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【特集】

さまよう思考を刺激する

梶村 昇吾
京都工芸繊維大学情報工学・人間科学系 助教(卓越研究員枠)

梶村 昇吾(かじむら しょうご)

Profile─梶村 昇吾
2017年,日本学術振興会 特別研究員(SPD),2017年Post doc researcher, University of York(UK)を経て,2019年より現職。ATR脳情報研究所 連携研究員を兼職。専門は認知神経科学。著書に『はじめての心理学概論』(分担執筆,ナカニシヤ出版)。

さまよう思考─マインドワンダリングとは

多くの人にとって,ひとつのことに集中し続けることは難しい。授業中や仕事中,運転中でさえ,いつの間にか余計なことに思いを巡らせてしまう。私たちは起きている間の実に30 – 50%もの時間,このような思考のさまよい=マインドワンダリング(mind wandering. wonderingではないことに注意)を経験しているらしいことがわかってから,この現象は「心のデフォルトモード」とも呼ばれ,大きな注目を集めている。そのような長い時間を費やしているのだから,マインドワンダリングはさぞかし重要な心の機能を担っているのだろうと考えるのが自然である。実際,マインドワンダリングは創造的思考を促進し[1],より良い社会的問題解決を可能にし[2],将来の計画を精緻化し[3],退屈なときに精神的なリラックスを提供する[4]といったポジティブな機能を持つことが示唆されている。近年では,マインドワンダリング中に考えている内容によって効果が異なることもわかってきており,例えば将来に関することを考える頻度が高いほど健康度やウェルビーイングが高いという関係や[5],パートナーに関することを考える頻度が高いほどパートナーとの関係に重きを置くようになるという関係も見出されている[6]

ところが,それ以上に多くの研究で,マインドワンダリングが心の機能に様々な悪影響をもたらしていることがわかっている。マインドワンダリングは気分をネガティブにし[7],周囲に対する注意を妨げることで課題の遂行に干渉し[8],学業に悪影響を及ぼし[9],作業事故や交通事故の原因となる[10]。さらには,注意欠陥多動性障害(Attention Deficit Hyperactivity Disorder: ADHD)や不安障害,抑うつなどの精神疾患との関連も明らかになってきた[11]。以上をふまえると,マインドワンダリングはうまく付き合えば人生を豊かにしてくれるが,付き合い方を間違えると人をダメにしてしまう,取り扱いに注意を要する現象であるといえる。では,どうすればマインドワンダリングとうまく付き合うことができるのだろうか。

マインドワンダリングは簡単な課題で頻繁に生じ,難しい課題に取り組んでいる際には少なくなる[12]。また,認知課題が得意な人は,苦手な人よりも課題中のマインドワンダリングが多いにも関わらず成績が高いという研究もある[12]。すると,状況や自分のパフォーマンスに合わせてマインドワンダリングの発生をコントロールすることができればよさそうである。

マインドワンダリングの神経基盤

図1 脳内ネットワーク
図1 脳内ネットワーク
暖色の脳領域がデフォルトモードネットワークを構成し,寒色の脳領域が実行制御ネットワークを構成する。

そこで登場するのがtDCSである。tDCSによってマインドワンダリングの生起に関与する脳領域の活動を抑制したり,マインドワンダリングの制御に関与する脳領域の活動を促進したりすることができれば,誰もがマインドワンダリングのネガティブな影響を低減し,恩恵を享受することができるようになるかもしれない。のみならず,tDCSによる脳機能の変調とマインドワンダリングとの関係を調べることで,マインドワンダリングの神経基盤についてより精緻な理解につながることも期待される。

マインドワンダリングは,デフォルトモードネットワーク(defualt mode network; 図1)と呼ばれる脳領域のグループが協調的に活動することによって生じることがわかっている[13]。したがって,tDCSによってデフォルトモードネットワークの活動を低減させることで,マインドワンダリングを一時的に抑えることができる可能性がある。また,認知課題中にはデフォルトモードネットワークの活動は減少し,逆に課題遂行に寄与する実行制御ネットワーク(executive control network; 図1)が活性化することがわかっている[14]。さらに,実行制御ネットワークはマインドワンダリング中にも活動が確認されることから[15],状況やパフォーマンスに応じたマインドワンダリングのコントロールに寄与していると考えられる。したがって,tDCSによって実行制御ネットワークの活動を促進することで,デフォルトモードネットワークの活動を抑制し,課題中のマインドワンダリングを抑えることができる可能性がある。

前頭前野刺激によるマインドワンダリングの増加

2015年,tDCSがマインドワンダリングに与える影響について検討した研究成果が世界で初めて報告された[16]。アクセルロッドらは,実行制御ネットワークの活動促進がマインドワンダリングに与える影響を調べるために,ネットワークの構成領域である左前頭前野に対してアノード刺激(刺激領域が活性化しやすくなる刺激)をしながら簡単な注意課題を参加者にしてもらい,課題中のマインドワンダリングを「思考プローブ」によって測定した。思考プローブはランダムなタイミングで提示され,プローブが出てきたタイミングに課題以外のことをどれだけ考えていたかを回答させた。すると,偽刺激(頭皮にチクチクした感覚だけを与える刺激)をした条件と比べて課題中のマインドワンダリングが有意に増えることがわかった。この結果は別の参加者グループで試しても確認され,また視覚野に対する刺激では生じなかったことから,左前頭前野は(おそらく実行制御ネットワークと協調して)課題の遂行だけでなくマインドワンダリングの発生にも関与していることが示された。ただ,注意課題の成績には影響がみられなかったことから,課題に悪影響を与えるマインドワンダリングが増加したわけではなく,むしろ課題関連処理機能が向上したことでマインドワンダリングをする余裕が生まれた可能性が考えられる。この研究は,tDCSがマインドワンダリングのようなヒトの内面的な体験にまで影響を与えうることを示した初めての研究であり,これを皮切りに複数の研究が報告されている[17],[18]

