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こころの測り方

映像とELANを用いた行動の分析

早稲田大学文学学術院 教授

細馬 宏通(ほそま ひろみち)

Profile─細馬 宏通
1992年,京都大学大学院理学研究科博士課程修了。2019年より現職。専門は人間行動学。著書に『ELAN入門』(編著,ひつじ書房),『介護するからだ』(医学書院)など。

長らく人の音声と動作の時間構造について考える研究をしてきたので,撮影された映像をどうデータ化するかはいつも悩みの種でした。2000年代にマックス・ブランク心理言語学研究所の言語学セクションで開発された「ELAN」(Lausberg & Sloetjes, 2009)は,この悩みを解決してくれる理想的なソフトウェアです。行動分析のみならず,簡単なインタビューおこしから,映画・アニメーションの分析まで,そしてゼミや研究会,リフレクションなどさまざまな討議の場面で意見やアイディアを映像・音声と紐づけるのに利用でき,しかもフリーウェアで,Macintosh, Windows, Linuxのいずれの環境でも動きます。すでに映像・音声を詳細に記述する必要性にかられている研究者には,とにかく試しに使ってみることをお薦めします(https://tla.mpi.nl/tools/tla-tools/elan/)。

では,映像とELANを用いた行動の記述法にはどのようなものがあるのでしょう。以下では,行動研究の代表的な方法として,時間を等間隔に区切って行動を評定していく方法と,行動の開始時刻と終了時刻を記述する方法を簡単に紹介します。それぞれにおいてELANがどのように活用できるかは,ELANのオンライン・マニュアルや細馬・菊地(2019)をご参照ください。

時間サンプリング法

行動分析ではしばしば,時間を一定間隔(たとえば5秒,1分など)に区切って,それぞれの区間になんらかの評定をつけていく「時間サンプリング法」を用います。この方法はもともと,野外観察を主とする動物行動学(エソロジー)の分野で発達してきました。心理学でも,単位時間あたりのコミュニケーションの質を評定する手法(Bakeman & Quera 2011)や,応用行動分析でクライアントの動きを数秒ごとに評価して数値で表す手法(Cooper et al. 2019)に応用されています。

映像や音声記録にも時間サンプリング法は使えます。この場合は,記録を等間隔の単位時間に区切り,単位時間ごとに一つの評定を行います。幸い,ELANには,データのタイムラインを指定した単位時間で区切る機能が備わっているので,映像を見ながら簡単に評定作業を行うことができます。人によって評定の結果が異なる場合は,複数の評定者を設けて「観察者間の一致度(たとえばCohenのκ)」を測定しますが,ELANにはこれを計算する機能も備わっています。時間サンプリングを用いて刻々と変化するコミュニケーションを,どんな尺度を用いてどう評定していけばよいのかについては,非言語コミュニケーション研究(たとえばManusov, 2005)ですでに確立された方法があるので参考にするとよいでしょう。

行動の開始点・終了点を記述する

映像や音声が記録されている場合は,行動がいつ始まりいつ終わったかを正確に記述できます。相互行為分析など,コミュニケーションの微細な過程を問題にする分野では,一つ一つの行動の開始点と終了点をコーディングしていく方法が主流です。ここでは現在よく使われている「ジェスチャー単位」と「ジェスチャー・フェーズ」(Kendon, 2004)の考え方に基づきながら,行動の開始点・終了点を記述する方法(細馬・菊地,2019)を紹介しましょう。

ごくおおまかに言って,わたしたちの腕や手は,比較的ある姿勢で落ち着いているときと,あちこち動かしているときとがあります。落ち着いているときの姿勢には,腕組み,頬杖,あるいは両腕をだらりとさげたり膝の上に置いたりといった具合に,いくつか典型的なものがあります。これらの姿勢のことを「ホーム・ポジション」あるいは「レスト・ポジション」と呼びます。わたしたちの動作は,いわばレスト・ポジションから始まりレスト・ポジションに終わる短い旅と考えることができるでしょう。この短い旅のことを,「ジェスチャー単位」と呼びます。ただしジェスチャー単位は,必ずしも前と同じレスト・ポジションで終わるとは限らず,さまざまなポジションへと移行していく場合もあります。

