, K. D.(2003)Does high self-esteem cause better performance, interpersonal success, happiness, or healthier lifestyles?  Psychological Science in the Public Interest, 4 , 1-44.
  • Bosson, J. K., Swann, W. B., & Pennebaker, J. W.(2000)Stalking the perfect measure of implicit self esteem: The blind men and the elephant revisited?  Journal of Personality and Social Psychology, 79 , 631-649.
  • Gentile, B., Twenge, J. M., & Campbell, W. K.(2010)Birth cohort differences in self-esteem, 1988-2008: A cross-temporal meta-analysis.  Review of General Psychology, 14 , 261-268.
  • Greenwald, A. G., McGhee, D. E., & Schwarz, J. L. K.(1998)Measuring individual differences in implicit cognition: The implicit association test.  Journal of Personality and Social Psychology, 74 , 1464-1480.
  • James, W.(1892) Psychology . briefer course.[今田寛(訳)(1992)『心理学』岩波文庫]
  • 小塩真司・岡田涼・茂垣まどか・並川努・脇田貴文(2014)自尊感情平均値に及ぼす年齢と調査年の影響:Rosenbergの自尊感情尺度日本語版のメタ分析.『教育心理学研究』 62 , 273-282.
  • Rosenberg, M.(1965) Society and the adolescent self-image . Princeton University Press.
  • Schmitt, D. P., & Allik, J.(2005)Simultaneous administration of the Rosenberg self-esteem scale in 53 nations: Exploring the universal and culture-specific features of global self-esteem.  Journal of Personality and Social Psychology, 89 , 623-642.
  • Zeigler-Hill, V.(2013) Self-esteem . Psychology Press.

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