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【小特集】

子どもの数理解と文化

榊原 知美
東京学芸大学国際教育センター 准教授

榊原 知美(さかきばら ともみ)

Profile─榊原 知美
慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。洗足学園短期大学幼児教育保育科講師,東京学芸大学国際教育センター講師を経て,現職。専門は発達心理学。著書は『算数・理科を学ぶ子どもの発達心理学』(編著,ミネルヴァ書房)など。

算数や数学につながる知識を,幼い子どもはどのように身につけているのでしょうか。算数というと小学校における教科のイメージが強いですが,実は,数をめぐる子どもの学びは誕生直後から始まっています。子どもは日常生活の様々な場面で,数や形をあつかう経験を積み,それらを学校での学びに結びつけていきます。2000年代になって行われたメタ分析研究でも,このような就学前の子どもが身につけている数知識が小学校以降の算数・数学の達成度を予測することが確認されており,就学後の学習の基礎としての就学前の数知識の重要性はますます注目されています(例えば,Watts et al., 2014)。

このような幼い子どもの学びは,ヒトが生得的にもつ能力に支えられて進みますが,当然のことながら,その学びの過程には文化が大きく影響します。これまで数多く行われてきた国際比較研究では,アジアの小学生の算数の達成度が高いことが繰り返し報告されていますが,同様の傾向は,まだ学校での教育を受けていない,幼児の数知識についても確認されています(Starkey & Klein, 2008)。幼い子どもにみられるこうした国による差は,数知識の発達に子どもをとりまく文化が影響していることを示すよい例でしょう。

言語の影響

幼い子どもは周囲の大人や年上の子どもが使っている言葉を通して数の世界に触れていきます。日本語の場合,言葉を話し始めた子どもは,はじめに一つのモノと「いち」という言葉を対応づけて理解し,続いて「に」「さん」の意味も理解するようになります。2歳前後になると自分でも「いち,に,さん」などと数を唱えたり,覚えた数詞を用いて間違えつつも事物の数を数えようとしはじめます。こうした日常生活の中での経験を通して,おおよそ3歳半ごろには事物の数を数えることができるようになります。

このように子どもは,自分が生活している文化で共有されている数に関わる言葉を用いて数を扱う経験を積んでいくため,子どもの数理解には,母語の特徴が影響することになります。数理解に対する言語の影響については,これまで数多くの研究が行われてきましたが,その中でもよく知られているのは,十進法に基づいた表記に規則正しく従う東アジアの諸言語の数詞が子どもの数理解を容易にしているという指摘です。例えば,日本語と英語を比較した場合,日本語ではすべての数詞が規則正しく桁に対応していますが(例えば,「じゅう−に」),英語ではあいまいなものがあります(例えば,「twelve」)。このような文化による数詞システムの違いは,幼児期の数詞の獲得だけではなく,就学後の位取りの概念の獲得や2桁の数の計算などにも影響するといわれています。

幼稚園・保育所や家庭での子どもに対する関わり方

幼い子どもは園や家庭において,算数に関わる多様な活動を日々行っています。そのような子どもの活動は,大人や場のデザインに支えられながら行われますが(Rogoff, 2003),子どもの学びに対する大人の考え方や教え方は文化により異なります。例えば,同じ東アジアの中でも,中国の幼稚園では,伝統的には子どもに数を体系的に教えてきましたが,日本の幼稚園の場合,保育者が体系的に数を指導することは一部の園を除いてほとんど行われていません。トビンら(1989)が行った日米中の国際比較研究では,米国や中国に比べ,日本の保育者や保護者は幼稚園・保育所でのアカデミックな指導に力点をおかず,「思いやり・共感・他者への配慮」を学ぶことを重視する傾向にあることが報告されています(他にも,唐澤ら,2006)。こうした日本の大人の信念が,体系だった数の指導をしない保育のあり方に反映されていると考えられます。ただし興味深いことに,日本の園においても数を全く扱っていないわけではなく,保育者は日常の様々な活動の中に,それとは意識せずに数に関わる援助を頻繁に埋め込んでいることが明らかになっています。例えば,製作の材料の数,大きさ,形を子どもと一緒に確認したり,出欠を確認する時に男女の欠席人数の合計を子どもに質問するなどです。このような日本の保育に特徴的な埋め込み型の援助スタイルが,子どもの数知識の発達を効果的に促していることもわかっています(榊原,2006)。

