公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

  1. HOME
  2. 刊行物のご案内
  3. 心理学ワールド
  4. 94号 ヒューマン・コンピュータ・インタラクション
  5. ウェアラブル技術による身体変容は,他者に対する視点を変えるか?

【特集】

ウェアラブル技術による身体変容は,他者に対する視点を変えるか?

西田 惇
シカゴ大学コンピュータサイエンス研究科 研究員・日本学術振興会 海外特別研究員

西田 惇(にしだ じゅん)

Profile─西田 惇
2014年筑波大学理工学群工学システム学類卒業。2019年同大学一貫制博士課程修了。日本学術振興会 特別研究員(DC1),Microsoft Research Asia PhD Fellow,ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチアシスタント等を経て現職。装着型機器を用いた人々の主体的な自己体験の変容に関する研究に従事。博士(人間情報学)。

身体的体験の共有とその理解の支援に向けて

小児は低い視点や小さい手を通して教室や病室をどう感じているのか,こうした体験をプロダクトデザイナーや保育士が身体知として理解するにはどうすればよいか? リハビリテーションにおいて患者がどういった筋活動を行うことが難しいと感じているのか? 手が震えるといったパーキンソン疾患を持つ患者が日常生活においてどういった困難を経験しているのか? 他者の一人称体験に関する知識を得ることは,他者に対する視点を変え,リハビリや製品設計における相互理解と意思疎通を促進するだろう。しかしこうした知識を自身の身体知として獲得することは容易ではない。

身体変容と主体的・社会的インタラクション

他者の身体的体験を顕在化・共有する手法として,モーションキャプチャにより取得した体動情報をモニタ上に表示したり,感覚フィードバック付きの映像資料を提示したりといった手法がリハビリテーションやヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)の分野で提案されてきた。また心理学のコミュニティではラバーハンド錯覚を用いて小さい人形に身体所有感を転写することで距離知覚を小児のそれに変えるもの1や,VR(Virtual Reality)空間内で子供サイズのアバターを用いることで被験者のサイズ知覚や潜在的態度の変化を観察するもの2が報告されている。しかし身体的な体験や知識は「自らの身を動かすことで初めて得られるものであること」3に着目すると,話を聞いたり映像を見たりといった受動的な情報取得だけで理解することは困難である。また実空間から隔離されたVR空間内では既存の人間関係や物体のサイズ知覚の手がかりといった社会的・物理的コンテクストが活用されないため現実感の獲得が難しい上,日常生活や普段のワークスペースでの活動を支援するのが難しいといった課題もある。

そこで本研究では他者の身体認知特性の理解には自身の自己主体的な行動に基づいて身体知覚を変容し,身体知を獲得できるメカニズムが必要であると考え,装着型デバイスにより身体を実空間で変容し,物理的・社会的インタラクションを通して身体知を獲得できる環境を提供する3つの手法を提案してきた。

  • 1)自分の頭部の位置を変えることで小児の視覚的視点を得られる装着型デバイス
  • 2)自身の手を縮小することで小児の力覚的視点を再現する手指外骨格
  • 3)患者と自身の筋活動を共有することで患者の運動覚的視点を得られる筋活動共有デバイス

本稿ではそれぞれの研究の概略を紹介し,心理学との潜在的,将来的な関わりについて触れたい。

小児の視覚的視点を再現する装着型視点変換デバイス

図1 自身の視点を小児のそれに変容させるウェアラブルデバイスを用いた病院や教室の空間環境の理解の支援
図1 自身の視点を小児のそれに変容させるウェアラブルデバイスを用いた病院や教室の空間環境の理解の支援

小児のための空間環境をデザインしたり,小児が教室や病室でどういった視点でインタラクションを行っているか医療従事者や保育士が理解することを支援するため,ヘッドマウントディスプレイ(HMD)とウェアラブル魚眼カメラを用いて自身の視点を腰部に移動することで5歳児の視点を本質的に再現する装着型デバイスを実装した(図1a)。頭部運動に連動して視点を移動させることができるため,装着者は高い運動主体感を保持しつつ実環境を自発的・主体的に探索することができる。

