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【特集】
ヒューマン・コンピュータ・インタラクション
分野間連携・融合や学際研究の促進が求められている現在,心理学徒にとって「うってつけ」の研究分野があります。それは,ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(Human–Computer Interaction : HCI)と呼ばれる,人間とコンピュータの間の相互作用に焦点を当てた学際的研究分野です。特に,Association for Computing Machinery(ACM)におけるヒューマン・コンピュータ・インタラクションに関する分科会(SIG)であるSIGCHIは会員数の伸びと国際化が進み(日本は会員数第5位),その注目度は年々高まっています。また,コロナ禍によって遠隔コミュニケーションの重要性が増す中,当該分野への社会的な期待がますます膨らんでいるように思えます。
「“Disciplineがないこと”がDisciplineである」と言われているHCI分野への心理学者のさらなる進出を願い,本特集を企画しました。最先端のHCI研究を推進されている新世代の研究者の方々より,様々な研究トピックを紹介していただきながら,心理学者へのラブコールを送ってもらいます。(松田壮一郎)
インタラクション研究に向けたHCI研究者から心理学者へのラブコール
坂本 大介(さかもと だいすけ)
Profile─坂本 大介
2008年,公立はこだて未来大学大学院 システム情報科学研究科 博士(後期)課程修了。博士(システム情報科学)。国際電気通信基礎技術研究所(ATR)でインターン,東京大学で日本学術振興会特別研究員PD,JST ERATO 五十嵐デザインインタフェースプロジェクト 研究員,東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻助教,特任講師などを経て,2017年より現職。専門はヒューマン・コンピュータ・インタラクション。
はじめに
ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(Human–Computer Interaction,以降HCI)は人々がどのように計算機(コンピュータ)を使うのか,どのような技術開発が人々の計算機利用を支援できるのかについて,人々と計算機の間のインタフェースに注目した研究を行う計算機科学の一つの学問領域である。HCIという学問領域は1982年にHuman Factors in Computing Systemsという名前の学術会議が開催されたことで始まったと言われており,この学術会議が現在のHCI研究で最大となる,計算機科学に関する国際学会である米国ACM(Association for Computing Machinery)のSIGCHI(Special Interest Group on Computer–Human Interaction)が主催するACM CHI Conference on Human Factors in Computing Systems(通称ACM CHI Conference)を中心とするコミュニティのもととなっている。2021年現在で生まれてから40年程度の,非常に若い学問領域である。
HCIという学問領域が誕生した背景として,計算機の小型化と個人化がある。1970年代まではメインフレームと呼ばれる大型計算機を大企業や大学が所有し,限られた技術者や研究者等の専門家が使用していた。一方で,1970年後半から1980年はじめにかけて,Apple IIやIBM PC/XT等のパーソナルコンピュータ(パソコン)が登場し,広く一般に計算機の普及が始まった。技術者や研究者等の専門家ではなく,一般家庭で非専門家がパソコンを使い始めることで,パソコンは専門の知識がなくとも使える存在にならざるを得なかった。そうでなければ売れないためである。このパソコンを作る知識をもつ人々が計算機科学者である。一方で,人々がどのように計算機を使うのか,どのような計算機であれば使えるのか,また人々が計算機を使う際にどのように計算機内部の現象を認知・理解しているのかを知らなければ,パソコンは人々にとって使いやすい存在にはならない。この人間を理解する専門家が心理学者であり,HCIの始まりは計算機科学者と心理学者の協働で始まったと言われている。その後,計算機の普及に伴って,人々の活動のほぼ全ての場面で計算機が使われるようになってきており,近年では犬やネコなどの動物がどのように計算機を使うのかなどの研究領域までも登場してきている。この結果として,HCIはこれまでの学問領域とは比較にならない程,分野横断的・学際的な(interdisciplinary)学問領域と認知されている。
世界のHCI研究の現状と日本
HCIは学際的な研究分野であるにも係わらず,日本国内においては情報科学や情報学の一つと考えられることが多く,そういう意味では理工学系の,俗に言うと理系の研究領域であると考えられているのだろうという実感がある。しかし,HCIは研究領域が生まれた段階から分野横断的で学際的な分野であるため,そもそも分野に限定されない。実際にHCIを代表する国際会議であるACM CHI Conferenceで発表される研究を見てみると,日本で考えられている理系に対応する発表は3割程度であり,残りの7割は日本で言う文系に対応する研究発表である。発表者の所属も心理学部など,日本で言う文系学部が多い。HCIはさらに,デザインやアート,哲学などの研究者も参加しており,本当に様々な背景をもった人々が参加している。
HCI研究の具体例
