公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

裏から読んでも心理学

お詫びして訂正します。

慶應義塾大学文学部 教授

平石 界

某Twitterを見ていてふと #cyclewars というハッシュタグが目に付きました。ちょうどCovid-19でさまざまなスポーツイベントが中止や延期されていたので「ツール(7月に行われる自転車レース)で何かモメてるのかなー」とボンヤリ考えました。中を見たらぜんぜん違う。「#周期戦争 で大ニュース! GangestadとDinhがArslanたち(2018)に喧嘩売ってる!」(極端な意訳)と。bicycleではなくて,menstrual cycle(月経周期)でした。

ヒトの性行動は,霊長類の中でも特徴的です。例えば目立った発情期が見られません。チンパンジーなら,妊娠可能性が高い排卵期のメスはお尻がぷっくりとピンク色に膨れて,見てすぐに分かります。でもヒトはそうでない。なぜヒトでは排卵期が「隠されて」いるのか。はたまた本当に隠されているのか,長らく未解決の熱いテーマとなっています。論点の一つが排卵期女性の性行動についてのもの。

ヒトの子育てが恐ろしく面倒なことは,全国的な子供の不登校を踏まえ,皆さんにも実感されたことでしょう。哺乳類の多数派のような母親のワンオペ育児なんて,とても無理。それでヒトのメスは子育てに積極的な配偶パートナーを好むという話があります。でもね。「良いパパ」と「セクシーな男(オス)」って,必ずしも一致しないんじゃない?

ある仮説は言います。「第三の道がある」。良いパパをキープしつつ,セクシーなオスと子作りすれば,虻蜂取れるではないか。具体的には「長期的パートナーの性的魅力が低いと,女性は排卵期にパートナー以外との性的関係にアクティブになる」と。「托卵女子」というド直球な表現があるようなので,何を言っているのかわからない方は検索してみてください。

それで色々と研究が行われてきたのですが,必ずしも結果が一貫しない。ここは一つきっちり大規模データを取ってやろうとArslanさんたち(2018)がんばりました。結果は第三の道仮説に否定的。それに納得行かない第三の道仮説の提唱者たちが猛反撃したのが,冒頭の#周期戦争だったのです。反論は広汎に渡りますが,クリティカルヒットが。Arslanさんたちが公開した分析スクリプト(計算手順)を見ると,合成変数を作るときに未回答(欠損値)が0点にされているというのです。元々が1〜7点で回答している変数なので,不当に低い点を割り当てていたことになります。ぐはぁ。

今回の騒動が「戦争」とまで呼ばれるにはそれなりの理由がありまして,両グループのやり合いは今回が初めてではないのです。前回はJüngerさんら(2018)に,Gangestadさんら(2019)が反論して,Sternさんら(2019)が再反撃を加えるというものでした。どの論文も熱い書きっぷりで,単体で読むといちいち説得されてしまいそうになる。ヒトの思考は論争に勝つために進化したのだ!という仮説がありますが,むべなるかな(Mercier & Sperber, 2011)。なので戦争の決着についての評価は控えておきます。

ともあれ,こんな論争が可能なのは,分析データやスクリプトが公開されているからこそ。間違いを指摘されるのは死ぬほど恥ずかしいですが,それに気づくチャンスがあるのは有り難いことです。ところで冒頭に紹介したツイートはLukaszewskiさんのものでした。「なんか見覚えのある名前だな」って思った方は鋭い! 前回の本連載で紹介したLaskowskiさんと同一人物……ではないですね。はい,前回このお二人を同一人物と混同しておりました。読者の指摘で気付きました。不徳の致すところ,お詫びして訂正します。

Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。

平石 界

PDFをダウンロード

1