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こころの測り方

ミリ波レーダによる非接触計測

京都大学大学院工学研究科 准教授

阪本卓也(さかもと たくや)

Profile─阪本卓也
2005年京都大学大学院情報学研究科博士課程修了。京都大学博士(情報学)。2019年より現職。専門は電波工学と計測工学。

不安やイライラを感じたり夜眠れなかったりして困ったことはないでしょうか。自律神経失調症は様々な身体症状に加え,不安感・焦燥感・不眠などを伴うこともある病態の総称です。自律神経系は交感神経系と副交感神経系よりなり,身体が正常に機能するためには双方のバランスが重要だといわれています。交感神経系は活動中や緊張・ストレスを感じたときに優位になり,副交感神経系は休息・就寝・リラックスしているときに優位になります。交感神経系は闘争・逃走などの生存に必要な機能を助けてくれているのですが,闘争などが必要とされない平和な社会では,交感神経系の過度の活性化はむしろ身体への負担が大きく,さまざまな疾患の原因になるといわれています。

自律神経と心拍数変動

心拍数も自律神経系により制御されており,大まかには交感神経系により心拍数が上がり,副交感神経系により心拍数が下がることにより心拍数が変化しています。これに加えて,実際には心拍数は常に変動していることが知られ,心拍数変動(HRV: Heart Rate Variability)と呼ばれています。HRVは広くヘルスケアや医療の分野で使われています。心拍数の代わりに,以下では心拍間隔(IBI: Inter–Beat Interval)を考えますが,これはいわゆるR–R間隔とほぼ等価で,心拍数の逆数に比例する値ですので,互いに換算可能です。

IBIの時間変動を見るためには周波数スペクトルが使われます。スペクトルのうち,0.04 Hzから0.15 Hzに対応する低周波成分(LF: Low Frequency)と0.15 Hzから0.4 Hzに対応する高周波成分(HF: High Frequency)に分けて考えます。ただし,周波数帯には異なる定義もあります。交感神経系は主にLFに,副交感神経系はLFとHFの両方に影響を及ぼすといわれています。そのため,LFとHFの比であるLF/HFは自律神経の指標となり,自律神経系のバランスを調べるのに使われます。このLF/HFによる自律神経計測の長所は何といっても測定の手軽さです。たとえば,心電計(ECG: Electrocardiograph)や血液量の変化を光で計測する光電式脈波センサ(PPG: Photoplethysmography)などのセンサを皮膚に装着して非侵襲かつ簡単に計測できるため,ヘルスケア用途にぴったりといえます。

LF/HFの応用例の一つとして睡眠のモニタリングがあります。深い眠りでは交感神経の活動が低下してLF/HFが小さくなるため,精神障害の観察に有用であるとの報告があります。また,外傷後に心的外傷後ストレス障害(PTSD: Post–Traumatic Stress Disorder)を発症したグループではREM(Rapid Eye Movement)睡眠中にLF/HFが高くなることが報告されており,こうした外傷後のケアにも役立つと思われます。さらに,LF/HFを使った自律神経系の障害の検出や感情の推定技術についての研究報告もあり,多くの応用可能性と簡易計測を両立したLF/HFは実用的かつ重要な指標といえます。

レーダによる非接触心拍計測

スマートウォッチのようなウェアラブルデバイスの多くは接触型のPPGによる心拍計測が可能ですが,装着の不快感や皮膚のかぶれなどの欠点により長期間の使用には適しません。長期間にわたって連続して計測するためには非接触計測が最適です。PPGと同様の原理を用いたビデオ撮影による非接触の心拍計測も知られていますが,高輝度の照明を要し,低照度では精度低下がみられ,さらに測定部位の皮膚を露出させる必要があるなど,非接触ではあるものの簡便ではありませんでした。

そこで,電波計測,特にレーダを使った非接触心拍計測に注目が集まっています。レーダによる心拍計測では,照明環境に影響されず,着衣のまま,センサ等を一切身に着けることなく,非接触かつ非拘束で対象者の心拍を測定することができます。さらに,場合によっては対象者が意識することなく,日常生活の中で自然に計測することも可能であり,センサ装着が対象者に与える心理的な影響も排除できると期待できます。

図1 非接触での心拍測定の様子
図1 非接触での心拍測定の様子
小型装置(15㎝四方)にミリ波アレーレーダや信号処理部などを搭載。レーダーから10㎝程度の距離までの複数の対象者を同時に測定できる。

