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【特集】

カメルーンのバカ・ピグミーにおける犬をめぐる社会関係

大石高典
東京外国語大学大学院総合国際学研究院 准教授

大石高典(おおいし たかのり)

Profile─大石高典
2008年,京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(地域研究)。専門は人類学。京都大学こころの未来研究センター,同大アフリカ地域研究資料センター,東京外国語大学特任講師などを経て,2020年より現職。著書に『民族境界の歴史生態学』(単著,京都大学学術出版会),『犬からみた人類史』(共編著,勉誠出版),『アフリカで学ぶ文化人類学』(共編著,昭和堂)など。

犬と人の絆を再考する

図1 「犬を食べた:犬の炭火焼き。香ばしくておいしかった。」 (ベトナム・ハノイ市,2019年1月撮影・キャプション:河合摩南)
図1 「犬を食べた:犬の炭火焼き。香ばしくておいしかった。」 (ベトナム・ハノイ市,2019年1月撮影・キャプション:河合摩南)

犬派と猫派と言われるように,犬は猫と並んで伴侶動物の代表的な存在になっている。人との関係が1万年に達しない猫と比べると,犬は人との関わりの歴史が古く2~5万年以上前に人と出会い,家畜化が始まったとされている。そしてそのプロセスは現在も続いている。人類にとって最初の家畜である犬は,地球上で移動を繰り返す人とともに旅をし,地球上に遍在している。人類よりも先に宇宙に送られたのも犬であった。人と犬は出会って以来互いの暮らしを大きく変えてきた。それだけではなく,長い時間をかけて人と犬は社会的なコミュニケーションに基づく共生状況をともに作り出してきた(大石・近藤・池田,2019)。その過程で,犬は認知の上で人とつながりを深めてきた。犬は,視線を読むなど人の感情を読み取って行動できるだけではなく,人の情動を揺さぶることができる。これは他の動物にはみられない大きな特徴である。

様々な時代や地域における人と犬の関係をみていくと,両者はただ仲良くしてきたわけではなく,競争したり,殺し合ったりもしてきたことがわかる。例えば犬を食用にしてきた地域も少なくない。韓国にはスタミナ料理として犬肉専門のレストランがあるし,日本でも私たちのかなり身近なところで犬を食べる文化に触れることができるが,動物愛護派の活動が盛んになる中で表だってみえにくくなっている。勤務先の大学で,世界の犬と人の関わりについて写真を募集し展示を行ったところ,最も反響のあった作品の一つはベトナムでの犬の焼肉の屋台料理を撮影した作品であった(図1)。ベトナムでは,ペットとして犬をかわいがることと犬を食べることが違和感なく同時に成立している。このように人と犬の関係を文化の問題として考えるときには,必ずしもペットとしての犬には回収されない関係の広がりに目を向けることが重要である。

この小論では,人犬関係の多様性と文化差について,アフリカ熱帯林で行った研究をもとに考えていく。一つの社会をとっても人と犬の関わりはダイナミックに揺れ動いていることや,犬の生活や人との関わりをつぶさにみることが人の社会やこころを研究する上でも新たな視点を与えてくれることを示すことができればと思う。

機能主義だけでは説明しきれない狩猟採集民と犬の関係

犬は人類にとって最初の家畜であり,他のどんな家畜に比べても幅広く人の役に立つ。その働きは,狩猟,牧畜,運搬をはじめとする生業への貢献,潜在的な捕食者や悪霊などの危険から人を保護する番犬としての貢献,麻薬や化学物質,有害なウイルスなどの探知への貢献,軍用犬としての戦争への動員,そして社会的存在として人に同伴し,寒い夜に人の身体を温め,人を見守ることによる貢献を含む。

犬の家畜化は全人類が狩猟採集を行っていた時代に遡るので,狩猟採集社会における犬は考古学者や人類学者の関心を集めてきた。世界中の狩猟採集社会のほとんどで犬が飼われていることから,犬は狩猟活動の成功を左右する重要な役割を果たしていると考えられてきた。