これまでに日本科学未来館や国際VR展示会でのデモストレーション,筑波大学附属病院での検証実験(図1b)などを実施し空間環境の評価における有用性について明らかにしてきた。加えて保育園において保育士向けセミナーの教材として実際に導入した。現地での対人知覚実験により,起立状態であるにもかかわらず低い視点映像が提示されていることから身体縮小感覚が強まり,近づいてくる人に対する圧迫感や恐怖感が増強されたことが分かった。特に「知った人の顔を見上げる」という体験が身体知覚の差異を強く意識させるようである。これによりパーソナルスペース(対人距離)が拡大し他者に対する知覚が変化したことから,意識教育支援ツールとして有効であると考えられる4

小児の力覚的視点を再現する手指外骨格

図2 受動型手指外骨格による小児手指の再現と製品評価支援
図2 受動型手指外骨格による小児手指の再現と製品評価支援

前述の視点位置の変換は身体知覚の変容に大きな効果があることが分かったが,ユーザの視覚と力覚(手)の体験にミスマッチが生じていた。そこで実空間において自身の手指運動機能を小児のそれに変容することが有効であると考え,手指運動を縮小するリンク機構により自身の手の内側に小児の手を再現する受動型外骨格を実装した(図2a)。ここでは四節リンクを複合的に構成した機構により,装着者の把持動作を外骨格に貼付した5歳児の寸法の擬似手指に伝達することができる。モータやセンサを用いず受動機構のみにより構成することで,力覚的・時間的整合性を保ちつつ,自身の把持動作を小児手指に伝達し,また物体からの力覚フィードバックを受け取ることができるといった特徴を持つ。複数のサイズのボールを使い,把持・移動するなどのインタラクションを行った後にその大きさを報告してもらう知覚実験を行ったところ,実寸よりも大きく報告する傾向が認められた。これが視覚効果によるものなのか,体性感覚によるものなのか,あるいは小さい手だとよくボールを落とすという結果の影響を受けたことによるものなのか,今後さらに詳しく調べたい。

加えて本外骨格が製品デザインのプロセスで有用かを観察するため,小児の手の寸法を記したデータシートと,自身の手を本外骨格で小さくした場合とで小児用玩具を評価・設計してもらうユーザスタディを行った。結果,本外骨格の使用により最終的なデザインに対する自信が高まったことが示された5。既存の物体とのインタラクション可能性を保持しつつ,体性感覚フィードバックを伴う体験を実際に手を通して得られたことが理解と自信の増進に寄与したと考えられる。

他者の運動覚的視点を再現する筋活動共有デバイス

図3 筋活動共有デバイスとそのインタラクション応用例
図3 筋活動共有デバイスとそのインタラクション応用例

前述の2つの身体変容に加え,リアルタイムで身体知覚を他者と同調する手法についても検討を行った。運動学習リハビリテーションにおいては患者と療法士の間で互いの筋活動情報を正確に共有することが指導の計画と実行において重要となるが,身体内部の状態を外部から視覚的に確認したり発話により表現することは難しい。そこで本研究では,同一の筋組織における表面筋電位計測と筋電気刺激を同時に行うことができる生体電極システムを設計し,両者の筋活動を実時間で双方向に共有できる装着型デバイスを実装した(図3a)。これまで振動子等を用いて身体運動を遠隔地で提示する研究などがなされてきたが,本研究では自身の筋活動入出力による運動覚刺激を通じて共有するため,より高い感覚的・空間的整合性をもって他者の運動を知覚・提示できる点に特徴がある。これまでに視覚・聴覚を遮断した状態であっても二者の間で筋発揮のタイミングを同調できることや,装着者の随意的な筋発揮と,他者からの不随意的な筋発揮が同時に提示された場合に,自身の筋発揮量の知覚精度が低下することが明らかとなった6。筋活動への直接的な介入のタイミングと被験者の運動主体感についてより詳しく調べたところ,随意運動よりも80ms程度速く他者に動かされたとしても自身の運動として知覚されることが分かった7, 8(Sony CSL笠原俊一氏との共同研究)。他者の介入により運動機能を向上させつつも,自分自身の運動の一部であると知覚させることで,リハビリやスキル伝達におけるモチベーションや効率の向上が期待される。また自身の筋活動範囲を他者まで伸展したり,あるいはその制御を他者に譲渡することは身体所有感の範囲の感覚を変える体験であったとの報告があった。

これらに加えて,パーキンソン患者の振戦(手が震える)症状を実時間でデザイナーや介助者と共有することで,設計した製品のユーザビリティを身体的に評価したり,日常生活動作に対する影響を理解することを支援する手法を提案している(図3b)。

自己身体の変容は他者への視点を変えるか?

