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【特集】

顔の化粧

木戸 彩恵
関西大学文学部 准教授

木戸 彩恵(きど あやえ)

Profile─木戸 彩恵
2011年,京都大学大学院教育学研究科教育科学専攻博士後期課程研究指導認定退学。博士(教育学)。立命館大学立命館グローバル・イノベーション研究機構専門研究員を経て現職。専門は文化心理学。著書は『化粧を語る・化粧で語る:社会・文化的文脈と個人の関係性』(ナカニシヤ出版),『社会と向き合う心理学』(共編著,新曜社),『文化心理学:理論・各論・方法論』(共編著,ちとせプレス)など。

顔と化粧には深い結びつきがある。青年期以降の女性を対象としたインターネット調査は,84パーセントの人が化粧(メイクアップ)を行っており,その平均時間は平均15.6分であることを報告している(ポーラ文化研究所,2018)。化粧は,日常的な習慣であるが,時間的にも経済的にも少なからぬコストを要する行為でもある。なぜ人は生涯にわたって化粧をし続けるのか。また,なぜ化粧(研究)の対象は多くの場合女性とされるのだろうか。本稿では,心理学における化粧研究を概観した上で,文化心理学の観点から顔に施す化粧が行為者に与える心理的影響について述べ,最後に今後の展望として化粧研究と顔をめぐる問題について言及する。

顔に施す化粧の特徴

「化粧」という言葉に対してあなたはどのようなイメージを思い描くだろう。大学生に問いかけると,「女の人のすること」や「メイクアップ」,「口紅」という回答が返ってくることが多い。「顔」と「化粧」もイメージとして強く結びついており,「顔の化粧」という本稿のタイトルに違和感を抱いた方もいるのではないかと思われる。しかし,人が化粧を施すのは顔だけではない。表1に示す化粧の分類を見れば,化粧とは広義の意味を含む概念であり,顔だけでなく全身がその対象であることがわかるだろう。ここには,男性も日常的に行う行為が含まれている。

さて,顔に限定した場合には,化粧の種類はスキンケアとメイクアップに大きく分けられる。スキンケアには,肌を健康に保つあるいは健康に見せるはたらきがある。メイクアップには,欠点と感じるポイントを隠し,魅力的なポイントを強調するというように,顔の各要素(形や配置)を操作して人格印象をつくり上げるはたらきがある(阿部,2019)。化粧のなかでも顔に施す化粧が重視されるのは,表情認知の研究やノンバーバルコミュニケーションの研究からも広く知られているように,私たちが顔を通して多くの情報を得たり伝えたりしようとする傾向があるためだと考えられる。

表1 化粧の分類
表1 化粧の分類(阿部(2002)『ストレスと化粧の社会生理心理学』35ページより。)

化粧心理学の展開

心理学においても化粧研究は1980年代以降に数多く行われており,『心理学ワールド』第15号(2001年)でも「化粧」をテーマに特集が組まれたことがある。その後,研究が蓄積され,現在では心理学における化粧研究は「化粧心理学」と呼ばれる一つの応用分野として位置づけられている。

化粧心理学の研究もまた,青年期以降の女性が顔に施す化粧(スキンケアおよびメイクアップ)を中心的な研究テーマとしてきた。1980〜2000年代は化粧研究の土台となる知見が積み重ねられた時期といえ,主に対人関係や社会的スキルを扱う社会心理学,錯視や顔の印象を扱う知覚・認知心理学といった基礎的な領域での研究が盛んに行われた。その後,2000〜2010年代にかけて応用的な研究が増え,ストレスとの関係を扱う社会生理心理学や,高齢者ケアやがん患者ケアといった具体的な臨床場面での適応を扱う研究などが展開された。

化粧心理学は,その多くが化粧を施した際の対自・対他的な効果を検討するものであり,一定程度の効果があることが実証されてきた。例えば,スキンケアは対他的な印象として肌の健康魅力が向上することが期待されるし,対自的にはストレスの緩和につながる。メイクアップは対他的には美的魅力を向上させることが期待され,対自的には対人関係の促進や社会的スキルの獲得につながる。さらに,メイクアップの手法として日本人には自然に顔の形態特徴を操作するナチュラルメイクが好まれる傾向があることなどが明らかにされてきた。

これに対して,近年では統計手法の発展とともに,化粧研究の効果量に疑問を呈する研究も現れ始めている。JonesとRobin(2015)は,対他的な印象としてのメイクアップによる魅力向上の効果量はわずか(𝜂2 = 0.02)であり,これに対して顔形態そのものの特徴による魅力の効果量は𝜂2 = 0.69(やや高い〜高い効果量)と,メイクアップに比して35.5倍も効果量のサイズが大きいことを報告している。この研究の結果をもとに,Jonesら(2015)は,人は化粧の心理的な効果を高く見積もりすぎる傾向があると指摘している。

