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【小特集】

心理学実験演習 ’20

心理学を専攻とする学科では必ず実験演習が行われています。今一度原点に立ち返り,その意義や普遍性は何か,現在の心理学実験演習は昔と比べて変わっているのか,大学や学科の特徴によって内容は違うのか,それはどのように設計されているのかを特集としました。(北㟢充晃)

心理学実験演習とは何か

井関龍太
大正大学心理社会学部 専任講師

井関龍太(いせき りゅうた)

Profile─井関龍太
筑波大学大学院一貫制博士課程心理学研究科修了。博士(心理学)。専門は認知心理学,言語心理学,教育心理学。著書は『心理学,認知・行動科学のための反応時間ハンドブック』(分担執筆,勁草書房),『読書教育の未来』(分担執筆,ひつじ書房)など。

心理学者はどういうわけか系統的な実験および方法論の教育にことのほか熱心であるというのが大学院生のころから私が抱いている感慨である。おそらく,隣接分野の教育事情をいくらか知るようになったり,ティーチング・アシスタントの役割を担うようになったために,心理学の教育カリキュラムを距離を持って見られるようになった結果だろう。調査したわけではないが,日本の社会科学分野の教育において,どこの大学でも決まって同じような内容の実験演習の科目があるという分野は少ないのではないか。こうした心理学実験演習は日本に心理学が導入されて間をおかず取り入れられたものとみられる(肥田野, 1998)。

心理学教育において実験を体験することの重視は現代日本にはじまったわけではないらしい。現代的な心理学は実験室の創設をその嚆矢と見なすことが多い。つまり,「実験をする」ということが現代的な心理学とそれ以前との違いだという考えが背景にある。実験はもちろん研究の手段として採用されたものだが,同時に教育の手段としても早くから用いられてきた。たとえば,ヴントによる「心理学の講義は実験を供覧しつつ行われた」(今田, 1962, p.206)。現在の日本でも心理学実験供覧用の機器セットが販売されており,こうした目的のために実験を用いることはまれではない。このように,実験は一種の見世物として,デモンストレーションとして用いられてきた面がある。実体験として得られたものは体験者に強いインパクトを残す。理論通りに錯視図形を変形すると見えが変わるといった体験は,その理論が正しいという印象を与え,心理学への理解や関心を深めることが期待される。たとえば,ゲシュタルト心理学はこのような実験のデモンストレーション性を積極的に活用したという評価もあるように(Gordon, 2004),例を挙げながらプレグナンツの法則などを説明されるとその通りだという実感が伴う。心理学の草創期には,実験計画法がまだ確立していなかったり十分に普及していなかったために,実験そのものの持つ意味が現代とは異なっていた可能性がある(フィッシャーによる『研究者のための統計的方法』が出版されたのは1925年である)。しかし,実験を通しての体験が学生の教育や一般市民への心理学の普及に大きな効果を持つことは現代も変わらないだろう。

一方で,心理学を専門的に学ぶ者としては,デモンストレーションに感心しているばかりでは十分ではない。その現象がなぜ起こるのか,説明として提示された仮説は妥当であるのかを科学的に検証する姿勢を身につける必要がある。そのためには,二つの段階があるのではないだろうか。一つは,実験を行う手技を身につけることである。厳密な測定を行うためには,適切な手続きに則る必要がある。たとえば,カウンターバランスなどは,実験の実施者にとっては煩瑣であるが,そのようにしなければならない理由を理解し,これを正しく行うことは,単に実験を体験することを超えた,一歩進んだ心理学の学習であるといえよう。言うなれば,これは実験者としてのトレーニングもしくは研修の段階である。最近の動向を踏まえるならば,実験参加者と得られたデータに対する倫理的な取り扱いについての学習もこの段階に含まれるだろう。そして,次の段階としては,実験を実施して得られたデータを分析し,結果について解釈し,報告を執筆することがある。これは,もちろん,科学者の卵としての学習を意図したものである。この段階の活動を通して,具体的には心理学的現象とその研究の方法論を,より一般的には科学的なものの見方,考え方を学ぶことになる。

