公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

裏から読んでも心理学

理論は踊る。

慶應義塾大学文学部 准教授

平石 界

好きなものは後にとっておく主義です。少年時代は兄がいたので何かと問題もあったのですが,鍋に入ってる椎茸の数まで割り当てる家庭を築いた今となっては日常生活に大きな支障はありません。テクノロジーの発展のお陰で「後で読む」論文の山で部屋が狭くなるわけでもない。しかし止むに止まれぬ事情に追い込まれて,具体的には原稿の〆切がはるかに過ぎ去ってもなおネタが決まらない。ついに重たい腰を上げました。

20世紀末,シンという人が世紀末の退廃を象徴するような論文を発表しました(Singh, 1993)。「性成熟したヒトのメスは腰周りが臀部周りよりも細くなり,それがオスには魅力的に見えるのだ。ツィギーですら腰は細かった」。シン博士,プレイボーイ誌の見開きグラビアなどを駆使して理想のWaist to Hip Ratio(WHR)イコール0.7という値を叩きだし,一躍スターダムに上り詰めます。そこからはもう大フィーバー。狩猟採集民,整形手術,先天盲,バービー人形からコカコーラのボトルまで,ありとあらゆる対象をネタに,有名無名さまざまな研究者がこのテーマを貪りました。

授業でも受けが良いので便利に使っていたのですが,モヤモヤも。そもそもなぜオスは腰の細いメスを好むのでしょう? 論文ごとに違うことが書いてあったりして,どうもハッキリしない。モヤモヤがつのって最近は授業で扱うのを止めていたんですが,出ましたBovet(2019)。みんな好き勝手言い過ぎ!私が整理してあげたから良く読んで反省しなさい!的な。そんなん絶対おもしろいから後に取っておくじゃないですか。

これがもう最高で,数々の「僕が/私が考えた細い腰の理論」を列挙して愉快痛快軽快にツッコミを入れていきます。「腰の細さでメスって分かるから」(性別くらい腰なんか見なくても分かるわ!)「二次性徴後,つまり適齢期って分かるからです」(そんなん腰見なくても分かるわ!)「経産歴が分かるんだこれが」(実はデータがそこそこあるのね……。え,そうなん? それなん?!)「細いと繁殖力が高い」(そんな証拠ほとんどないし)「妊娠時に使う脂肪の量が分かるのです」(腰回りと臀部大腿部では脂肪の種類が違うのか……ひょっとして説得力ある?)「細いメスは健康です」(肥満気味の老人のデータで語られても困る)「産道のサイズが分かる」(出産大事。でも骨盤が広すぎるとバランス悪くて歩きにくいんだ)「重心が低い」(確かに安定する。しかしだね)「腰が太い女性は男子を産みやすい」(証拠ありません)「栄養状態の目印です」(食物繊維で腸が大きくなって腰が太くなるかもって話もある)「柳腰の女性のほうが,女らしく,母性が豊かなのじゃ」(因果の方向が不明)「腰が細いメスが魅力的なのは,そのメスの娘も魅力的だからだ」(出たなランナウェイ仮説!)

あと五つくらいあるのですが紙幅が尽きました。改めて研究者面々の言いたい放題っぷりに感心します。大満足なのですが敢えて苦言を呈すれば一つ。名誉なことに筆者の研究が引用されているのですが,言った覚えのない内容で。恐らく引用カッコに一緒に入っているヒライワ先生とセットで「ヒラなんとかの論文二つあるやん。まとめて引用しとこ」くらいのノリで突っ込まれたのではないかと。かくいう筆者も,古代ギリシアから現代まで,2500年分の美の女神像のWHRを測りまくった狂気(ほめてます)の論文(Bovet & Raymond, 2015)の著者と同じ方であることに,さっきまで気づいてなかったので同罪です。外国の名前って覚えにくいですよね。

Profile─ひらいし かい
慶應義塾大学文学部 准教授
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より現職。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石 界

PDFをダウンロード

1