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【小特集】

日常的な音の利用

伊藤 精英
公立はこだて未来大学システム情報科学部 教授

伊藤 精英(いとう きよひで)

Profile─伊藤 精英
筑波大学大学院心身障害学研究科博士課程修了。博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員を経て,公立はこだて未来大学システム情報科学部に着任。同大学助教授,准教授を経て現職。専門は生態心理学,認知心理学。著書は『知の生態学的転回 第2巻 技術』(分担執筆,東京大学出版会)など。

エコーロケーションと聞くと,イルカやコウモリなど,超音波を利用した動物種がすぐに思い浮かぶのではないでしょうか。実は,我々も日常生活において,広義のエコーロケーションによって周囲や事物を知覚しています。

例えば,おいしそうなスイカを選ぶ時に,表面の色を見るだけでなく,そっと叩くことがあるかと思います。表面の色からは想像できないスイカの内部を推測するために,軽く叩いてみるわけです。叩いた時に発する打音とともに,手からは振動が伝達されてきます。これらを元にして内部が見えないスイカの状態を推測しようとします。

同様に,内部が見えない容器を振ってその内容物を知ろうとする行為も日常的によく行うのではないでしょうか。例えば,茶葉の残量がわからない茶筒を軽く振って,茶葉がどのくらい入っているか見当をつけようとします。類似した容器が複数あった時は,それらの容器を振ってみて,入っている調味料の種類,残量を推測するなどです。

筒を振った音から何がわかるか

容器を振るという行為にともなって音が発せられます。同時に音だけでなく容器を持っている手を通じて振動も伝わってきます。これら音や振動は内容物の種類,内容量により異なるでしょう。粒胡椒と食卓塩では粒度が違うので,振ることによる音や振動も変わってくることは想像に難くありません(図1)。

図1 容器を振る方向と内容物の動き
図1 容器を振る方向と内容物の動き

では,振ることにともなう音だけで,容器の振り方や内容量について推測できるのでしょうか。これを試した実験を簡単に紹介します。顆粒を入れた容器を2種類用意しました。一つは茶筒の中に顆粒が1割程度しか入っていない容器,もう一つは顆粒が9割ほど入っている容器です。これら顆粒の量が異なる2種類の容器を振って音を出しました。ただし,茶筒の振り方は1秒間に1回という周期で縦方向と横方向の2方向とし,振っている最中の音を録音しました。

録音した音をランダムにしてから,大学生の聴取者にこれら4種類の音を何回か聞いてもらい,四択で容器を振った方向と内容量の大小を推測して回答してもらいました。

図2 振った方向と内容量の平均正答率
図2 振った方向と内容量の平均正答率

その結果が図2です。縦軸は被験者判断の正答率を示しています。縦方向に振ったことと,その内容量が1割か9割かは良い一致を示していました。一方,横方向の場合は,内容量が9割の音の正答率は約56パーセントでした。縦方向ほど正答率が高くないのは,横方向の9割と横方向の1割の音を混同した人が多かったからのようです。

縦に茶筒を振った場合と横に茶筒を振った場合ではどのような音が出るのか,それを振幅包絡線で示したのが図3です。

図3 振った方向の内容量の違いによる音の振幅包絡線
図3 振った方向の内容量の違いによる音の振幅包絡線

縦方向に振ると振幅包絡の山は一つですが,横方向に振った時の音では大きな山の後に小さな振幅包絡が付帯しています。二つ目の振幅包絡の山の違いからは内容量の大小を特定しにくかったのでしょう。しかし,実生活では振ることによる音とともに振動も探知できます。日常生活では内容量の大小を判断するために,おそらく音に加えて身体を通じて感受する振動をも利用しているのでしょう。

白杖を使って出す音の効用

もう一つ,人のエコーロケーションと言えば目の見えない人が白杖を使って移動することを外すことはできません。彼らは白杖の先を路面に接触させて,いわゆるタッピング音を発し,それらが周囲から跳ね返ってくる音を聞いて,自ら出した音と跳ね返ってきた音との関係から周囲の様々な状況を知覚します(図4)。

図4 ここが壁の切れ目かな?
図4 ここが壁の切れ目かな?

タッピング音だけでどの程度周囲の状況を正確に知覚できるかを調べた実験を紹介します。壁面に沿ってダミーヘッドマイクロフォンを移動させながら環境音を二つの条件で録音しました。第一の条件は白杖でタッピング音を出しながら録音する条件(白杖タッピング音付加条件),第二の条件はタッピング音はなく周囲の騒音のみが録音される条件(環境騒音条件)をもうけました。ダミーヘッドマイクロフォンと壁との距離は0.3m,0.9m,1.5mの3段階にしました。日常的に白杖を使って歩いている目の見えない人に録音した音を聞いてもらい,壁が切れたところを答えてもらいました。

図5 白杖タッピング音の有無と壁までの距離における切れ目判断の関係
図5 白杖タッピング音の有無と壁までの距離における切れ目判断の関係

その結果が図5です。横軸は壁からダミーヘッドマイクロフォンまでの距離,縦軸は実際の壁面の切れ目と聴取者が判断した切れ目の誤差です。タッピング音が付加されている条件では壁面からの距離に切れ目判断があまり影響されていませんが,タッピング音がない環境騒音のみの条件では壁面からダミーヘッドマイクロフォンが遠くなると判断のずれが大きくなっていくことがわかります。このように,白杖タッピング音を使ったエコーロケーションは音による周囲の知覚において有用なことがわかります。

「生活聴力」とは

今回紹介した事例では,能動的に音を発することで状況の変化に柔軟に対応できるというエコーロケーションのメリットは失われているにもかかわらず,事物や周囲について多くを知覚可能なことが想像できるのではないでしょうか。

このように,日常生活をおくるうえで視覚に頼れない事物を知覚する際に,人は自然と合理的な動作を行い,それにより生起する音・振動を巧みに利用しているわけです。このような聴覚的技能を私は「生活聴力」と命名して研究を続けています。詳細は,伊藤 2013,伊藤・木村 2010,Ito & Takiyama 2015,佐々木 2020,佐々木・伊藤 2010などを参照してください。

文献

  • 佐々木正人 (2020). あらゆるところに同時にいる:アフォーダンスの幾何学. 栗原彬 ・他編『身体:よみがえる』東京大学出版会

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