HCIの基本は,計算機の専門家ではない人々が計算機をどのように利用しているのかを観察し,分析し,計算機利用に際して直面している困難を理解したり,解決方法を考えたり,実際に新しい技術を発明したりして解決することである。計算機を使う人々は,計算機を使用する際に,自身がどのような困難に直面しているのかを認識していることは多くなく,また,その困難自体が彼らにとって自然であるため,専門家が観察しなければ困難を発見したり解決したりすることができない。さらに,解決方法についても,人々は彼らの知識を超えた発想はできない。このため,専門家が提案しなければいけない。また,HCIは困難を解決するだけではなく,計算機利用の新しい方法を考えることも重要であり,つまり「これまでにできなかったことをできるようにすること」も一つの重要なテーマである。
これらを説明するためにキーワードを挙げながらHCI研究の大枠を説明していく。まず,ユーザインタフェース研究がある。ユーザインタフェースは人とコンピュータを繋ぐインタフェースの開発や評価が主なテーマとなる。ユーザインタフェース研究は電子計算機の発明とともに生まれた研究であり,つまりユーザインタフェースがなければ人とコンピュータがインタラクションすることができないため,これがHCIの基本となる。ユーザインタフェース研究では,人々のモデル化や,そのモデルを利用したユーザインタフェースの改良を行うこともあるが,広く一般に適用可能なモデルは多くは存在しないため,人々が行うタスクに合わせたインタフェース開発を行われることが多い。文書作成ソフトやプレゼンテーションソフトのインタフェースをはじめとして,現在ではスマートフォンやタブレットのインタフェースの発明や改良,さらに自動運転のインタフェースなど,計算機が関係する全てのインタフェースが研究の対象となる。計算機を使った創造活動を支援するためのインタフェース研究も盛んに行われてきている。また,バーチャルリアリティ(Virtual Reality; VR)やオーグメンテッドリアリティ(Augmented Reality; AR)のためのインタフェースの研究も盛んに行われてきている。
ユーザインタフェースは,作るだけではなくて,それを正しく評価しなければいけない。HCIにおいては,作業の正確性,効率性や満足度などを計測することが多く,これをユーザビリティ評価と呼ぶ。ユーザビリティ(Usability),つまり可用性とは「どの程度そのインタフェースやシステムを使えるかどうか」を表す言葉であり,この評価が高いほどユーザビリティが良いと言う。ユーザビリティ評価のためには心理学をベースとした実験を行うこととなる。
ユーザビリティの概念自体は20世紀初頭から存在しており,常に心理学者がリードして研究が進められてきた。HCIにおいては1970年頃からの計算機によるオフィスオートメーションのユーザビリティの検証において心理学者の貢献が大きかった。また,計算機上でのユーザの行動のモデル化など,人間理解のHCIにおいて心理学の貢献は大きく,特に有名な研究としてFitts’ law1が挙げられる。20世紀中は計算機上でのユーザ心理の理解などの研究が多かったが,2000年代以降はインターネットの普及と発展によって,オンライン活動での人々の行動や心理の理解に関する研究が増えている。また,スマートフォンやパソコンなど,一人のユーザが複数台の計算機を持ち,全ての活動で計算機を使う時代となった現代においては,例えば,教育でのICT機器の利用時の行動理解やその心理的な影響の調査,また高齢者のICT利用の認知的な負荷計測やその改善方法の検討なども研究として大きな流れとして存在する。さらに,スマートスピーカーに代表されるユーザと家庭内でインタラクションするIoT機器の利用時の影響についても大きな研究トピックの一つである。特に,人と会話するIoT機器の,どのような発話が,人々にどのような影響があるのかについて検討することは,今後の計算機のインタラクションの発展に欠かせない知見である。また,VRのような新しい現実における人々の心理を理解することも今後の発展に欠かせない。このような最新の事例は魅力的に見える一方で,現在でもパソコンやスマホ上のインタフェースの改善に関する研究も盛んである。例えば,ユーザ自身の自発的な行動変容を促すために,行動経済学でのナッジ理論の効果を検証する研究も増えている。ユーザインタフェース技術としては非常に小さな変更ではあるが,ユーザの行動が変容するような小さな変更が何百万人,何千万人の数秒の節約になる。これは小さくないことであり,GAFAMのような巨大IT企業はこのようなHCIの知見を活用して日々サービスをアップデートしている(筆者はこれらの巨大IT企業を「HCIとか心理学で儲けている企業」と呼んでいる)。
日本国内の現状
筆者は以前,ACM CHI Conferenceでの日本人の活動動向を分析した際に,日本国内でのHCI研究は技術開発に偏っていると指摘した2。HCI自体が計算機科学者と心理学者の協働から始まったにもかかわらず,日本国内ではそのような協働が見られないこと,CHI Conferenceで発表される研究のうち,7割が技術系であり,会議のマジョリティである人文系の発表が3割しかなく,これは世界的な割合に反することも指摘した。つまり,会議の3割程度の内容しか日本国内で研究が行われておらず,特に人文科学系のHCI研究がCHI Conferenceには出てきていないことで,世界における日本のHCI研究の存在感が小さくなっている。
近年ではバーチャルリアリティに代表される新しい現実との関わり方を深く研究する必要性が出てきており,古くから「心理学はバーチャルリアリティにおける物理学である(William Bricken, SIGGRAPH1990)」と言われるように,現代におけるHCIでの心理学の重要性は高まっていると言える。つまり,仮想世界での人々の反応を調べ尽くさない限り,仮想世界を作り上げることはできないためである。
