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【小特集】

「デジタル対話」の臨床応用

情報通信技術の急速な発展と普及に伴って,様々な機器に対する私たちの関わり方は大きく変化しています。本企画では,徐々に可能になりつつある機械と人間との対話によって,どのような心理学的示唆が得られるかについて,紹介したいと思います。(山本哲也)

傾聴ロボットとの対話による自己開示

高橋英之
大阪大学大学院基礎工学研究科 特任准教授

高橋英之(たかはし ひでゆき)

Profile─高橋英之
2008年,北海道大学大学院 情報科学研究科 博士課程修了。博士(情報科学)。玉川大学脳科学研究所 研究員などを経て2020年 7月より現職。専門はヒューマンロボットインタラクション,ヒューマンエージェントインタラクション。著書に『アンドロイド基本原則』(分担執筆,日刊工業新聞社)など。

近年,使役的な役割を超えて,人間がロボットと共生することによる心理的な価値に注目が集まっています。例えば教育現場や医療現場などにおいて,子供や高齢者に寄り添い,その成長を助けたり,心を癒やしたりするようなセラピーロボットの研究はすでに多数行われています。またこれまで小説や映画の中で描かれてきた魅力的なロボットの影響もあり,我々の日常生活の中に,“良き友”としてロボットがより普遍的な形で入り込む未来を夢見る声も決して少なくありません。一方で,個別の成功事例が物語的に語られることはあるにしても,人間の心理的な側面をサポートするロボットが広く日常生活に溶け込むまでの道筋はまだ霧の中というのが正直なところです。その理由として,ロボットでしか提供できない固有の価値が現状では不明であり,導入する高額なコストに見合った価値が得られるのか予測が立てづらいことがあると思います。

筆者は,人間の心理に寄与するロボットの固有の価値として,「傾聴力」があると考えています。我々人間はコミュニケーションする生き物であり,家族や友人,恋人,職場の同僚,お店の店員などなど,様々な他者と会話をしながら日々暮らしています。もし将来,ロボットが生活の中に溶け込むことになった場合,ロボットが我々の会話相手の一つとなる可能性も十分にあるでしょう。筆者は,ロボットには独特の傾聴力があり,このような特徴は人間の特有な自己開示を引き出すことにつながると考えています。

我々は自分が話す相手に応じて,語りの内容を大きく変えます。例えば,親しい友人に話しかける場合と,お店の店員と話す場合で,話す内容,言葉の人称(俺,僕,私など)や丁寧語かタメ口か,声のトーンや張りなど,大抵の人は大きく異なります。すなわち,我々の語りの内容は,語り手の中のみに存在しているのではなく,話の聴き手との関係性のなかで立ち上がると言えます(語りの共同性;藤本,2003)。「あなたには私の本心を話せる」のようなフレーズをしばしば聞きますが,話し手の中に客観的に揺るがない“本心”なるものがあるというのは幻想であり,“本心”というのは話してと聴き手との関係性の中にのみ存在する蜃気楼のような儚い事象なのかもしれません。一方で,聴き手に応じて発せられた言葉は,それ自体は確かな実体があり,それは聴き手だけではなく,話し手の記憶の中にも長く残り,話し手本人の未来の行動選択に大きな影響を与えていくと思われます。すなわち他者に語るという行為は,コミュニケーションの目的だけではなく,話し手本人の未来を形作っていく行為であるとも言えます。

では人間はロボット相手にはどのような語りをするのでしょうか? 筆者は,この疑問に答えるために,これまで傾聴ロボットに対する自己開示の研究を行ってきました。例えば,人間の聴き手とロボットの聴き手それぞれに話してみたい話題を研究協力者に訊ねてみたところ,人間の聴き手には「人生の目的」や「趣味」などの話をするのを好む傾向がみられた一方,ロボット相手には「孤独や疎外感」,「性の悩み」など,よりネガティブでセンシティブな話題をしたがる傾向がみてとれました(Uchida et al., 2017)。さらに興味深いことに,ロボットの見た目が人間そっくりのアンドロイドか,機械的な外観かによっても,話をしたい話題が変化することも見出されました。また類似の結果として,他者とのコミュニケーションに苦手意識を持つ自閉症スペクトラム障害の青年の方々を対象に類似の検討を行ったところ,特に恥ずかしい話題の場合,自閉症スペクトラムの方々は機械的なロボットにより多くその話をする,という結果も得られました(Kumazaki et al., 2018)。また,我々が最近行った検討として,高齢者の方々のライフレビュー(高齢者が聴き手との対話の中で,自らの人生を回想して意味づけしていく手法)において,聴き手が人間の場合と,ロボットの場合で高齢者の語りがどのように変わるのかを検討した結果,高齢者はロボットに対してより自分が信じる人生の普遍的な価値を語る傾向があることがみてとれました(Ueda & Takahashi, 2020;図参照)。このような結果があらわれた理由ですが,高齢者の方々は,若い人間の聴き手に関しては若干の引け目や気負いを感じてしまい,それらの感情が語りに影響を与えた一方で,“無垢な少し格下の存在”であるロボットにはこれらの感情が生じず,自分が人生の中で大切にしてきた価値観を素直に語れたのではないか,という仮説を立てています。

