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【小特集】

基礎心理学領域に特化した心理学専修課程の実験演習

中島亮一
東京大学大学院人文社会系研究科心理学研究室 助教

中島亮一(なかしま りょういち)

Profile─中島亮一
2010年,東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(心理学)。東北大学電気通信研究所産学官連携研究員,理化学研究所理研BSI-トヨタ連携センター研究員を経て,2016年より現職。専門は認知心理学。

東京大学文学部心理学研究室は,1903年に日本で初めて設立された心理学実験室に端を発し,現在まで一貫して基礎心理学分野の研究・教育を行っています。人間の知覚・認知・行動制御等に関する現象やメカニズムを,実験によって解明することが,当研究室の大きなミッションです。そのため,研究室活動の中心は心理学実験であると言っても過言ではありません。学生が学部(文学部人文学科心理学専修課程)を卒業するためには,基礎心理学分野の実験研究を行い,卒業論文を提出する必要があります。「心理学実験演習」はその準備と位置づけられており,彼らは,一般的な心理学実験・専任教員の専門分野に関連する実験を通じて,心理学実験の実践を学びます(図1)。実験演習は,必修科目の単位を修得する以上に,学生の卒業に直結した授業なのです。

図1 東京大学文学部人文学科心理学専修課程における,心理学実験演習〜卒業論文の流れ
図1 東京大学文学部人文学科心理学専修課程における,心理学実験演習〜卒業論文の流れ

東京大学の特徴として,1〜2年生は全員教養学部に所属し,3年生から各学部に配属される,進学選択制度があります。進学選択で心理学専修課程に配属された学生は,2年生後期から内定生として実験演習を受講します。そのため,心理学実験に触れる時期は他の大学の学生よりも遅く,期間も短いと言えるかもしれません。しかし,基礎心理学分野(主に,知覚・認知)に特化することで,短期間でも"濃い"実験演習を行うことができていると考えています。

2年生時「心理学実験演習Ⅰ」

基礎心理学に特化しているとは言っても,いきなり専門的なテーマの実験演習を行うわけではありません。2年生後期では「心理学実験演習Ⅰ」を受講します。これは社会心理学専修課程・心理学専修課程の合同授業であり,40名以上が同時に実験を行います。有名な実験の体験,得られたデータの分析,レポート執筆という,いわば一般的にイメージされる(多くの大学で行われていると私が想像する)心理学実験演習です(この授業は公認心理師科目でもあります)。この授業では,実験計画や測定法,統計分析手法を,実践を通して学びます。実験の内容も,基礎心理学的なテーマ(ミュラー=リヤー錯視・視覚探索等)や社会心理学的テーマ(対人認知・信念等)と幅広いです。この授業では,毎週異なる実験を行い,次の週にレポート提出,というサイクルを約10回繰り返します(レポートは提出した次の週に返却されます)。

それに加え,2年生は同時期に開講されている「心理学研究法」「心理学統計」の講義の履修を強く推奨されており(半ば必修と言っていいかもしれません),実験方法や分析についての理論を学びます。つまり,心理学専修課程2年生は,文学部への進学前の実質4カ月間程度で,心理学実験の基礎を,理論・実践の両面から学ぶことになります。ハードなスケジュールです。

3年生時「心理学実験演習Ⅱ〜Ⅴ」

3年生では「心理学実験演習Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅴ」という4つの実験演習(基礎心理学分野の先端的な内容の実験室実験を行う実験演習)を順に受講します。この実験演習は,ターム制授業(1年を4ターム,つまり学期を前後半に分け,各タームで完結する授業)です。これらは,開講時期によって別々の授業名となっていますが(数字は開講順序です),実際は4つで1つの授業とも言える,やや複雑な授業形態です。まず3年生は6名程度の4班に分けられます。「心理学実験演習Ⅱ」では,各班はそれぞれ知覚(例:時間知覚)・認知(例:多感覚認知,注意)・身体認知(例:運動主体感)・高次認知(例:記憶,人物認知)のいずれかのテーマに割り当てられます。つまり班ごとに異なるテーマの実験を行います。これを,授業ごと(タームごと)にテーマを変えて,順に4回(Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅴ)繰り返します。1年を通して4つの実験演習を受講することで,全ての班が全てのテーマを網羅することになり,「心理学実験演習」の授業が完成するのです。