化粧をされた顔をディスプレイとして扱い他者がそれを評価する場合には,Jonesら(2015)の研究知見は適切であるかもしれない。しかし,現在に至るまで世界中のいたる文化に化粧行為が認められることには何らかの意味があるはずである。Jonesら(2015)の研究を,むしろ化粧行為による外見の変容よりも心理変容こそが重要であり,化粧が極めて高い文化的な価値をもつ行為であることを示唆する研究として読み解くこともできるだろう。

社会・文化的視点からみる顔の化粧

図1 化粧行為をめぐるナラティヴ
図1 化粧行為をめぐるナラティヴ

筆者は図1に示すように,自己・他者間の関係性の間で生成されるナラティヴとして化粧をとらえ,文化心理学を軸に広義の語りとして表出される化粧行為のあり方について研究を行なってきた。生物学的に与えられた人間の身体は,身体のある部分を戦略的に変容させることで,文化的身体(cultural body)となる。これにより,人は自身の身体の文化的意味をつくり出すし,その影響は自分以外にも及ぶことになる(Valsiner, 2019)。

化粧のなかでも,特に顔の各要素を操作するメイクアップは,これまでに研究されてきた通り,他者との関係性をつくり出すために重要な役割を果たすツールとして用いられる。化粧(スキンケアとメイクアップの両方を含む)は,自己の服装や髪型,あるいは他者に対する言動など,他者が観察し得る自己の外見に注意を向ける「公的自己意識」の高まる青年期前期(概ね13〜18歳頃)に開始され,その後老年期まで続けられる。青年期以降の成人女性を対象として行われた実態調査では,メイクアップは84パーセント,スキンケアは92パーセントの人が行なっていること,近年では化粧の開始時期が少しずつ早まっていることなどが明らかになっている(ポーラ文化研究所,2018)。女性を化粧へと向ける社会的な力はさまざまなレベルで存在するが,特に社会参入と化粧行為には強い結びつきがあるようである。例えば,就職活動などでは「マナーとしてメイクアップをする」ことが就活ガイドブックなどで明示的に求められているし,就活生を対象に関連するセミナーが開かれることも少なくない。アルバイトをする場合にすらメイクアップが暗に求められることもある。

こうした状況を鑑みると,女性にとってはメイクアップをした顔がディスプレイとして社会的な顔とみなされているといってよいだろう。特に横並び意識の強い日本の社会・文化的文脈においては,社会的な顔をつくるという文化的意味づけがある場合に女性がメイクアップをしないという選択はしづらいのではないかと考えられる。化粧をするときに,人は鏡を見ながら,少し先の未来にいる自己をイメージする。そして,過去の自己との対話を通して,現在の自己に手を加え,少し先の未来にいるべき自己の姿をつくり出す。一旦始めると社会的顔をつくり出すために化粧行為は続けざるを得ない状況になり,しだいにそれが自分のライフ(生活・人生)の一部に取り込まれていく。

ライフ(生活・人生)とともにある化粧

ライフ(生活・人生)の一部として取り込まれた化粧行為に対する意味づけは年齢とともに変容する(木戸,2012)。伊波(2004)が,化粧の心理的効果には化粧行為自体の満足感がもたらす効果も含まれると述べているように,化粧行為には,単純に顔形態の特徴を変容させるだけでなく,私たちの心理変容も実現させるはたらきがある。

筆者は化粧行為による心理変容こそが重要と考えるが,その内容もまた,年代によって異なる。20代では,化粧行為を「自分をよく見せるためのもの」とする回答が多く,特に顔の形態特徴に意識が向けられている(株式会社ドゥ・ハウス,2017)。筆者が20代から70代の女性を対象に行なったインタビュー研究からも,20代の女性はメイクアップにより美しく可愛く見えるよう顔立ちを補正し,楽しくモチベーションを上げることに意識が向いていることが明らかになっている(木戸,2015)。これに対して,30代以上では,「最低限,人に不快感を与えない程度にするための身だしなみ」として化粧が使用されている(株式会社ドゥ・ハウス,2017)。こちらも,筆者の研究では,社会的・常識的な品格ある女性的魅力をつくるために,社会的に恥ずかしくない自分でいること,節度とマナーを守る化粧ということが特に意識されていた。化粧をすることで安心感を得たり,心が落ち着いたりすること,あるいは人の目につかないような化粧をするというのも年齢を重ねた女性が求める心理変容の特徴といえるだろう(木戸,2015)。ライフ(生活・人生)とともにある化粧行為によってつくり出される社会的な顔は,年齢を重ねるとともに自己の一部として取り入れられ,その心理的な重要性も増していくのだろう。