ロボットを聴き手にした高齢者のライフレビューの様子
図 ロボットを聴き手にした高齢者のライフレビューの様子
聴き手に応じた高齢者の語りの違い
図 聴き手に応じた高齢者の語りの違い
高齢者が人間,ロボットそれぞれに語った人生の普遍的な価値にかんする話題の個数(5人の高齢者のそれぞれの結果)

これらの一連の結果は,傾聴ロボットは,人間の聴き手では引き出せない話し手の“語り”を導く可能性があることを示唆しています。このようなロボットの“傾聴力”の説明として,ロボットが人間社会の構成員ではなく,利害関係もないニュートラルな存在であることが,人間相手では引き出せない語りを生じさせているのではないか,と筆者は考えています(高橋他,2018)。一方で,ロボットに対する語りには個人差があり,例えば日本人の大学生を対象とした調査では,女性はロボットに対して躊躇なく自己開示をする一方で,男性はロボット相手には自己開示をあまり積極的にしないことが見出されました(Uchida et al., 2020)。ロボットに対する自己開示は,ロボットをどのような存在か,という認識によって結果が大きく変わると考えられます。すなわち社会的なロボットの位置づけが変化していくに従い,ロボットに対する自己開示のあり方も変化していく可能性があることは注意すべき点かもしれません。

基本的に対話とは,情報を伝達し合う,もしくは絆を確かめ合う手段だとこれまで考えられてきました。一方でロボットに対する自己開示の研究から,対話とはこれまでとは異なる自分自身に出会う手段でもあると示唆されてきました。どちらかというとカウンセリングの文脈で語られがちな傾聴ロボットの話ですが,例えばエアコンなどの機器のインターフェースとしてロボットを使用することで,ユーザーはこれまで気づかなかった自分の嗜好や興味をそれらの機器の操作に反映させることが可能になるかもしれません(Takahashi et al., 2019)。前述の高齢者のライフレビューの話のように,自分が歩んできたこれまでの過去を違う角度から価値づけしたり,これまで気づいていなかった新しい自分の未来の可能性に目を向けさせたり,そんな価値観の自発的な変容の手助けにおいてこそロボットは人間の心理に寄り添えるのだ,そんな風に筆者は信じて研究を行っています。

文献

  • 藤本愉 (2003) 「語り研究における「共同性」の検討」『北海道大学大学院教育学研究科紀要』90, 43-69.
  • Kumazaki, H., Warren, Z., & Swanson, A. et al. (2018). Can robotic systems promote self-disclosure in adolescents with autism spectrum disorder? A pilot study. Frontiers in psychiatry, 9, 36.
  • Takahashi, H., Ban, M., & Omi, N. et al. (2019). Can we recognize atmosphere as an agent?. In International Conference on Human-Computer Interaction (pp. 136-140). Springer, Cham.
  • 高橋英之,・伴碧・内田貴久他 (2018) 「ロボットを用いた自己開示促進システムの心理過程のモデル化」『行動科学』57(1), 47-54.
  • Uchida, T., Takahashi, H., & Ban, M. et al. (2020). Japanese young women did not discriminate between robots and humans as listeners for their self-disclosure -Pilot Study-. Multimodal Technologies Interact, 4, 35.
  • Uchida, T., Takahashi, H., & Ban, M. et al. (2017). A robot counseling system: What kinds of topics do we prefer to disclose to robots?. In 2017 26th IEEE International Symposium on Robot and Human Interactive Communication (RO-MAN) (pp.207-212). IEEE.
  • Ueda, A. & Takahashi, H. (2020). Tracing the Past: Renewing Life Narratives Through Robots, In the abstract of GSA 2020 Annual Scientific Meeting.

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