ジェスチャー単位はさらにいくつかの「フェーズ」に分けることができます。フェーズには,大きく分けて,動きのあるフェーズ(動作)と動きのない一時停止のフェーズ(ホールド)の二つがあります。フェーズは,動作の方向や速度が不連続になる部分で区切ります。たとえば,腕を振り上げて下ろすとき,わたしたちの腕はまず振り始めに加速し,中盤で最も速度を出し,振り上げの頂点に向けて次第に減速し,頂点で方向が切り替わります。そこからすぐに振り下ろしに向けて加速が始まり,中盤で再び最速となり,振り下ろした先で一時停止します。この場合,頂点で方向が不連続になるので,そこでフェーズを区切って,振り始めから頂点までを一つの動作フェーズ,頂点から振り下ろしまでをもう一つの動作フェーズとし,振り下ろした場所で停滞している状態をホールドとします。

動作フェーズはさらにいくつかに分類できます。動きの中心となるフェーズを「ストローク(stroke)」と呼びます。たとえば,腕振りの例では,腕を振り下ろすとき,頂点から振り下ろしたいちばん下のところまでが「ストローク」にあたります。長い動作では,いくつかのストロークが連続することもあります。

ストローク・フェーズの前後には「移行(transition)」の動作フェーズが挟まることがしばしばあります。たとえばレスト・ポジションからいきなりストロークに入るのではなく,いったん腕を軽く振り上げて,それから勢いよくストロークに入るときがあります。このように,静止状態からストロークの開始点へと移行するときの動き(たとえば振り上げ)を「準備(preparation)」と呼びます。一方,ストロークの終了点からレスト・ポジションに戻るとき,腕や手が急にそれまでの勢いを失ってゆっくり動くように見えることがありますが,こうした移行の動きを「復帰(retract)」と呼びます。

ジェスチャー単位によっては,準備や復帰を欠き,いきなりストロークで始まるものやストロークで終わるものがあります。また,軌道があいまいなものもあります。ストローク以外のあいまいなフェーズは「その他の移行」とすればよいでしょう。以上のフェーズをどこまで細かく分類するかは分析の目的や動作の性質によります。少なくとも「レスト」「動作」「ホールド」の3種類のフェーズについて行動の開始点・終了点が記述できていればよいでしょう。

 

フェーズの開始・終了点が記述できたら,次に各フェーズの性質を記述していきます。一つのフェーズを一つのジェスチャーに分類する方法としてはEkmanとFriesen(1969)の分類がよく用いられます。彼らは「言語に伴いやすい自発的なジェスチャー」を「イラストレーター」と呼び,バトン(特に意味はない,手を周期的に動かす,リズムをとる)・イデオグラフ(なんらかの思考の経路を表す)・指示(なんらかの対象に対する指し示し)・空間的動き・キネトグラフ(実際のからだの動きを真似る)・ピクトグラフ(対象の形を描く)の六つに分類しました。

エクマンとフリーセンの方法は,一つのジェスチャーを一つの分類に落とし込むためのものですが,ジェスチャー研究者のMcNeill(2005)は,一つのジェスチャーには重層的な意味があり,さまざまな「次元」について,その性質を考えるべきであると主張しています。こうした「次元」を時間軸に沿って記述するには,一つの動作フェーズに対して,複数の注釈を行うソフトウェアが必要ですが,実はこれを実現してくれるのが,ELANなのです。

これまでMcNeillの主張するような次元の記述はとても手間がかかるため必ずしもポピュラーではありませんでした。しかし,いまやELANのようなソフトウェアの登場によって,行動の多様な側面を時間軸に沿って記述する研究が増えつつあるのです。

文献

  • Bakeman, R. & Quera, V. (2011). Sequential analysis and observational methods for the behavioral sciences. Cambridge University Press.
  • Cooper, J. O., Heron, T. E, & Heward, W. L. (2019). Applied behavior analysis. 3rd ed. Pearson.
  • Ekman, P. & Friesen, W. (1969). The repertoire of nonverbal behavior: Categories, origins, usage, and coding. Semiotica, 1, 49-98.
  • Kendon, A. (2004). Gesture. Cambridge University Press.
  • Lausberg, H. & Sloetjes, H. (2009). Coding gestural behavior with the NEUROGES-ELAN system. Behavior Research Methods, Instruments, & Computers, 41, 841-849.
  • 細馬宏通・菊地浩平(2019)『ELAN入門』 ひつじ書房
  • Manusov, V. & Patterson, M. L. (Eds.) (2005). The Sage handbook of nonverbal communication. Sage Publications, Inc.
  • McNeill, D. (2005). Gesture and thought. University of Chicago Press.

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