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【小特集】

基礎から臨床まで─心理学基礎実験で土台を築く

大久保街亜
専修大学人間科学部 教授

大久保街亜(おおくぼ まちあ)

Profile─大久保街亜
2002年,東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(心理学)。2014年より現職。専門は認知心理学。著書は『伝えるための心理統計:効果量・信頼区間・検定力』(共著,勁草書房)など。

専修大学の心理学科では卒業前の4年生にアンケートを行っている。多くの学生が,役に立った科目を聞くと心理学基礎実験(公認心理師科目における心理学実験)を,ツラかった科目を聞くとやはり心理学基礎実験を挙げる。つまり,心理学基礎実験は役に立ったが実にツラかった科目である。どの大学も似たようなものだろう。

筆者の前任者で,専修大学心理学科(設立時は人文学科心理学コース)の設立メンバーのひとりである中谷和夫(東京大学名誉教授,専修大学元教授)は,心理学基礎実験を,心理学科における通過儀礼だと言っていた。ちょうど医学部や獣医学部における解剖実習のようなもので,その過酷(?)な体験を経て,学ぶ意義,奥深さ,自覚などが身についてくるというわけである。

カリキュラム構成

この役に立つがツライ心理学基礎実験は,専修大学における心理学教育の土台となっている。本学科は14名の専任教員を,基礎系7名,臨床系7名ずつ配置し,幅広くバランスよく心理学を学べることが特徴である。実証科学である心理学は,どの分野であろうと多かれ少なかれデータに依拠する。そこで心理学基礎実験1と2をそれぞれ1年次,2年次の必修とし,それらを土台に幅広くバランスよく学べるカリキュラムを設計した。この土台が3年次からの研究室の配属と卒業論文の作成を支える。また,心理演習・心理実習という公認心理師資格対応の実習科目の基礎を担う。心理学基礎実験は教育・研究の基礎であり,臨床での実習の基礎でもある。

心理学基礎実験1と2はそれぞれ通年1コマ,通年2コマで開講される。公認心理師の受験資格だけを考えれば,半期1コマで対応できる。しかし,実証性を重視する心理学の特殊性,また,本学心理学科の幅広い専門領域を鑑み,半期1コマの6倍の時間数を設定した。この豊富な時間数に裏書きされた授業内容が,幅広く心理学を学びそれを深める礎となる。

サポート体制

実習・実験科目が複数あるため,科目間の連携を重視している。学術用語の統一はもちろん,1, 2年生のうちは共通したプラットフォームで統計ソフトウエアを用いる。具体的にはR Studioを用い,Rを使った教育を行なっている。これがR Markdownを使い,卒業論文でデータ分析から執筆まで統一の環境で完結させることに繋がる。

施設面では,本格的な実験を行うため,教員や大学院生が研究でも使用する施設を用いる。動物実験室とスキナーボックス,防音シールドルーム(脳波測定),マジックミラー付き行動観察室,知覚・認知実験用の暗室など多岐に亘る設備をフル活用する。

丁寧な指導を心がけ,個別にレポートを返却する。受講生1人ずつ5分から10分をかけ,細かく指導する。これが受講生にとって貴重な学習機会となる。

さらに,学生が自由に使用できるコンピュータルームを用意し日々の学習をサポートする。コンピュータルームには,1学年分の人数にあたるおよそ70台を設置している。このコンピュータルームは心理学科生専用で他の学科の学生は使用できない。そのため,結果として学生たちの憩いの場ともなる。学生は8:00から23:00まで好きな時間に使うことができる。また10:00から18:00にTAを配置し,質問を随時受け付ける体制を整えている。

心理学基礎実験1

心理学基礎実験1は1年次の必修科目である。通年で行う利点を活かし,講義形式と実習・実験形式を併用し授業を進める。ひと月に一つのトピックでゆっくり進行する。取り上げるトピックは,記憶の系列位置効果,重量感覚(ウェーバー,フェヒナーの法則),囚人のジレンマなどである。これらのトピックは,井関(2019)の調査の通り,多くの大学で採用されているものだ。読者にも馴染み深いものであろう。