頭頂葉下部刺激によるマインドワンダリングの減少

アクセルロッドらの研究と同時期に,筆者らはデフォルトモードネットワークの活動調節がマインドワンダリングに与える影響を調べるための研究を行なった[19]。この実験では,20分間tDCSを実施したのちに注意課題をしてもらい,課題中のマインドワンダリングを思考プローブによって測定した。アクセルロッドらと異なるのは,tDCSの刺激後に課題を実施した点と,tDCSのメインターゲットが左前頭前野ではなく右頭頂葉下部だったという点である。tDCSの効果は20分程度の刺激によってその後1時間程度持続することがわかっていることから[20],刺激後に課題を実施することでtDCS装着の制約がなく課題や脳機能計測などの選択肢を増やすことができる。また,右頭頂葉下部はデフォルトモードネットワークの一領域であり,マインドワンダリングから注意課題に集中し直す際に活性化する領域であることから[21],デフォルトモードネットワークの調整役として働いている可能性がある。実験の結果,右頭頂葉下部に対してアノード刺激を施した群では,カソード刺激(刺激領域が活性化しにくくなる刺激)を施した群と比べて課題中のマインドワンダリングが有意に少なくなることがわかった。この結果は別の研究でも確認されたことから[22],[23],右頭頂葉下部はデフォルトモードネットワークの一員ながらマインドワンダリングの制御に関与している可能性が示された。

脳刺激によるマインドワンダリング操作の神経基盤

図2 媒介分析結果
図2 媒介分析結果
tDCSによるマインドワンダリング(MW)の調節は,右頭頂葉下部(rIPL)および内側前頭前野(mPFC)から後部帯状回(PCC)への結合変化によって媒介されていた。A:アノード刺激群,C::カソード刺激群

私たちはまた,右頭頂葉下部に対するtDCSがどのような脳機能の調節を介してマインドワンダリングを低減させているのかについて,機能的MRIを用いて調べた[22]。機能的MRIは,体の断層画像を取得可能なMRIの技術を応用することで,高速撮像によって脳内の血中酸素濃度の変動データを取得し,脳領域の活動や領域間の連携パターンについて推定可能な脳機能計測技術である。この実験では,上記の実験と同様に右頭頂葉下部に対してtDCSを実施したのちに注意課題を行ってもらうのだが,tDCSの前後に機能的MRIで安静状態の脳機能を測定している。そして,刺激前後の脳機能を比較することでtDCSによる脳機能の調節効果を明らかにし,その後の課題におけるマインドワンダリングとの関係について検討した。その結果,刺激前後でデフォルトモードネットワークを構成する領域間の連携パターンが変化し,その変化を介してマインドワンダリングが減少していることが示された(図2)。同時に,右頭頂葉下部はマインドワンダリングを低減させる機能をもつことが初めて示された。

さらに私たちは,頭頂葉下部とデフォルトモードネットワーク,およびマインドワンダリングとの関係を詳細に理解するための実験を行なった[23]。この実験では,上記の実験と同様に右頭頂葉下部を刺激した場合と,同じくデフォルトモードネットワークの構成領域である左頭頂葉下部を刺激した場合で,マインドワンダリングに対する影響がどのように異なるかについて機能的MRIを用いて検討した。左頭頂葉下部は言語ネットワーク領域と隣接しているため,むしろマインドワンダリングの発生に関与している可能性があった。実験の結果,安静時において右頭頂葉下部と他領域との連携が強いほど課題時のマインドワンダリングが少ない傾向であったが,左頭頂葉下部は逆に連携が強いほどマインドワンダリングが多い傾向を示した。さらに,tDCSによるマインドワンダリングの減少は右頭頂葉下部を刺激した場合にのみ生じ,左頭頂葉下部への刺激では生じなかった。本研究により,マインドワンダリングの発生に寄与すると考えられてきたデフォルトモードネットワークの中にも機能的な差異があり,右頭頂葉下部はマインドワンダリングの制御において重要な機能を担っている可能性が示された。

さいごに

本稿では,心のデフォルトモードともいえるマインドワンダリングをtDCSによって操作できる可能性と,その神経基盤を示した研究について紹介した。それらの研究結果はいずれも複数の研究によって再現されているが[17],[22]-[24],一方で追試を試みたものの失敗したという報告もある[25]。tDCSの効果には非常に大きな個人差があり,構造的な差異(頭蓋骨厚,形,大きさ,毛髪量,頭皮厚,脳皮質密度など)によって電流の流れ方が異なるだけでなく,ニコチンやカフェイン摂取など非常に多くのパラメータによって効果が変わることが示唆されていることから[26],tDCSがマインドワンダリングに与える影響,および最適な刺激プロトコルについて結論づけるにはさらなる研究の蓄積が必要である。tDCSは低コストで簡便に利用可能なことから,十分な検討を経ないまま行われている研究が多く,再現性の問題はマインドワンダリングに関わらず広く指摘されている[26]。今後,十分なサンプルサイズの確保や研究デザインの精緻化など再現性への配慮がなされた研究が蓄積することで,tDCSを含め脳刺激技術の有効性が確立し,誰もが恩恵を受けられるようになることを願う。

文献

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