【第6回】
サトウ タツヤ
立命館大学総合心理学部教授。第6回目はインドネシア。インドネシアのネシア(nesia)は諸島を意味する接尾辞。面積は約192万㎢(日本の約5倍),人口は2億5千万人で世界第4位。ムスリム人口は世界最大。1000以上の民族がそれぞれの島で生活し,文化と多様性も重要なキーワードです。
インドネシア
第二次世界大戦後の心理学の制度化
インドネシア共和国。1500年代(16世紀)以降のヨーロッパ諸国の海外進出=植民地化を経て,オランダからの独立を宣言したのは第二次世界大戦終了後の1945年8月17日であった。インドネシアにおいて,心理学が公的に教えられ研究されるようになったのはこれ以降のことである。
第二次世界大戦前は,教師養成課程で心理学が教えられることもあったし,医学部で精神分析的な深層心理学が教えられることもあった。1941年にオランダ統治下において心理技術研究所が設置され,学校生徒の心理検査に従事したり,オランダ陸軍のインドネシア将校がオランダ本国に心理学を学びに派遣されたりということがあった。
第二次世界大戦後,サントソ(Santoso:1907-2004)がインドネシア大学医学部に精神医学教授として着任後,精神医学(者)を支援する心理学者が必要だと述べた。1953年に学位を伴わない非公式の心理学コースが同学部に設置された。サントソがこうした発言をした背景には,インドネシア独立戦争があった。インドネシアはスカルノを中心に独立を宣言したもののオランダがそれを認めなかったことから戦争になり,1949年に独立が認められることとなった。この独立戦争後,元兵士の精神病が問題となったのである。またオランダ人が母国に帰ったため,大量の人員採用が必要となり心理検査の需要が高まったのである(Sarwono, 2014)。この頃の心理学は心理検査の需要が高かったことに加え,文化人類学や哲学(実存主義・現象学)などの影響で質的研究法の影響が強かった。また,土着的な(indigenous)心理概念の研究も行われた。これは同時期の他の国とは異なる特徴である。1959年にはインドネシア心理学会が設立された。
なお,心理学はその後,正式の専攻となり,1960年には心理学部が設置された。教員はオランダ人を含めて10名,学生は20名ほどであった。1970年代以降,心理学を教える大学は拡大した。また,インドネシアの心理学者が海外と交流を持つようになると,行動や認知など自然科学的な心理学が輸入されるようになった。現在では,120の大学で学部レベルの心理学教育が行われている。
精神のフィールドとしてのインドネシア
インドネシアとその文化,習俗や精神病については興味深いフィールドを提供してきた。まず,近代精神医学において早発性痴呆(統合失調症)と躁うつ病を分ける分類法を確立したクレペリンがジャワを訪れマレー族の精神医学を調査したことがあった(1903)。これはアモック(突然の暴力行為や時に武器を手にとって無差別殺傷を起こすことを特徴とする現象)を見いだすなど比較精神医学(または文化精神医学)の濫觴とされる。このアモックは文化結合症候群(Culture-bond Syndrome:CBS)という概念へとつながり,アメリカ精神医学会のDSM-Ⅳ,5に記載されるようになった。また彼は現地の精神病院を訪れ,精神病に質的な違いは認められないこと,しかし,発症(率)には違いが見られることを指摘した(Pols, 2007)。
このほか,文化人類学者ベイトソンとミードは1936年から2年あまりバリ島で調査を共同で行い,その成果の一端は『バリ島人の性格:写真による分析』として出版された(1942)。
文献
- Munandar, S. C. U. & Munandar, A. S.(1987)Psychology in Indonesia. In G. H. Blowers & A. M. Turtle(Eds.)Psychology moving East: The status of western psychology in Asia and Oceania. Westview Press, Sydney University Press.
- Pols, H.(2007)Psychological knowledge in a colonial context: Theories on the nature of the “native mind”in the former Dutch East Indies. History of Psychology, 10, 111-131.
- Sarwono, S. W.(2014) Internationalization of psychology education in Indonesia. Psychology Research, 4, 868-875.
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