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こころの測り方
複線径路等至性アプローチとは
田垣 正晋(たがき まさくに)
Profile─田垣 正晋
専門は身体障害者の心理学,障害者福祉論。単著に『これからはじめる医療・福祉の質的研究入門』(中央法規出版)など。
はじめに
複線径路等至性アプローチ(Trajectory Equifinality Approach: TEA)は,2000年代後半に,文化心理学および,質的研究を用いる心理学者らにより考案され[1],現在,国内外において,心理学および隣接領域で用いられています。筆者自身は,TEAによる分析をしたことはありませんが,障害者の心理社会的研究を質的に研究する立場から,TEAの利点や課題を考えてきました[2]。本稿では,自分の研究に使った場合を想定しながら,TEAを説明します。
TEAとは
安田[3]を参考にすれば,TEAとは,人は社会文化的および歴史的文脈を生きており,「異なる人生や発達の径路を歩みながらも,類似の結果にたどり着く」ことを示す等至性(Equifinality)の概念に基づいた研究方法のことです。TEAには三つの基礎概念,すなわち,複線径路等至性モデリング(Trajectory Equifinality Modeling: TEM),歴史的構造化ご招待(Historically Structured Inviting: HSI),発生の三層モデル(Three Layers of Genesis: TLMG)があります。これらは,順に,経験のプロセス,広義のサンプリング,プロセスの重要な時点における人間と環境との相互作用を記述するために考案されています。
複線径路等至性モデリング(TEM)
TEMは,類似した経験である等至点(Equifinality Point: EFP)に注目した場合,人がそこに行き着くプロセスは複数あると想定します。プロセスには,分岐点(Bifurcation Point: BP),必須通過点(Obligatory Passage Point: OBP),これらへの作用する社会的助成(Social Guidance: SG)と社会的方向付け(Social Direction: SD),これら全体に通底する時間観「非可逆的時間(Irreversible Time)という概念があります。
等至点の対概念に両極化した等至点(Polarized Equifinality Point: P–EFP)があります。これは,等至点の補集合となるような行動や選択であり,場合によっては等至点と価値的に背反します。TEAは,元々経験や径路の多様性を記述することを重視しています。このため,両極化した等至点を想定した方が,その経験の豊かさを表すことができます。例えば,障害者が親元を離れて一人暮らしをすることを想定します。この正反対の選択には,「親元を離れて,友人と暮らす」「親元にいるが,一人暮らしと同じように家事をする」などのバリエーションを想定できます。また,多様性を認める以上,特定の経験を是とするようなモデル構成を避けたい,という提唱者達の思いもこめられています[1]。等至点と両極化された等至点の両者を一体化した場合,等至域(Zone of Finality)と称します[4]。筆者は,両者が択一的ではなく,幅がある事象であることを示していると考えます。
分岐点とは,等至点に至るプロセスが,途中でいくつかの径路に分かれる地点のことです。障害者が一人暮らしに至るには,障害者の仲間からの勧めが重要です。そこで,分岐点として,「一人暮らしをすでにしている障害者に相談する・しない」に加えて,「相談相手になる障害者を探しはじめる」という分岐先もあるでしょう。
一方,多くの人々が経験する事象を「必須通過点」といいます。この必須は,すべてではなく,ほとんどという意味です。必須となっている理由によって,必須通過点は三つに分けられています。すなわち,法制度あるいは広い社会慣習として定着した制度的必須通過点,特定の集団やコミュニティーにおける規範を前提とした慣習的必須通過点,ある出来事の帰結として生じた結果的必須通過点です。最初の二つの区分は,どこに注目するかにより変わるでしょう。一つの経験や出来事が三つの意味合いをもっていることもあります。大きな怪我によって受障した人にとっての「退院」は,必須通過点です。医療ないし福祉サービス制度上は制度的です。当該障害者が障害者グループの一員に入る点では慣習的です。入院には一般的には退院が伴うという意味では結果的といえます。退院もそうですが,分岐点と必須通過点が重複することもありますが,どちらにするかは研究者の分析視点次第でしょう。
このように,等至点,分岐点,必須通過点は,常に複数のプロセスや分岐先を設定します。それは,人々の多様性のみならず,一人の人の複数のプロセスをみることにもなります。親元を離れて一人暮らしを実際にした人が,この選択をしなかった場合の径路を想定し,今の人生について考えるかもしれません。一人暮らしを急ぎすぎたと省察し,親との関係を見直すかもしれません。TEAは,想像あるいは仮定上の径路も記述することが重要になります。