心理学基礎実験1ではオーソドックスなトピックにじっくりと取り組む。背景や先行研究を講義形式で説明し,その検討方法まで学んでから,小集団で実験・実習を実施する。この授業を,教員2名,TA5名で担当する。1学年70名の定員なので,スタッフ1人およそ10名の受講生を担当する。また,心理学コンピュータ実習という別の科目があり,コンピュータに関する技術的な教育はこちらが担う。二つの実習科目を連携させ,1年次の実習教育をじっくり進める。

心理学基礎実験2

心理学基礎実験2は,1年次で学んだ基礎を踏まえ専門性を高めた内容になる。卒業論文につながるよう,受講生自身が研究計画を立て,実施できるスキルを身につけることを目指す。

受講生が卒業論文で立てる研究計画は,テーマも方法もさまざまである。それに対応できるよう,幅広いテーマで方法に偏りがなくなるよう種目を用意している。例えば,知覚実験として「コヒーレント運動」,認知実験として「記憶の分散効果」,動物実験として「オペラント条件づけのVR-VI反応率差」,検査として「WAIS-IV知能検査」,調査として「自尊感情」,観察として「描画行動」などを行った。これらを含め合計20種目が用意され,受講生は実験,調査,観察,検査を一通り経験する。

たくさんの種目があるので学期中は毎週新しい種目を行い,次の週にそのレポートを提出する。1年次では1ヵ月をかけじっくり完成させたものを1週間で行う。冒頭のアンケートでのツラいという感想は,毎週続くレポート作成のためであろう。

動物実験から知能検査まで幅広い実験種目を実施するには,それを支えるスタッフと設備が不可欠である。現状では,教員3名,実習助手2名,TA7名の12名体制で,定員70名の2年次生に対応している。単純計算で,スタッフ1人あたり6名の受講生を担当する。TAは学内,学外から博士課程の大学院生を募集する。TA同士で仲が良くなり,将来的に共同研究に発展する例もいくつかある。先に挙げた20の種目は,スタッフ12名の専門性がある程度反映されたものである。例えば,「コヒーレント運動」は,運動視の研究をする大学院生TAが担当したものである。スタッフ自身の研究を反映することで種目内容が高度になる。授業内で得られたデータが学会で発表され,学術論文になることもある。実際の研究に近い内容を経験することで,受講者自身の卒業論文に向けた参考にもなると考えられる。

自由実験演習

写真1 自由実験演習における研究成果発表の様子
写真1 自由実験演習における研究成果発表の様子

たとえ(2年次生にとって)高度な内容でも,与えられたテーマで実験や調査を行い,指定された手順でデータ分析を行うだけでは,自分の研究計画の立案には繋がらない。自分自身の頭で考え,研究結果をアウトプットする経験が重要だ。自由実験演習は,アウトプットのためのものである。この演習で受講生は4名程度の小グループで,自らのアイデアのもと7週間を使い,研究を行う。つまり,テーマを選び,文献研究を元に研究計画を立案し,データを採って分析し,レポートをまとめるという一連の作業を経験する。もちろんテーマ選びからグループで行う。最終的な結果は,論文形式でまとめるだけでなく,ポスター発表も行う。最終段階では泊まり込むグループもある(1,500円で泊まれるセミナーハウスが大学近くにある)。写真1が自由実験演習の最終日に行われたポスター発表の様子である。発表タイトルに「顔の再認:文脈の信頼度と顔の魅力」などがある。なかなかのものだ。学会さながらに在席時間を設け,発表と質問を行う。教員やTAも遠慮せず参加する。最後に参加者全員で採点を行い,最優秀賞と優秀賞を決定する。最優秀賞を獲得したグループは飛び上がって喜ぶ。これが2年間続いた心理学基礎実験のフィナーレとなる。

こうして学生たちは,疲労と充実感を抱え,心理学基礎実験に費やした2年間を終える。通過儀礼を経て,高度な専門科目を学ぶ3年生になるのである。

文献

  • 井関龍太 (2019). 心理学実験実習のメニューはどう決まるか. 心理学研究, 90, 72-79.

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