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私の出前授業

高校生のための心理学講座@帝京科学大学

旦 直子
帝京科学大学教育人間科学部幼児保育学科 准教授

旦 直子(だん なおこ)

Profile─旦 直子
慶應義塾大学大学院社会学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(心理学)。東京大学大学院総合文化研究科特任研究員,帝京科学大学こども学部児童教育学科講師を経て,2013年より現職。専門は発達心理学。著書は『赤ちゃん学を学ぶ人のために』(分担執筆,世界思想社),『ベーシック発達心理学』(分担執筆,東京大学出版会),『公認心理士スタンダードテキストシリーズ12 発達心理学』(分担執筆,ミネルヴァ書房)など。

2019年8月26日,帝京科学大学千住キャンパスにて「高校生のための心理学講座」が開催されました。夏の暑いさなか,138名の受講者にご参加いただき,非常に盛況で充実した講座となりました。中でも高校1年生の参加が多く,高校生が早い段階から心理学に興味をもっていることがうかがわれました。前年度に引き続き2回目の参加だという高校生が複数名いたことや,この夏一番楽しみにしていたイベントだったという声があったことからも,この講座に対する期待を感じました。

5時限分の講義は10時20分〜16時30分の長時間に渡りましたが,受講者は最初から最後まで非常に熱心で,真剣なまなざしで配布資料に書き込みをしていたのが印象的でした。講義はいずれも初学者にも分かりやすくかつ濃密な内容で,高校生の期待に十分に応えられたのではないかと思います。以下に各講座の内容を簡単に紹介いたします。

1時限目:「臨床心理学」(帝京科学大学・大須賀隆子先生)

まず,臨床心理学は人の心に直接迫ろうとし,心の働きをよりよくするために働きかける学問であり,その意味では自己理解と他者理解から始まる学問とも言えるという説明がありました。そして,心の働きをよりよくするための方法として様々な心理療法を概説したうえで,描画療法を始めとする表現療法によって心理的問題の改善につながった様々な事例が紹介されました。特に,言葉以前の絵の世界(無意識)と物語(意識)が統合される童話を作成することによって,思いがけない自己理解や他者理解につながった事例の紹介は受講者の関心をひいたようです。最後に表現療法の一つであるスクイッグル法を受講者全員で体験しました。具体的には,二人一組になり,一人が紙にぐるぐる描きをし,もう一人が描かれたものは何かを考え(投影し),その通りに描き足すということをしました。この体験は大変盛り上がり,受講者も自分自身について考えるよいきっかけとなったようです。

2時限目:「生理心理学」(自治医科大学・平井真洋先生)

“社会と文化を創り上げる脳の仕組みとその発達”という副題がつけられたこの講義は,“コミュニケーション”,“身体”,“脳”,“発達”をキーワードとしていました。「社会や文化はなぜできたのか?」という問いに対し,特に,相手の気持ちや考えを理解する脳の仕組みを切り口にして概説がなされました。内容としてはかなり専門的でしたが,バイオロジカルモーションや他者視点取得などの様々な実験課題のデモンストレーションが多く取り入れられており,高校生は一つ一つ納得しながら講義を受けることができていたと思います。最新の脳科学の知見が多く紹介され,刺激を受けた受講者も多かったようです。午前中最後の講義だったのですが,お昼休みの間も質問をする高校生の列が絶えず,受講者が私たちの心と脳の関係について強い興味を持ったことがうかがえました。

3時限目:「動物心理学(比較認知科学)」(上智大学・齋藤慈子先生)

まずは初めに,なぜ動物の心を調べるのかという比較認知科学の目的と,動物の心を調べるための研究法について解説がありました。そのうえで,最もヒトとインタラクションしている動物種であるイヌとネコの社会的知性を探る研究が,個体の認識,視線・注意の認識,信号の認識という3つの視点から多数紹介されました。「飼い主の声を聞くと飼い主の顔を思い浮かべる」,「ヒトの表情が分かる」,「ヒトの指差しを手掛かりにエサを探せる」など,イヌとネコに共通する研究結果が示された一方で、「イヌはエサが取れず困った場面ではヒトを見るがネコは見ない」など,種間で異なる結果も紹介され、受講者の興味をひいていました。いずれもイヌとネコそれぞれの特性をふまえたうえでの解説がなされており,非常に説得力がありました。受講者は,身近な動物の様々な研究結果から,その心を探る面白さと有意性を感じたのではないかと思います。

4時限目:「社会心理学」(帝京大学・大江朋子先生)

講義の最初に,社会心理学とは社会,文化,その場の状況などの影響を研究することで心の仕組みに迫ろうとする学問であるという説明がなされました。その後,ふだんから行っていても気づきにくい情報処理に焦点を当てた研究を紹介しながら,好意,敵意,援助,攻撃などが生まれる仕組みについて解説がありました。本講義では,「人は置かれた状況によって容易に加害者にも被害者にもなる(スタンフォード監獄実験)」,「武器が近くにあるだけで攻撃的になる(武器効果)」,「まわりに人がたくさんいるほど人助けしない(てんかん発作の実験)」,「所属集団へのラベルづけが個人への反応を変える(ステレオタイプ)」など,様々な実験が紹介されました。受講者は,ひとりで考え決めていると思っている行為の背後に,自分をとりまく社会環境とのかかわりが大量に潜んでいることに気づいたのではないかと思います。

5時限目:「発達心理学」(帝京科学大学・旦直子)

本講義は,発達心理学の中でも特に乳児期の発達を中心に行われました。初めに,大人と言葉でやり取りできない乳児の心を心理学がどのように解き明かしてきたのかについての方法を説明した後,それを使って分かってきた「赤ちゃんが見ている世界」について概説しました。「視力はどれくらい?」「色は知覚しているのか?」といった感覚・知覚の発達,「物理法則はわかっている?」「数を理解している?」「テレビと現実を区別している?」といった認知の発達,さらに「他者の心が分かる?」といった社会性の発達について取り上げ,それぞれ具体的な研究例を中心に解説しました。さらに,最近研究例が増えてきた生理指標を用いた測定法や胎児期の研究についても紹介しました。

講座後のアンケートでは,「面白かった」「もっと勉強したくなりました」「視野が広がった」など,講座全体に対して肯定的なご意見を多くいただいた他,「○○心理学についてすごく楽しい経験ができた」「△△心理学に興味を持ちました」といった個々の講義分野についての感想もたくさんいただきました。また,「様々な視点であったり,考え方が違っていて,とても興味深かった」「自分の最も関心のある分野がわかってきた」など,心理学の各分野の違い・特徴について理解が進んだという感想も見られました。進路選択のための情報源としても多少なりとも役立ったのであれば,企画者・講師として大変嬉しく思います。

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