ところが小規模社会において犬が狩猟に果たす役割について,世界各地の犬をもちいた狩猟について比較検討すると,犬の使用は必ずしも狩猟効率を高めるとは限らないことがわかった(Lupo, 2017)。犬が狩猟に貢献することを無前提に想定することはできないのである。

名付けと所有─社会関係を作り出す犬

ピグミーとは,中部アフリカに暮らす15集団ほどの狩猟採集民の通称である。その一つであるバカ・ピグミーは,人口が35,000人程度と推定される。ウバンギアン系のバカ語を話し,地域ごとに異なる18を越える数の農耕民集団と関係を築いてきた。ピグミーと農耕民の関係は,対立的な側面と宥和的な側面が入り混じった両義的なものである(大石,2016)。

ピグミー社会の古典的民族誌であるコリン・ターンブルの『森の民』では,ムブティ・ピグミーは犬を「生まれた日から死ぬ日まで休むことなく使役する」(ターンブル,1976,p.86)と書かれている。アフリカの犬は労役に使い倒される対象として描かれる傾向が強い。しかし,犬は消耗品のように消費されるだけの存在なのだろうか。私がカメルーンの森で出会った犬たちは,肥えて栄養状態の良い犬も少なくなく,バカ・ピグミーと犬の関わりを近隣の農耕民と比べると,際立って「親密」であるという印象をもった(図2)。そこで,人々と犬の関わりについて調べてみることにした。

図2 バカ・ピグミーの赤ちゃんと犬(2015年,筆者撮影)
図2 バカ・ピグミーの赤ちゃんと犬(2015年,筆者撮影)

バカ語で,犬はボロ(mbolo)と呼ばれる。バカ・ピグミー社会では60種を越える森林性野生哺乳類が食用利用されているが,犬はそれらの野生動物とは明確に区別されており,食べることは想定されてはいない。犬は,人とも,他の動物とも異なる独特の位置づけにある。全ての個体が識別され,名前が付けられる。個体名が付けられる動物は犬だけであり,その名は,キャンプ全体で共有される。

名付けは,犬への認知の重要な手がかりになる。命名は多岐にわたるが,「彼は腐ったものが嫌い」など食癖や「いくつもの丘」など狩猟時など森での犬の行動・態度を記述した名前,「さあ行け」や「挑戦しよう」など犬に向けた命令がそのまま名前になっているもの,「俺には妻がいない」などその犬にまったく関係のない逸話的独白型の名前,そしてキャラクター名や企業名など文化接触の結果異文化から借用された名前などのパターンがみられた。犬の食生活や健康状態,森での行動に関連した名前が多いのが特徴である。

犬は個人の所有とみなされているが,利用は親族や友人,隣人に開かれている。犬の所有率は,成人男性の43%に比べて成人女性は5%と,ジェンダー差が大きい。バカ・ピグミーが所有する犬のうち,入手方法がわかった74個体中57個体が姻族と外部からの訪問者からの贈り物であった。

では,犬は誰から誰へと贈与されているか。犬の贈り手ともらい手の関係が確認できた30事例について関係性をみてみると,半数以上が所有者の配偶関係にある女性の家族(妻のオジ,義父,義理の兄の妻,義理の息子などの姻族)からであった。犬は婚姻関係にある家族の間で授受される傾向が強い。バカ・ピグミー社会では,犬は婚姻や訪問など人間どうしの社会関係を通じて,集団・定住集落の間を移動しているのである。