関連研究領域:ヒューマン・ロボット・インタラクション
上記議論に関連して,HCIに隣接,または多くの部分で重複のあるヒューマン・ロボット・インタラクション(Human–Robot Interaction,以降HRI)という研究領域を紹介する。HRIはコンピュータの代わりに,コンピュータに手足が付き,自ら移動したり,身体を使ってジェスチャ表現をしたり,何かしらの会話が可能なロボットと人々の相互作用を研究する領域である。HRIもHCI同様に国際会議を中心とした研究コミュニティがあり,特にACM/IEEE International Conference on Human–Robot Interaction(HRI)が中心的な存在である。CHIは数千人が参加する大型国際会議であるが,HRIは数百人程度の中規模国際会議である。比較的日本の存在感は大きく,京都の国際電気通信基礎技術研究所(ATR)や大阪大学,京都大学を中心に世界のHRI研究をリードする研究者が活躍している。HRIは,人に近い身体性を有する人型ロボットを扱うことも多く,このため人との対話研究を行うことが,すなわち心理学や社会心理学,認知心理学の実験を行うこととほぼ同義となるため,HRI研究のほぼ全ては心理学系の方法論に立脚している。このため,HRIはロボット研究者のみで行われるのではなく,心理学系研究者との協働が基本となる。また,ロボットの社会的存在感が人間社会に与える影響についても検討するために,哲学者との協働も多い。
HRIに関しては2022年3月に筆者が運営委員長として札幌で開催されることが決まっている。オンラインでの参加も可能なように計画しているので,興味を持たれた方はご参加ください。
https://humanrobotinteraction.org/2022/
日本をグローバルに通用するHCI研究の中心地にしたい
ここまで述べてきた内容を一旦まとめる。
- 1 HCIおよびHRIは分野横断的で学際的な学問領域である。特に,自然科学だけではなく人文科学,社会科学の研究者の貢献が大きい。
- 2 HCIおよびHRIでは,国際的には心理学系研究者が多く活躍している。
- 3 しかし,残念ながら日本からの心理学系研究者の参加は少ない。
筆者は心理学研究者のコミュニティについて十分な知識がないので想像でしかないが,日本国内でもICTを題材として扱っている心理学系研究者は多く存在していると想像している。しかし,これまでにHCIやHRIにあまり参加していただけていないのは,我々の存在が知られていないことや,計算機科学をはじめとする理工学系・情報系を中心とした「理系」の領域であると認識されているためではないだろうか。筆者はこの認識を変えたいと考えている。
電子式計算機登場以降の計算機科学の歴史は100年にも満たないため,従来の科学や学問とは作法が違うことがよく指摘される。例えば,学術論文(ジャーナル論文)ではなく,国際会議論文(カンファレンス論文)が重視されることは,他の学問領域とは常識が異なる点として特筆すべきであろう。特にHCIはその傾向が強く,前述したCHI Conferenceでの発表論文が最も権威あると考えられることが多い。また,引用数を見てみても,国際会議論文の引用数が圧倒的に多い。この文化の違いも強く影響しているかもしれないと想像している。
一方で,もし日本でICTや対話ロボットを利用した研究を行っている心理学系研究者がいるのであれば,是非ともCHIやHRIのような国際会議での発表も検討していただきたい。まずは,CHIやHRIに参加するだけでよいので,どのような研究が発表されており,さらには,それがどのように国際的に高く評価されるのかも知って欲しい。一方で,HCIやHRIは幅広い研究領域の研究者が集まっているため,実験計画,方法,分析の方法論が厳密でないことも多くある。我々の間違いを指摘していただくだけでも重要な貢献であるとも考えている。
これまでに国際会議の宣伝ばかりしてきたが,日本国内においても研究発表の場は多くある。例えば,情報処理学会のインタラクションは例年3月に開催され,700人程度の参加がある,日本国内では比較的大きなシンポジウムである。他にも情報処理学会,電子情報通信学会,ヒューマンインタフェース学会には関連する研究会が複数あり,それぞれ年間で4~5回の研究発表会を開催している。また,ACM CHIに関してはJapan ACM SIGCHI Chapterが主催する「CHI勉強会」という,CHIで発表される論文500~600件を1日で俯瞰するという会も6月末に開催している。これは例年300人が集まり,一つの論文について30秒でまとめて発表していくというスタイルの勉強会であり,一つの国際会議の勉強会としては世界最大規模である。日本国内だけでもHCIやHRIに触れる機会があるので,心理学分野のみなさまに是非一度ご参加いただけると大変有り難い。さらに今後一緒にHCIやHRIでの協働の議論をする場を作ることができればさらに嬉しく,またその模索をしていきたい。
文献
- 1.Fitts, P. M. (1954). The information capacity of the human motor system in controlling the amplitude of movement. Journal of Experimental Psychology, 47(6), 381–391.
- 2.坂本大介. (2013). CHI Conferenceにおける日本人の活動動向. ヒューマンインタフェース学会誌, 15(4), 21–26.