人が分岐点や必須通過点を過ぎる際には,社会文化的な力が働いています。TEMでは,ある点に向かうように働く力を社会的助成,ある点を避けたり背いたりするようにする力を社会的方向付けといいます。筆者は,社会的助成も社会的方向付けも,当該人物と通過点との関係に対する作用であって,社会的に是とされるかどうかは別物と考えます。例えば「退院」という通過点の社会的助成としては,復学や復職の準備プログラムもあれば,病院で療養できない事情(家族の世話をする人がいない等)を考えることができます。退院を避けさせる社会的方向付けとして,病院で機能回復を続けるべきという周囲の意向,経済的あるいは居住スペースの事情から自宅をバリアフリー改修できないなどを想定できます。
非可逆的時間
非可逆的時間とは,計測可能な物理的な時間ではなく,一方向的に持続し,後戻りしない時間の流れというような意味であり,哲学者のベルクソンの立場に依拠しています[5]。筆者は,非可逆的時間を導入したことによって,多様な径路を一つの枠内に記述することが可能になったと思います。ある経験について議論する際,その経験が何ヶ月あるいは何年続いたかを問題にしますが,非可逆的時間を採用することで,この長さの議論から離れることができ,経験軸の多様性を議論しやすくなります。経験の物理的長さを分析する場合には,非可逆的時間の採用は有効ではないでしょう。ここは研究上の立場次第です。
歴史的構造化ご招待
歴史的構造化ご招待は,研究者が関心をもった等至点を経験している人々を招いて調査に協力をしていただくという意味です。実際にインタビューなどの調査をしてみると,研究者があらかじめ設定していた等至点が,協力者の経験と一致せず,等至点を修正することもありえます。これは,等至点以後の当事者にとっての目標や展望を示すものとして,セカンド等至点(Second Equifinality Point: S–EFP)として積極的に位置づけられています3。筆者は,ナラティブ研究によるTEAならば,セカンド等至点が自ずと判明すると考えます。ナラティブは,現在から過去を遡及的に再構成すると同時に,未来に対する予想や期待を構築します。
発生の三層モデル(TLMG)
TLMGは,TEAの自己モデル[6]として,分岐点における,人が環境から情報を選択的に取り入れる(内在化)際の内的変容を詳述します。第一層の個人活動レベルは,実際の行為をしている状態,第二層の記号レベルは,人が情報を取り入れ,過去の経験とすりあわせている状態,第三層の信念・価値観レベルは,その名の通り信念・価値観が大きく変わる様子をそれぞれ示します。変化した信念・価値観は周囲に発信,つまり外在化されます。ここに社会的助成や社会的促進が関与します。
筆者は,TLMGの導入により,TEAが経験と経験の結び目を立体的に記述できるようになったと考えます。本来は,TLMG,社会的助成や社会的促進のすべてを検討すべきでしょうが,研究目的やディシプリンによって,注目点は変わります。心理学はTLMGを,社会福祉学は,社会的助成や社会的促進に力点をおくかもしれません。どの立場の研究も,人を多様な径路をたどって等至性にたどり着くという大前提をふまえねばならないでしょう。TEAは,発達観,人間観ともいえます。
おわりに
現時点ではTEAの研究の多くは個人を扱っていますが,会社,学校や学級,住民組織といった組織の展開を分析することにも有効でしょう。住民組織は,構成員間の関係性を擁しながら,他の組織とつながり,法制度,災害などの予期せぬ事象の影響を受けます。このように考えれば,TEAは色々な可能性をもった手法です。
文献
- 1.サトウタツヤ(2009)『TEMで始める質的研究:時間とプロセスを扱う研究をめざして』誠信書房
- 2.田垣正晋(2015)「ライフコースとTEA:経験のプロセスを可視化する」安田裕子・滑田明暢・福田茉莉・サトウタツヤ(編)『ワードマップTEA理論編』新曜社(pp.154–158)
- 3.安田裕子(2019)「TEA(複線径路等至性アプローチ)」サトウタツヤ・春日秀朗・神崎真実(編)『ワードマップ 質的研究法マッピング』新曜社(pp.16–22)
- 4.安田裕子(2015)「等至性と複線径路」安田裕子ほか(編)『ワードマップ TEA理論編』新曜社(pp.30–34)
- 5.サトウタツヤ(2015a)「TEAにおける時間概念」安田ほか(編)『ワードマップ TEA理論編』新曜社(pp.9–13)
- 6.サトウタツヤ(2015b)「複線径路等至性アプローチ(TEA)」安田ほか(編)『ワードマップ TEA理論編』新曜社(pp.4–8)
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