狩猟実践と犬の薬─「犬は最高の銃だった」

狩猟活動の中で,犬が果たす役割は様々である。バカ・ピグミーが現在最も頻繁に行っている猟法は,銃猟と跳ね罠猟である。銃猟が普及する以前に盛んに行われた,森からアカカワイノシシなどの獲物を追いだし槍で仕留める集団槍猟の実践では勢子役としての犬は欠かせない存在だった。ある壮年ハンターは,「かつて,犬はバカにとって最高の銃だった」と述べた。現在では,ハンターは,犬を放し獲物を追わせて槍で仕留める犬猟のほかに,銃猟,跳ね罠猟などに犬を連れて行き,獲物があれば犬に獲物の肉の一部を分配する。内臓のほか,特定部位の肉を与えるハンターもいる。肉を与える際には,調理し,犬の薬(マボロ)と混ぜて食べさせる。

狩猟実践にあたって,ハンターと犬は,森や動物への共通の身構えを調える。そこで役割を果たすのがこの犬の薬で,犬を狩猟の際に攻撃的にしたり,特定の動物を追わせたり,食べ物を盗まないようにさせるなど,犬の行動をコントロールするためにもちいられる。バカ・ピグミーは,数百種に及ぶ野生植物についての民族植物学の知識に基づいた民俗医学を実践するが,そこでは植物のもっている特徴が身体に転移すると考える(病原対症療法)。ハンターはこの考えを犬の身体に対しても適用する。特定の特徴がある性質を持つ薬を犬に与え,処方された犬がそれを同化することで,人が望む方向に犬の行動・性格が変化すると考える。ハンターは,それぞれの経験(運を含む試行錯誤)に基づいて,犬に薬を処方する。21名のバカ・ピグミーのハンターに使っている犬の薬を挙げてもらったところ,57方名種(既同定:木本28種,草本4種,シダ2種,コケ1種)の植物と動物1種(オオヤスデ)にのぼった。犬の薬の処方には,食事とともに与えるほかに,点鼻する(図3),剃刀で作った傷口に灰をすり込むなどの方法で行われる。

図3 クズウコン科植物の葉を丸めて作った漏斗を使って,犬の薬を点鼻(mufongo)しているところ(2017年9月,筆者撮影)
図3 クズウコン科植物の葉を丸めて作った漏斗を使って,犬の薬を点鼻(mufongo)しているところ
(2017年9月,筆者撮影)

狩猟実践に,ハンターと犬は同胞として精神的なつながりをもって臨む。しばしばその中でハンターは特定の犬と愛着を形成し,「意味ある他者」になる(ハラウェイ,2013)。ハンターの中には,狩猟中に起こった犬の不幸な死がトラウマになってなかなか立ち直れなくなる者さえいる。ハンターたちは,生きている犬についてと同じかそれ以上に,死んだ飼い犬について記憶を語る。狩猟の最中に亡くなった犬については,なおのことその傾向が見受けられた。

定住集落と森でのダブルスタンダードな関係

現在のバカ・ピグミーは,多くの時間を定住集落で過ごすようになっている。そこでは,狩猟採集のために滞在する森のキャンプとは異なった生活世界が展開している。焼畑農耕と換金作物の栽培に多くの時間が使われ,食べ物もバナナやキャッサバなどの農作物がメインになる。犬は生業に付いていくが,森のキャンプにおける狩猟ほどに活躍の場面はない。その結果,犬は食事泥棒として暴力的制裁を加えられることが多くなる。「聞き分けのない」犬には薪でなぐる,蹴るなど容赦のない暴力が与えられる。さらに犬にとって都合の悪いことに,定住集落では近隣に暮らす農耕民の中に犬を食す者がいる。農耕民の家に近寄った犬は,食事を盗みに来たと勘違いされて切りつけられることもある。狩猟採集民と農耕民の関係が悪化すれば,それに犬も巻き込まれることになる。

このような人との共存の中で犬が置かれている厳しい立場は,犬の死因によく表れている。犬の死因(35事例)をみると,多い順に誤射,斬殺,毒殺,被食などの人による殺害(10例),病気(8例),狩猟中のアカカワイノシシやフサオヤマアラシなど野生動物からの反撃による被傷(7例),ヘビによる咬傷(6例),跳ね罠にかかることによる事故(3例),河川渡渉時のワニによる被食(1例)であった(表1)。

