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心理学ライフ
苦しい時に効くサブカル作品3選
佐藤健二(さとう けんじ)
Profile─佐藤健二
早稲田大学助手,徳島大学講師,助教授を経て現職。博士(人間科学)。臨床心理士。専門は臨床社会心理学,認知行動療法。著書は『はじめての臨床社会心理学』(共編著,有斐閣)など。
はじめに
心理学的成果に,関連するサブカルチャー作品等を交えて説明すると,聞き手はより良く理解します。優れた作品は事象の本質を鮮明に示しているからでしょう。
授業にて
「社会心理学」の「噂,群衆」の回では『帰ってきたウルトラマン』の『怪獣使いと少年』を映します。超能力を使うと噂される少年に対する群衆の暴力を描く本作は,ウルトラシリーズ屈指の名作です。受講生は「噂・群衆行動の怖さが分かった」と述べます。
「トラウマの筆記開示が心身の健康・認知機能に及ぼす影響」は,私の専門ですが,その回は村上春樹の小説『ノルウェイの森』。回想時に混乱する「僕」の描写から始まりますが,「僕は何事によらず文章にして書いてみないことには物事をうまく理解できないタイプの人間なのだ」と続きます。
研究会にて
研究会の自己紹介にて,その時々の注目作を,社会状況との関連から紹介し,十数年経ちます。好評にて,本稿を依頼されました。
私は1960年代末に生まれ,小学生〜大学院生を70〜90年代に過ごしました。マンガ・アニメ,SF/ファンタジー,映画,ロック等のサブカルチャー興隆期に育った者として,その面白さを後世に伝えることに使命感を感じています。
苦しみの緩和に効果的な3作品
原稿執筆時(2020年4月)の社会状況(COVID-19感染拡大)から,苦しみの緩和に効果的な3作品を紹介します。その世代なら誰もが知っているが,若い世代は知らない「全世代対応」作品です。
[マンガ・アニメ『サイボーグ009』]
今に至るまで続く『仮面ライダー』と並ぶ石ノ森章太郎の代表作。軍事産業と資本家による秘密組織「黒い幽霊団(ブラックゴースト)」によって試作品(ゼロゼロナンバー)のサイボーグ兵士9名が誕生。世界に戦争をもたらす組織の野望を阻止し,平和を築くため,組織を裏切り,戦時のベトナムにまで組織を追う物語は画期的でした。主人公たちは試作品で,放たれる刺客たちより弱く,毎回,苦闘続き。強敵アポロンは自分の能力を示した後「さて!それではおまえの能力は……?まさか加速装置だけというんじゃないだろうな」「あとはどんな力をもってるんだ?」と問う。009の返事は「あ あとは 勇気だけだ!」。
能力に勝る強敵が現れたとしても,それを恐れない心があり,仲間さえいれば切り抜けることができる─時代を超えた示唆でしょう。
[映画『ゾンビ』]
G.A.ロメロ監督による本作は,『ウォーキング・デッド』など今に至るまで続くゾンビ作品の原点にして頂点。従来のホラー作品では,悪魔対神父といった,超常的な力を持つ者同士の戦いが描かれ,一般人は被害者など受動的な立場でした。しかし,頭を破壊すれば倒せるが,噛まれたらゾンビになる,というルールが確立され,通常火器や生活用品にて一般人までもが能動的に戦います。つまり,怪物が対処可能なものとなり,生死を分けるのは,マインドフルかつ他者との協調を重んじる心性の大小となった点が革命的でした。
[小説『指輪物語』・映画『ロード・オブ・ザ・リング』]
J.R.R.トールキンの小説は,ファンタジー文学の最高峰。
冥王サウロンによる支配を阻止するためには,その指輪をサウロンの王国の火山に捨てなければならない。その運び手は,魔法使い,超人的なエルフなど強者が妥当でしょう。しかし,強者ほど,指輪の力を得る誘惑に勝てないため,弱い種族のホビット(小人)こそが,その任務に最適という設定が示唆的です。フロドとその庭師サムが任務を負いますが,指輪は持つだけで,持ち主の心を蝕み,その遂行は苦難の連続です。
映画ではフロドがサムに辛く当たる描写が描かれ,一部の原作ファンに不評です。他方,サムは原作以上に活躍します。原作以上に原作の精神─力を持つことは怖く,弱き者こそが大事を成す─が強調されたと解します。
上記3作品は共通して,英雄たちの活躍後,弱き者,普通の者を描いて終わります。平和を築き上げるのは,読者であるあなたたちだという作者からの示唆でしょう。
プロフィール写真: SF『サンディエゴ・ライトフット・スー』に因み,学会開催時に訪問したサンディエゴ湾にて。
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