さて,心拍をどうやって電波で測るのでしょうか。心臓の拍動に伴い,動脈に沿った弾性波である脈波が伝搬することが知られています。それに伴って皮膚表面には微小な動きが見られます。脈波により生じる皮膚変位は個人差も大きく,同じ人でも時間や部位によって変位量は大きく異なります。典型値としては最大でも100ミクロン(0.1ミリメートル)程度の小さな動きであることが一般的で,肉眼ではほとんど見えません。マイクロ波帯やミリ波帯の電波が人体に照射されると,衣服を透過するため,着衣の状態であっても皮膚表面にまで到達します。こうした周波数帯では体内への透過や吸収は小さく,ほとんどが皮膚で反射されます。レーダはこの反射波を受信し,解析して様々な情報を取り出します。人体が動いている場合には,この反射波にはドップラー効果による周波数偏移が生じます。対象者が静止しているつもりであっても,呼吸や脈波により皮膚はわずかながら動いているため,小さなドップラー偏移が見られ,そこから心拍についての情報を得ることができるわけです。

超広帯域ミリ波アレーレーダ

私たちは超広帯域ミリ波アレーレーダによる心拍計測技術を開発してきました。広い帯域幅を有する超広帯域信号を用いることで,アンテナからの距離が異なる複数の反射波を分離して解析できます。さらに,複数のアンテナからなるアレーレーダを用いることで,到来角が異なる複数の反射波を分離して解析することもできます。このように,距離と角度の両方を使い,特定の位置の対象者に狙いを定めて測定できます。対象者からの反射波を観察すると,体表面の運動によって生じるドップラー効果により,位相回転が見られます。位相回転量は周波数に比例するため,マイクロ波よりも高い周波数を持つミリ波を用いて測定精度を向上させることができます。この位相の変化から体動や呼吸に起因する成分を除去し,脈波成分のみを取り出します。脈波波形の特徴点を使ってIBIを算出し,IBI時系列のフーリエ変換や最大エントロピー法などによりスペクトルを得てLFとHFの各成分の強度を算出し,最後に自律神経系の活動を反映するLF/HFを得ることができます。このように,超広帯域ミリ波アレーレーダを用いることで,複数の対象者がいる場面でもLF/HFを非接触計測できるようになりました。

レーダによる心拍計測の課題と将来

注目されるレーダ非接触心拍計測は非常に有望ですが,欠点も明らかになってきました。まず,対象者の体型によっては脈波による変位が皮膚表面にまで伝わらず,検出が難しい場合があります。また,同じ対象者であっても,位置・体勢によっては電波の反射部位が変化し,やはり検出が難しい場合があります。対象者が意識的に運動している場合には,微小な皮膚変位の検出はさらに困難になります。このように,レーダによる非接触心拍計測では精度が時間的に変化するため,従来の接触型センサとは異なる使い方が求められます。

測定精度が時間とともに変化する性質は,LF/HFの計測を困難にします。自律神経の活動を反映するLF/HFのうち,LF帯の低域遮断周波数は0.04 Hzであるため,時間に換算すると25秒になります。そのため,少なくとも25秒間の連続した心拍計測ができないとLF成分の正確な算出ができません。しかし,レーダで測定された心拍数の精度は不明ですので,どの時間のデータを使えば正しくLF/HFが計算できるのかが分かりません。そこで,私たちは精度低下による見かけの心拍数変動と生理的な心拍数変動を識別するための信号処理法を開発し,心拍推定データのうち高精度な区間を自動抽出することに成功しました。この手法により,時間的に精度が変動するレーダの信号から正しくLF/HFを算出できることを実験により示しました。今後,レーダによる人体計測技術の発展により,自律神経系の非接触計測が私たちの身近で使われるようになるでしょう。

文献

  • Ako, M., et al. (2004). Correlation between electroencephalography and heart rate variability during sleep. Psychiatry and Clinical Neurosciences, 57, 59–65.
  • Mellman, T. A. et al. (2004). Heart rate variability during sleep and the early development of posttraumatic stress disorder. Biological Psychiatry, 55(9), 953–956.
  • 日本自律神経学会(編) (2015) 『自律神経機能検査 第5版』文光堂
  • Sakamoto, T. & Yamashita, K. (2020). Noncontact measurement of autonomic nervous system activities based on heart rate variability using ultra–wideband array radar. IEEE Journal of Electromagnetics. RF and Microwaves in Medicine and Biology, 4(3), 208–215.

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