裏から読んでも心理学
個性を伸ばすにはどうすれば良いですか。
平石 界
春ですね。「心理テスト好きです!」と目をキラキラさせてる新入生にYGテストを実施しつつ「まぁ今はビッグファイブだけどね」としたり顔で解説してたら「誠実性が一番いいんですよね!(高橋ら, 2011)」なんて微妙に詳しそうな反応とか「5って数字に意味はあるんですか?」なんて素朴で手強い質問とか食らって「立体視が面白くて進んだ道がなんでこうなった」と涙しているあなた,Conscientiousnessってスペル難しいですよね。せめて誠実な回答をとググったら困った。米国では見られる誠実性(C)と収入の相関が,世界銀行が世界中から集めたデータだと別にそんなことない(Laajaj, 2018)。てゆうかCの項目(例「課題に取り組む時は慎重にやりますか?」)が他の次元に入っちゃうとか普通にあるし(スリランカ,ガーナなどの皆さん「それって開放性」)。それなのにインターネット経由のサンプルなら米国のパターンが世界中で再現されるしで訳がわからない。それでも心を強くボリビアの無文字社会でビッグファイブ尺度に回答してもらった論文を読むと「そもそも5つもないでしょ」なんて無慈悲にもほどがある(Gurven et al., 2013)。
なんで5つ見つからない社会があるんでしょうね。Smaldinoさんたち(2019)は言いました。社会にニッチが少ないとパーソナリティ次元も少なくなるんじゃないか。ニッチを「生き方」と意訳してみましょう。もし世の中に「外向的で開放的で協調的で神経質でだらしない生き方」と「内向的で開放的で協調的で神経質で誠実な生き方」の2つしか許されてなかったら? みんな仕方ないのでどちらかを選び,その生き方に自分を染めるでしょう。すると人々の違いが明確なのは「外向的かつだらしない-内向的かつ誠実」という軸だけになる。逆に生き方が100通りもあったら,人々の違いを表現する軸(次元)も多くなるはず。
理屈は分かるけどホントかね。シミュレーションしてみました。コンピュータの中に仮想ニンゲンを1000人作ります。仮想ニンゲンたちの「個性」は50の行動特性で表されます。50項目の心理尺度への回答が,その為人(ひととなり)になる感じですね。さて仮想社会で許される生き方(ニッチ)が2つだったら,仮想ニンゲンの行動特性は何次元にまとまるだろうか。10,50,100だったら。ニッチが少なければ個人差の軸も少なく,多ければ多くなる予想だけど,果たしてシミュレーション走らせて因子分析したらそうなった。すばらしい。拍手。そこ!「その因子って何を表しているんだろう?」とか空気読めない質問はしない! 構成概念と心理尺度を愛する心理学徒としての矜持をお願いします。
ところでご質問の件ですが,実はニッチが増えると各特性の分散も大きくなってました。個性を伸ばしたいなら多様な生き方のできる社会を作れば良いってことで,激しく納得感。でも個性はどっちに伸びるのだろう。いえね,ぜんぜん違う筋からの話が気になって。データにエクセルの操作ミスを発見して論文を取り下げた研究者の鑑がいるとの噂を耳にして,ご本人のブログを読んだんです(Laskowski, 2020)。社会性蜘蛛のパーソナリティ変化を扱った論文の話で,既視感あるな,と思ったらSmaldino論文の第2著者さんなのでした。そしてエクセルの操作ミスって噂は間違いで,もっときな臭い。共同研究者から受け取ったデータにあり得ない値の反復が見られたとか,謎のデータシートが見つかったとか,関係各位の抑制的な態度を尊重しますがしかし。個性を伸ばすのは良いけれど,分散だけ大きくしたら,裾は右にも左にも伸びるものねぇ。
Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より現職。博士(学術)。専門は進化心理学。
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