一方で,何らかの理由があり化粧を続けられなくなることもある。そうした状況が表立って問題となることは多くはないが,とりわけ年齢を重ねた女性にとっては化粧行為を行うこと自体が社会的な顔をつくるという意味で重要であることを考慮に入れると,化粧行為ができなくなることで心理的な問題が生じる可能性もみえてくる。高齢者介護施設や病院といったケアの場面での化粧が臨床心理学的に意味をもつのは,ケアの対象者や病者が社会的な顔を取り戻すこと,それによって自分自身のかつてのあり方をたとえ一時的だとしても取り戻すことができるためと考えてよいだろう。こうした臨床的な観点を応用し,被災地での化粧ケアも近年では積極的にとり組まれるようになってきた。

今後の化粧研究と顔

化粧は化粧品という文化的道具を媒介として可能になる行為である。道具が媒介する行為はテクノロジーの進化とともに実現できることも変わっていく。

日本における化粧の転換期は1945年の太平洋戦争の敗戦がきっかけとなり,その後20年ほどで急速に欧米化したとされる(山村,2016)。紅花からつくられていた口紅はスティック型の口紅へ,おしろいはファンデーションへと変化した。化粧品の簡便化は,化粧品市場を拡大しただけでなく,女性の化粧との関わり方,ひいては女性の社会的な顔のあり方に変容をもたらした。

現在,化粧に関わるテクノロジーは化粧品の成分や製造技術にとどまらない。化粧の主な情報源は雑誌や書籍のような静止画の媒体からYouTubeなどの動画の媒体へと移り変わりつつある。また,人工知能(AI)やバーチャルリアリティ(VR)の技術を使って簡単に画像上で化粧シミュレーションや顔の補正をすることができるようになった。そうして補正された顔を,SNSなどを通して個人レベルで発信し,いまだかつてないほど簡単に自己を表現できる時代になった。顔の気に入らない部位はプチ整形で簡単にかつ可逆的に形態を変容させることもできる。一般に普及していないものの,自動化粧機も実用の段階にある。化粧に関連する技術の革新は,化粧行為そのもののあり方を変えるだけでなく,人がどの顔を生きるかをより自由に選べる時代をつくり出したと言ってもよいだろう。

文化的存在としての私たちの顔をめぐる問題は今後どのように展開されるだろうか。顔と化粧の関連を考えたときに,理想の顔と現実の顔,真の顔と偽りの顔というように,どの顔が自己を代表する顔かという認識の問題や,人の美意識の問題を挙げることができる。また,化粧とジェンダーの問題も重要なテーマとなるだろう。これまでに化粧心理学の研究対象とされることが少なかった男性の化粧は身だしなみ意識や美意識の高まりにつれてその意味づけが変わりつつある。1990年代に無味無臭のボーダレス化されたあいまいな男性像が魅力的とされるようになり,2000年代にはメトロセクシャルという都会的で身綺麗な男性が注目された(石田,2005)。さらに2010年代になって,より理想の自己像に現実を近づけるために男性も化粧行為を以前と比べて積極的に取り入れるようになりつつある。

私たちの生きる世界の現実に合わせて,化粧心理学の課題や化粧による支援のあり方も検討される必要がある。今後は,心理学内部での化粧研究の再考だけでなく,顔と化粧,そしてそれをとりまく種々のテクノロジーをめぐって,ますます領域融合的な研究が求められることになるだろう。

文献

  • 阿部恒之 (2002). 『ストレスと化粧の社会生理心理学』フレグランスジャーナル社
  • 阿部恒之 (2019). 化粧による魅力向上のメカニズム. 三浦佳世・河原純一郎編著『美しさと魅力の心理』pp.80-81. ミネルヴァ書房
  • 石田かおり (2005). 岐路に立つ「メトロセクシャル」:現在の日本の男性の化粧表現に見られる問題点と解決策. 駒澤女子大学研究紀要, 12, 1-13.
  • Jones, A. L. & Kramer, R. S. S. (2015). Facial cosmetics have little effect on attractiveness judgments compared with identity. Perception, 44, 79-86.
  • 伊波和恵 (2004). 顔と化粧. 竹原卓真・野村理郎編『「顔」研究の最前線』pp.171-186. 北大路書房
  • 株式会社ドゥ・ハウス (2017). 「メイクアップ」に関する調査結果 https://www.dohouse.co.jp/datacolle/rs20171219/
  • 木戸彩恵 (2012). 『化粧を語る・化粧で語る:社会・文化的文脈と個人の関係性』ナカニシヤ出版
  • 木戸彩恵 (2015). 心理・社会的発達と化粧行為の関連の検討:ライフ・ステージによる化粧意識の相違と老年期の化粧. コスメトロジー財団報告, 23, 155-161.
  • ポーラ文化研究所 (2018). 女性の化粧行動・意識に関する実態調査 2018. 調査報告1. https://www.cosmetic-culture.po-holdings.co.jp/report/pdf/181214henka.pdf(情報取得 2019年7月7日)
  • 山村博美 (2016). 『化粧の日本史:美意識の移りかわり』吉川弘文館
  • Valsiner,J. (2019). Lectyre1 (Ritsumeikan Day 1). Sep.16.

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