公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

  1. HOME
  2. 刊行物のご案内
  3. 心理学ワールド
  4. 94号 ヒューマン・コンピュータ・インタラクション
  5. 古典的実験機器はどのように使われていたか(6)――視覚刺激連続提示装置の場合(前半)

古典的実験機器はどのように使われていたか(6)――視覚刺激連続提示装置の場合(前半)

吉村 浩一
法政大学文学部心理学科 教授

吉村 浩一(よしむら ひろかず)

Profile─吉村 浩一
京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程満期退学。京都大学教養部助手,金沢大学文学部講師,助教授,明星大学人文学部教授を経て,2003年より現職。専門は知覚・認知心理学。著書は『運動現象のタキソノミー』,『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)。

写真1 『実験心理写真帖』(1910, 弘道館)の第三十一図。「一人用視覚練心器」を使って訓練している様子。
写真1 『実験心理写真帖』(1910, 弘道館)の第三十一図。「一人用視覚練心器」を使って訓練している様子。

今回と次回は,文字などの視覚刺激を次々に提示する装置を取り上げます。ただし,ここで扱う機器類は,ほんの一瞬刺激を提示するいわゆる瞬間露出器(タキストスコープ)ではなく,数多くの異なる刺激を順に提示していく,主に記憶研究に用いられた機器類です。

それらは,刺激の動かし方により二つの方式に大別できます。『実験心理写真帖』(1910, 弘道館)の2枚の写真を見比べて,両者の違いを比較しましょう。

写真2 同じく第三十四図。ヴィルトの記憶実験装置と紙送りのタイミングを与えるための時間制御用メトロノーム。
写真2 同じく第三十四図。ヴィルトの記憶実験装置と紙送りのタイミングを与えるための時間制御用メトロノーム。

写真1と2を見てください。第三十一図(写真1)ではドラムがゆっくり一定速度で回転するので,刺激窓には刺激が上部から徐々に現れ始め,全体が見えたあと,刺激上部から徐々に隠れていきます。それに対し,第三十四図(写真2)の装置は,文字全体が瞬時に刺激窓中央に現れ,一定時間そこに静止したあと,全体が瞬時に消えます。いわば,写真1はアナログ的動き,写真2はデジタル的動きといえます。

メカ的には写真1のアナログ的動きの方が簡易で,ゼンマイなどを動力にして軸を回転させ,その回転をベルトに伝えてドラムをゆっくり等速回転させればよいだけです。ただし,この写真の装置には,東京帝国大学心理学教室の歴史が込められています。初代教授の元良勇次郎が「児童の注意力とその訓練」に関する研究を行うため,みずから開発した装置だったからです。現在では,漢字やことばの学習をゲーム感覚で行うには,タブレットやスマホを使いますが,「一人用視覚練心器」と名づけられた写真1の装置には,その原型と言えるある仕掛けがありました。その仕掛けについて説明しましょう。一度にいくつもの刺激(複数の漢字など)が,横長の窓に提示され,そのうちの一つがターゲット(正解)で,そこに金属製の鋲が打たれています。刺激が窓に現れているあいだに,児童が手にもった筆状の指示棒でターゲットをうまく指すことができれば「正解」のブザーが鳴ります。筆先には金属製の毛が付けられており,金属鋲に接触すると通電してブザーが鳴る仕組みです。次々に窓に現れる刺激の中からターゲットを素早く見つけて筆を当てブザーを鳴らし続けるゲーム感覚で,児童は楽しく訓練できました。

一方,写真2のデジタル方式の装置類は,さらに二つのグループに分けられます。どちらのグループにも現存品がかなりあるので,今回はカード方式のものを取り上げ,写真2のようなもう一つのグループについては,次回お話しします。

写真3 京都大学に残る山越工作所製の「カード続出器」
写真3 京都大学に残る山越工作所製の「カード続出器」

写真3を見てください。山越工作所製の「カード続出器」という機器で,京都大学に現存しています(KT00002)。同社のカタログには,多数の刺激カードが後部の箱に収められていてバネによって前方に押しつけられる仕組みと説明されています。この写真では見えませんが,写真用のレリーズ(延長コード付きシャッター)が前面板の裏の端子に付いていて,それを押すと新しいカードが前面板の刺激窓に現れ,それと同時に古いカードが下に落ちる仕組みです。そして,後部についているハンドル(現存品ではハンドルは失われており,四角形の金属バーだけが見えます)を下に押し下げると,刺激窓のシャッターが押し上げられ窓が閉じます。これら一連の動作を手動で繰り返すことで,前から順にカードが提示されていきます。1枚の刺激提示時間は,レリーズを押してからハンドルを手動で押し下げるまでの時間となります。

写真4 東北大学に残るZimmermann社製のタイプボード式カード提示器
写真4 東北大学に残るZimmermann社製のタイプボード式カード提示器

もう一つの現存品は,写真4に掲げた東北大学のタイプボード式カード提示器(TH00010)です。ドイツのZimmermann社製で,製品名には開発者にちなんで「Hack–Länder式」と付いています。刺激は上部の箱に提示され,文字の書かれた部分が上に飛び上がり提示されます。この写真では「車掌」が提示されています。刺激箱には25枚のカードが入り,提示がランダム順に行える点がこの装置の特徴です。提示したいカードの番号を,右側にある25個のキーの中から選んで指定します(いくつかは破損しています)。詳細な仕組みまでカタログからは読み取れませんが,カタログによると提示時間も指定できるそうです。

写真2は次回扱うグループに属する機器ですが,少し紹介しておきます。写真のものは,長い紙テープに文字刺激(単語など)が数十個書かれており,紙テープを1刺激分ずつデジタル的に送っていくことで,提示窓に新しい刺激が次々提示されていきます。このグループには,紙テープだけでなく,円盤の周辺に文字などを数十個貼っておき円盤を少しずつ回転させて刺激窓に提示していくものもあります。次回はそうしたデジタル的動作機能の機器類を紹介します。

PDFをダウンロード

1