表1 調査地のバカ・ピグミーに飼養されている犬の死因(出典:大石,2019, p.186)
表1 調査地のバカ・ピグミーに飼養されている犬の死因 (出典:大石,2019, p.186)

定住集落では,犬は人に対して圧倒的な劣位に置かれている。犬の死因の3分の1以上に人が直接・間接的に関与していることは,いかに人が犬の生殺与奪を握っているかを物語る。このようにバカ・ピグミー社会における犬の位置には,森では狩猟の伴侶として人並みに扱われるが,集落では暴力的な秩序形成が日常であるという二重基準が存在する。アンビバレンスの生態学的背景として,犬は狩猟という生業に貢献しうるが,一方で家畜としての維持にはコストがかかることが考えられる。

しかし,苛烈な扱いを受ける犬がいる一方で,定住集落においてもまるでペットのように大事にされる犬もいるのも事実である。老女が自由に動けなくなった老犬を世話する事例や,パートナーの男性と結婚と離婚を繰り返す女性が,肌身離さず犬を同伴し,犬もなついている様子をみることができた。

おわりに

ここまで,カメルーンの森に暮らす狩猟採集民と近隣農耕民の事例をもとに,人と犬の関係形成にみられる文化差を検討してきた。狩猟採集民と農耕民の違いだけではなく,同じバカ・ピグミー社会の中であっても生業や社会関係の中に犬が埋め込まれているために,人と犬の関係や愛着形成が動的に変化する様子を記述してきた。本事例研究を狩猟採集社会全体に一般化させることはできないが,人犬関係が生態のみならず社会に埋め込まれた多元的でかつ動態的なものである点については,他の人類社会をとってみてもあてはまるように思う。

現在の日本社会では,人が犬を一方的に愛玩する形態のペット飼育が一般的だと考えられており,飼い主が犬に洋服を着せたり犬の誕生日にケーキを食べさせるなど犬を人間と同等か,場合によってはそれ以上に「大事に」扱ってかわいがるという傾向が強まっている。共通するのは,犬の「かわいさ」が無前提に賞揚され,飼い主の価値観が犬に押しつけられている点である。犬に人間中心主義的なヒューマニズムを適用する「犬の人間化」(牛山,2019)とも言える現象は,日本だけではなく世界的な傾向でもある。しかし,人と犬の関係性の多様性を踏まえたとき,人と犬の「絆」を愛玩動物の側面のみに単純化して捉えてしまうことには,大きな誤謬があるのではないだろうか。

文献

  • ハラウェイ,ダナ(高橋さきの,訳)(2013)『犬と人が出会うとき─異種協働のポリティクス』青土社
  • Lupo, K. D. (2017). When and where do dogs improve hunting productivity? The empirical record and some implications for early Upper Paleolithic prey acquisition. Journal of Anthropological Archaeology, 47, 139-151.
  • 大石高典 (2016) 『民族境界の歴史生態学─カメルーンに生きる農耕民と狩猟採集民』(p.280).京都大学学術出版会
  • 大石高典・近藤祉秋・池田光穂(編) (2019) 『犬からみた人類史』勉誠出版
  • 大石高典 (2019) 「カメルーンのバカ・ピグミーにおける犬をめぐる社会関係とトレーニング」大石高典・近藤祉秋・池田光穂(編)『犬からみた人類史』(pp.170-197).勉誠出版
  • ターンブル,コリン・M.(藤川玄人,訳) (1976) 『森の民』筑摩書房
  • 牛山美穂 (2019) 「イヌのアトピー性皮膚炎」大石高典・近藤祉秋・池田光穂(編)『犬からみた人類史』(p.467).勉誠出版

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