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古典的実験機器はどのように使われていたか(1)─色覚検査器の場合

吉村 浩一
法政大学文学部心理学科 教授

吉村 浩一(よしむら ひろかず)

Profile─吉村 浩一
京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程満期退学。京都大学教養部助手,金沢大学文学部講師,助教授,明星大学人文学部教授を経て,2003年より現職。専門は知覚・認知心理学。著書は『運動現象のタキソノミー』,『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)。

写真1『心理学実験写真帖』(1910, 弘道館)に第九図として掲載されている色覚検査の様子
写真1 『心理学実験写真帖』(1910, 弘道館)に第九図として掲載されている色覚検査の様子

古典的実験機器の中には,残されているものを見ているだけでは使い方がよくわからないものが多くあります。本号から数回は,残されている機器類がどのように使われていたのか,あるいは実験装置セットの中にどのように組み込まれていたのかを説明したいと思います。幸いなことに,明治時代に東京帝国大学の心理学教室で行われていた実験の様子が,同教室編纂による『心理学実験写真帖』(1910, 弘道館)に数多く掲載されているので,それらの写真を手がかりに説明していきます。

第1回は,色覚の特性を検査する色覚検査器です。写真1が検査を行っている様子です。丸い大きな円板の中に小窓が五つありますが,配置は等間隔でありません。実は,この面は装置の裏側で,検査を受ける人が目を当てている面が表側です。表の面がどうなっているかは,現存している色覚検査器を見ればわかるはずですが,残念ながら東京大学にこの機器は残っていません。東京帝国大学で使われていた古典的機器類は,関東大震災や太平洋戦争によりその多くが失われてしまいました。写真1に映っているものは海外からの輸入品です。東京大学心理学教室に代々受け継がれている備品台帳に,この機器の購入記録が残っています。明治39年(1906年)10月2日付けで,「色覚研究機械」とあります。

写真2 東北大学に現存する色覚検査器の表側の拡大写真「三つの小さな孔,わかりますか?」
写真2 東北大学に現存する色覚検査器の表側の拡大写真「三つの小さな孔,わかりますか?」
写真3 同機器(登録番号TH00035島津製作所製)の裏側
写真3 同機器(登録番号TH00035島津製作所製)の裏側

幸い,同じタイプのものが東北大学に残っています。ただし,それは島津製作所が作成した模造品で,東北大学の「昭和十年調 器械器具カード控簿」に「色盲検査器」として記載されています。また,島津製作所の1926年のカタログ『心理学実験器械目録』にも,56番「スクリプチューア氏色覚検査器」の名称で記載されています。東北大学に残るその機器の表側と裏側を,写真2と写真3に示しました。表側は細部までわかるように一部分を拡大して載せました。よく見ると,時計の3時と9時,それに11時半あたりに合計三つの1〜2mmほどの小さな孔が黒く見えます。11時半あたりの孔は白くてわかりにくいかもしれません。日本心理学会のホームページ「心理学ミュージアム」「歴史館」の「古典的実験機器」のページで,TH00035の機器を検索すると,これら三つ以外に,7時と8時あたりにも同じような孔があり,合計五つの小孔のある写真が見つかります。裏側の面,すなわち写真3にも小窓が五つあります。保存の過程でずれてしまったのでしょうか,角度が違っていますが,ずれを直すと,表側の五つの小孔とぴったり重なります。裏面の五つの小窓のうち三つには色ガラスが残っていて,上が白,右下が赤,三つ並んだ左の真ん中には緑の透過ガラスがはまっています。黒く見える残り二つの小窓にはめられていた色ガラスは紛失してしまっています。

以上のように,表と裏の2面は写真2と3で直接見ることができますが,この機器にはこれら外側の2面のほか,さらに2面の円板が,固定されている外側の2面に挟まれています。それらを回転させてさまざまな色味を作るのです。回転可能な中間の2面には,それぞれ等間隔に10個の小窓があいていて,1面の小窓には濃さの違う10段階の灰色ガラスが,もう1面には色相の異なる色ガラスがはめられています。それらを一番裏側の五つの窓の色ガラスと組み合わせて,表側の小孔から透かして見ることにより,10×10×5=500種の色光を見ることができます。

この機器は,考案者の名を冠して,「スクリプチャー式色覚検査器」と呼ばれていますが,これには新旧2方式があり,ここに示したのは新方式のものです。旧方式のものは2面構成で,表の面には明るさの違う三つの灰色小窓が,裏面には色相の違う12の小窓があり,それらを組み合わせて3×12=36種の色光を作ることができたようです。

「スクリプチャー式色覚検査器」を用いて色覚異常を検出する検査手続きが,大槻快尊(1911)の『実験心理学』に紹介されています。中間の2面の円板の周囲には符号が付いていて,検査者は合わせているのがどの小窓なのかを読み取ることができます。検査者は内部円板の組み合わせを変化させ,見える色の名前を被検査者に報告させます。報告結果に基づいて,色覚異常の有無やタイプを調べることができました。もう少し後(1916年)になれば,石原式の色神検査表が出版され,色覚異常の検査はずっと容易になるのですが,ここで紹介した「色覚検査器」は,色覚異常の検査だけでなく,色の記憶や弁別力など,色覚に関するさまざまな心理実験に利用できたはずです。

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