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【小特集】
対話と協働の中での言語習得 ─独日国際児の事例から
柴山 真琴(しばやま まこと)
Profile─柴山 真琴
1998年,東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。2010年より現職。専門は発達心理学,質的心理学。著書は『行為と発話形成のエスノグラフィー』(東京大学出版会),『子どもエスノグラフィー入門』(新曜社)など。
子ども期の二言語学習
児童期に二言語で読み書きを学ぶ子どもが増えてきた。国際結婚家族の子ども(国際児)はその代表例であるが,二言語で高い読み書き力を形成する上での困難さが大きいとされる。父親または母親の母国に居住して現地校に通う国際児の場合,現地語モノリンガル児並みに現地語力を伸ばすのも決して容易ではなく,親からの継承語(現地語ではない親の母語)での読み書き力も伸ばしにくいためである(柴山ら,2016)。日本語補習授業校(補習校)に通う児童生徒の二言語力に関しては,現地語(英語)力は高い反面,日本語力が小4以降に二分化する傾向があることが指摘されていたが(片岡ら,2005),子どもの二言語力の形成過程やそれを支える家族の実践過程は,ほぼ未解明であった。
そこで筆者は,2009年に国際児の二言語形成過程を質的に解明するための共同研究を立ち上げた(ビアルケ千咲,高橋登,池上摩希子の三氏が研究分担者)。同研究で採用した研究方法論には,二つの特徴がある。一つは,従来,個人的な認知活動と見なされがちであった子どもの二言語形成過程を「親子の共同行為」として捉え直し,〈日常実践に基礎を置く協働的・解釈的過程〉として探究する質的アプローチを採用したことである。もう一つは,国際結婚家族の日常実践における協働的・解釈的過程を捉えるためのデータ収集法として,①親による行動観察,②フィールドワーク,③二言語検査(作文を含む),を組み合わせた多角的手法を採用したことである。
独日国際児の二言語形成過程
宿題(表1参照)と読書は,国際児の二言語形成を支える中核的な活動であることがわかってきた。以下では,ある独日国際児の約4年間(現地校4〜7年生,補習校小4・2学期〜中2・1学期)の変化過程を,(1)宿題遂行過程,(2)読書過程,(3)作文力の形成過程,という三つの側面から質的に分析した結果の一部を紹介する。
(1)宿題遂行過程における対象児の変化過程(柴山ら,2019)
宿題遂行過程を家族間調整という視点から分析した結果,次の2点が明らかになった。①対象家族の場合,親が自分の母語の宿題(ドイツ人父親は現地校宿題,日本人母親は補習校宿題)を支援する分業体制がとられていた。この分業体制は,それぞれの宿題をめぐる親子間調整の単位にもなっていた。②子どもが現地校・補習校の宿題に取り組む背後では,現地校と補習校の関係,現地校と友人の関係,自分の将来との関係など,子ども自身が生態学的環境に対する理解を深め,その理解と関係づけて眼前の宿題を意味づけつつ親との調整を図っていた。現地校宿題の遂行過程では,現地校からの学業達成の圧力や同輩集団からの刺激を受けながら,ドイツ語を現在・将来の自分にとっての中核言語として位置づけ,ドイツ語力を高めて良い成績をとることを目指して自発的に宿題に取り組んでいた。他方で,補習校宿題については,学業達成の圧力も同輩集団からの刺激も弱い状況下で,現在・将来の自分にとっての日本語学習の意味を模索しつつ,母親の支援を遠ざけ明確な目標も持てないままに宿題をこなしていた。
国際児の補習校宿題への取り組みが思春期に停滞しがちなのは,親子関係の再編過程で生じる母親の支援方法への反発だけが原因ではなく,日本語を自分の言語として育てていく営みを支える将来展望や学習目標の脆弱さも抑止的に作用していると推察された。
(2)読書過程における対象児の変化過程(ビアルケら,印刷中)
読書過程の分析から,対象児の読書活動は2段階を辿って進行していたことがわかった。
【第一段階】現地校(ギムナジウム)での成績評価の圧力の強まりを受け,親が価値づけを修正(学業成績に関係しない日本語よりもドイツ語の読書を優先)して,子どものドイツ語読書を支援する段階。この時期は,読書活動においても現地校の友人との交流が活発化し,対象児が読書の楽しみを経験し,継続的な読書活動を行うようになった時期でもあった。
【第二段階】子ども自身が複数言語の読書を自律的に選択・調整する段階。第二段階への移行過程は,①将来展望の中での各言語の意味づけの形成,②親からの自立,③認知的発達と自分の言語能力をモニターする意識の形成,という三側面での発達に支えられていると推察された。現地校の学業成績に関係するドイツ語や英語の読書は拡大する一方で,学業成績に関係しない日本語の読書は縮小されたが,日本滞在時には,日本人友人との交流や日本への愛着に支えられて,揺れを伴いつつも間欠的に実践されていた。
(3)作文力の変化過程(ビアルケら,2019)
対象児が小4から中3までに同じ課題で書いた日本語作文をドイツ語作文と比較しつつ縦断的に分析した結果,以下の2点が明らかになった。①産出量や語彙・構文の多様性などの面では,日本語母語児に比べると伸びが緩やかであったが,談話レベルでは母語児に近い作文を書いており,優勢なドイツ語に牽引されるように日本語で書く力が伸びていた。具体的には,まず接続表現や構文が複雑になることで論理的なつながりが改善され,それに続いて作文の全体構成や内容が高度化していた。②他方で,ドイツ語作文に近いレベルで日本語作文を書こうとすると,日本語の表現手段が限られているために文法的な誤用が生じたり,漢字熟語が不足しているために不自然な表現が出現したりしていた。
おわりに
対象児の二言語形成過程は,複層的な変化過程であることがわかる。(1)と(2)の研究からは,国際児が二言語を同時習得する過程は,生態学的環境との対話や親・友人との協働の中で,子ども自身が二言語を育み意味づけ位置づけていく解釈的な過程であることが窺える。(3)の研究からは,日本語経験が少ない対象児が形成しつつある日本語作文力には,日本語モノリンガル児には見られない固有の特徴があることが窺える。
次の課題は,上述した変化過程が,現地語と生態学的環境を異にする国際児にも広く見られるのかどうかを検討することである。現在,比較研究に着手したところである。
文献
- ビアルケ(當山)千咲・柴山真琴・高橋登・池上摩希子(2019)継承日本語学習児における二言語の作文力の発達過程.『日本語教育』172, 102-117.
- ビアルケ(當山)千咲・柴山真琴・池上摩希子・高橋登 (印刷中)複数言語環境に育つ子どもはどのように読書活動を実践してゆくのか.『質的心理学研究』19.
- 片岡裕子・越山泰子・柴田節枝(2005)アメリカにおける補習校の児童・生徒の日本語力及び英語力の習得状況.『国際教育評論』2, 1-19.
- 柴山真琴・ビアルケ(當山)千咲・高橋登・池上摩希子(2016)子どもの言語習得とグローバル化時代のインターフェース.『発達心理学研究』27, 357-367.
- 柴山真琴・ビアルケ(當山)千咲・高橋登・池上摩希子(2019)現地校・補習校の宿題支援における家族間の調整過程.『人間生活文化研究』29, 236-256.
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