まとめると,心理学の実験を体験することには,大きく三つの側面がある。すると,心理学実験演習を通して学習者は大きく三つの立場から実験を体験することになり,それによってさまざまなことを学べる可能性がある(表1)。第一は参加者の立場であり,デモンストレーションとして実験を体験することによって,心理学の現象や背景にある理論などを学ぶ。第二に実験者の立場があり,専門的知識を体得するための一種の研修として,方法論や実験手技,参加者の具体的な取り扱いを学ぶ。第三に科学者の立場であり,収集したデータの分析と報告を行うことを通して,統計的手法と科学的レポーティングを実地で学ぶ。

表1 心理学実験演習の三つの側面とその学習的意義
表1 心理学実験演習の三つの側面とその学習的意義

心理学実験演習には,さまざまなテーマが取り上げられる。日本の高等教育機関において最もよく取り上げられるのは,ミュラー=リヤー錯視,鏡映描写,ストループ効果である(井関, 2019)。同じテーマであっても,上の三つの側面をそれぞれどの程度重視するかによって実施方式は異なることが予想される。まず,参加者の立場については,ほとんどの実験演習において,実際に実験に参加するという形で採用されていると思われる。実験者との役割交替の都合などで,一部の場合に参加者を経験しないということはあっても,まったく参加者を経験しない実験演習はみられないだろう。一方,実験者の立場については,環境によって強調する度合いが変わってくるだろう。用意された条件や装置,教示を用いて,指定通りに実験を実施するという,マニュアル通りに行うということも考えられる。条件の設定や実施手続きをどのようにすべきかを学生の間で議論してから決めるということもありうる。たとえば,ミュラー=リヤー錯視の実験について,角度は何度に設定するか,何種類設定するか,上昇系列・下降系列の実施順はどのようにするかを考えることは,参加者しか経験したことのなかった学生にとっては戸惑うことが多く,このような選択の余地があると知ることは意外でもあるかもしれない。適切な議論の方向づけがなされれば,心理学の方法論について学ぶところは大きいだろう。最後に,科学者の立場についても,要求するレベルを変えることで学習される事柄も違ってくると思われる。年次の低い学生に実施する場合には,統計的分析を省略し,レポートの体裁と方法の記述に注意を傾ける方式もある。また,統計的分析の実施とその報告のしかたを重視するやり方もありうるし,先行研究の文献を提示して本格的なイントロダクションを書くよう求めることもできるだろう。

扱うテーマによっては,三つの側面の配分を変えやすいものとそうでないものがある。たとえば,ミュラー=リヤー錯視は,条件や手続きの設定を変化させることは簡単だが,理論的な考察を行うことは案外難しい。鏡映描写も理論的な考察を深めることは難しいかもしれないが,学習の転移や半側性など,案外広がりを持ったテーマとつながるので,イントロダクションを充実させたい場合に向いているかもしれない。ストループ効果は文字列や色を変更することは容易だが,有意義な学習の機会とするには,それらの操作を仮説や理論とうまく結びつける必要がある。

原稿執筆時点では,新型コロナウイルス感染症の流行に伴って,各大学で対面状況での授業実施が難しくなっている。これを受けて,心理学実験演習をオンラインで実現する取り組みが各所でなされている。その際に,三つの側面のうちで実現が難しいのは実験者の側面であると思われる。方法論的な側面については,webを介したディスカッションなどによりいくらか実現できるが,実験手技や参加者の取り扱いについていかに実感を伴った学習を促すことができるかが今後の課題であると思われる。

文献

  • Gordon, I. E. (2004).  Theories of visual perception (3rd ed.) . Psychology Press.
  • 肥田野直 (1998). わが国の心理学実験室と実験演習:明治中期から昭和初期まで. 心理学評論,  41 , 307-332.
  • 今田恵 (1962) 『心理学史』岩波書店
  • 井関龍太 (2019). 心理学実験実習のメニューはどう決まるか:シラバスに基づく分析. 心理学研究,  90 , 72-79.

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