5歳児クラスのエピソード

[先生が]男児から先に名前を呼んでいく。「○○くん,お休みです」と先生が言うと,子どもたちが声をそろえて「(お休みが)1人」と言い指を立てる。休みの人数が増えると,それに合わせて指を立てていく。男児を呼び終わると,先生は「男の子何人だった?」と尋ねる。子どもは各々「いち」「ひとり」などと言う。……女児も全員呼び終わると先生が「今日は4人お休みがいます。……さあ問題です。すみれ組は26人います。4人お休みでした。今日はすみれ組さん何人でしょう?」子どもたちが「22」と言い,先生は「正解。22。当たり」と答える。「先生入ると23」と言う子どももいる。(榊原,2014aより)

家庭でももちろん子どもの多様な数活動をみることができます。食事の際に準備するお皿の枚数を数えたり,日本ではお風呂で数を唱えることなども思い浮かぶかもしれません。子どもは家庭においても,大人との会話などを通して,日々,数に対する理解を深めています(Levine, 2010)。

文化間を移動する子どもの学び

特定の文化がその文化の成員にどのような援助をしているのかという視点に加え,近年では,より現実的な課題として,複数の文化をまたいで移動する子どもの学びの構造を明らかにすることも求められています。近年,外国人の定住化傾向や国際結婚の増加にともない,日本においても外国籍の子どもの人数は増加傾向にあります。来日の時期にもよりますが,このような子どもの多くはいわゆるバイリンガル環境におかれることになります。最近の研究では,二つの言語を用いて学ぶこと自体が数知識の発達に特に不利に働くことはなく,認知の発達全般でみればむしろプラスに作用する場合もあることがわかっています。問題となるのは,家庭の社会経済的地位で,それが低い場合,数知識の発達にもネガティブな影響があることが指摘されています(例えば,Sarnecka et al, 2018)。さらに,移住などによって異文化で生活することになった子どもの場合,先ほどみた子どもの学びに対する大人の考え方や教え方が,家庭と園や学校で異なる可能性があり,それも数知識の発達に影響することが考えられます(榊原,2014b)。このような信念の違いは,子どもの数の学びに混乱を生じさせることもあるかもしれませんが,逆に数をめぐる子どもの学びに,単一文化にいる子どもに比べて,より複雑で豊かな支援を提供する可能性につながるかもしれません。この点については,今後,さらに研究が必要です。

文献

  • 唐澤真弓・他(2006)幼児教育の文化的意味:日本,アメリカ,中国における文化間および文化内比較 発達研究, 20, 33-42.
  • Levine, S., Suriyakham, L. W., Rowe, M. L., Huttenlocher, J., & Gunderson, E. A.(2010)What counts in the development of young children’s number knowledge? Developmental psychology, 46, 1309-1319.
  • Rogoff, B.(2003)The cultural nature of human development. Oxford University Press.
  • 榊原知美(2006)幼児の数的発達に対する幼稚園教師の支援と役割:保育活動の自然観察にもとづく検討.発達心理学研究, 17, 50-61.
  • 榊原知美(2014a)5歳児の数量理解に対する保育者の援助:幼稚園での自然観察にもとづく検討.保育学研究,52, 19-30.
  • 榊原知美(編著)(2014b)『算数・理科を学ぶ子どもの発達心理学:文化・認知・学習』ミネルヴァ書
  • Sarnecka, B., Negen , J., & Goldman, M.(2018)Early number knowledge in dual-language learners from low-SES households. In D. Berch, D. Geary, & K. M. Koepke(Eds.)Language and culture in mathematical cognition. pp.196-228. Academic Press.
  • Starkey, P. & Klein, A.(2008)Sociocultural influences on young children’s mathematical knowledge. In O. Saracho & B. Spodek(Eds.)Contemporary perspectives on mathematics in early childhood education. pp.253-276. Information Age Publishing.
  • Tobin, J. J., Wu, D. YH., & Davidson, D. H.(1989)Preschool in three cultures: Japan, China and the United States. Yale University Press.
  • Watts, T. et al.(2014)What’s past is prologue: Relations between early mathematics knowledge and high school achievement. Educational Researcher, 43, 352-360.

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