実験のテーマは,当研究室に所属する専任教員の専門分野に基づいています(知覚:村上郁也教授,認知:横澤一彦教授,身体認知:今水寛教授,高次認知:鈴木敦命准教授)。4年生になると,いずれかの教員の指導のもとで卒業論文を書くことになるため,各教員の専門分野の実験を一通り体験することは,自分の卒業論文のテーマを考えるうえでも重要です。ちなみに,かつては動物(ラット)を対象にした実験(実験装置:Y字迷路とスキナー箱)も行われていました。その当時使用されていた実験装置は駒場に移管され,現在は「こころの総合人間科学」という部局横断型の教育プログラムの「進化認知科学実習」で使用されています。

「心理学実験演習Ⅱ〜Ⅴ」で実施される実験は,ティーチングアシスタント(TA)である大学院生やポスドク研究員の研究プロジェクトと関連したものです。予備検討のため,補足データ取得のための実験を行うことが多いですが,研究のメインとなる実験を行うこともあります。そのためTAも気合を入れて授業に取り組んでいます。指導教員と事前に打ち合わせをし,重要かつ興味深い実験を実施できるよう準備しています。もちろん,それでも予想通りの結果にならないこともありますが(その理由を考え,次の展開につなげるのが,心理学実験の大変であり楽しい部分でもあります)。

各実験演習は,授業時間内での実験解説・論文輪読・分析方法の解説,および授業時間外での実験実施体験(その分授業を休講にして,バランスをとっています)によって構成されています。その後,レポート提出,添削・返却という流れです。この実験演習で最も重要なのは,受講生自らが実験者となり,実験室実験を実施しデータを取得する体験です。雑な教示・説明で実験を行うと雑なデータしか得られないこと,データの保存をきちんと確認しないとせっかく実施した実験が無駄になる可能性があること等,実際の実験実施から学べることは多いです。卒業論文では実験を一人で行うので,それに直結したトレーニングです。

当研究室における「心理学実験演習」の位置づけ

当研究室では,「心理学実験演習」は,学部生の卒業論文に向けた準備のための演習(主に,実験実施,データ分析,レポート執筆のトレーニング)であると同時に,TAである大学院生・ポスドク研究員が教育経験を積み,かつ自分の研究を顧みるための,二重の教育の場だと考えています。TAは,実験が興味深く意味のあるものだと受講生に納得してもらわなければなりません。また,受講生がきちんと実験を実施できるように監督しないといけません。さらに,実験内容・データをレポートにまとめるための指導も必要です。その準備や実際の指導は大変ですが,それによってTAは"濃い"教育経験を得られるはずです。そしてレポートを添削することで,TAは授業での説明が伝わっていたかを確認したり,自分の実験を客観的に見たりして,自分自身へのフィードバックを得ることもできます。このような多くの学習効果を生み出す実験演習にするため,当研究室の助教が,スケジュール管理や授業練習会等の全体マネジメントを担っています。「心理学実験演習」において,最も仕事量(実働)が多いのは助教(つまり私)です。大変です。

以上のように,当心理学研究室の実験演習は,一般的な心理学実験から始まり,基礎心理学分野の実験へと特化していく内容です。当研究室は,日本で最も古い心理学研究室ではありますが,常に新しい研究に取り組んでいます。それにつながるように実験演習の授業も組まれており,関わった学生・TAが先端的な基礎心理学研究に触れられるようなものを目指し,日々試行錯誤しています。

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