自身の身体知覚を変えることは,知覚のみならず動作や認知にも影響を及ぼすことが指摘されてきた9。本研究でもデバイス装着者の距離知覚やサイズ知覚,動作の変化を定量的に観察することができた。加えて,実空間で他者とインタラクション可能であることを利用して,他者との会話の仕方や関係性,身振りの変化も同時に認められた。装着者本人のみならず,その周囲の人々に対しても異なる身体性に対する気づきを提供したことから,普段と異なる社会的インタラクションを通してさらに身体知覚の変容が増強されたと考えられる。

こうした他者の身体知を再現する身体環境のもと,自己主体的な行動を最大限に活用して得られた他者に対する視点を新たに「超主体視点」と捉え,この視点の提供を通してリハビリテーションや教育,デザインにおける相互理解の深化を支援し,身体性の違いを乗り越えて個々人がそれぞれの能力を最大限に発揮できる社会の構築を人間情報学の側面から支援してゆきたい。

個々のデバイスを見ると,装着型デバイスと身体を一体化させること,即ちユーザの身体表象の自然な変更が必要となる。例えばデバイスの身体との構造的・視覚的類似性や提示する体験の感覚的・時間的整合性を高めつつも,人が本来持つ知覚系や身体動作,社会的相互作用の様式を実空間で可能な限り保存した状態で身体拡張を誘発可能な生体・身体接続型インタフェースの設計が重要となる。加えて身体変容の強度を普段のインタラクションを行う中で自然にかつ定量的に観測できるような手法の開発もその効果を検証する上で重要になるであろう(視点変換デバイスの実験では,握手をしようとする際の自身の手の高さで身体縮小強度を評価している)。今後もインタラクションデザインの知見に加え,心理学コミュニティとの協働を含め異なる視点からのフィードバックを頂き,それらを最大限に活用して様々な超主体視点の実現を目指したい。

文献

  • 1.van der Hoort, B., Guterstam, A., & Ehrsson, H. H. (2011). Being barbie: The size of one’s own body determines the perceived size of the world. PLoS ONE, 6(5), e20195.
  • 2.Banakou, D., Groten, R., & Slater, M. (2013). Illusory ownership of a virtual child body causes overestimation of object sizes and implicit attitude changes. Proceedings of the National Academy of Sciences, 110, 12846–12851.
  • 3.古川康一・尾崎知伸・植野研.(2005). 身体知解明へのアプローチ.第19回人工知能学会全国大会論文集, 111.
  • 4.Nishida, J., Matsuda, S., Oki, M., Takatori, H., Sato, K., & Suzuki, K. (2019). Egocentric smaller–person experience through a change in visual perspective. Proceedings of the 2019 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ‘19). Association for Computing, Paper 696, 1–12.
  • 5.Nishida, J., Matsuda, S., Matsui, H., Teng, S.–Y., Liu, Z., Suzuki, K., & Lopes, P. (2020). HandMorph: A passive exoskeleton that miniaturizes grasp. Proceedings of the 33rd Annual ACM Symposium on User Interface Software and Technology (UIST '20). Association for Computing Machinery, 565–578.
  • 6.Nishida, J., & Suzuki, K. (2017). bioSync: A paired wearable device for blending kinesthetic experience. Proceedings of the 2017 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ‘17). Association for Computing Machinery, 3316–3327.
  • 7.Nishida, J., Kasahara, S., & Suzuki, K. (2017). Wired muscle: Generating faster kinesthetic reaction by inter–personally connecting muscles. ACM SIGGRAPH 2017 Emerging Technologies (SIGGRAPH '17). Association for Computing Machinery, Article 26, 1–2.
  • 8.Kasahara, S., Nishida, J., & Lopes, P. (2019). Preemptive action: Accelerating human reaction using electrical muscle stimulation without compromising agency. Proceedings of the 2019 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '19). Association for Computing Machinery, Paper 643, 1–15.
  • 9.Maister, L., Slater, M., Sanchez–Vives, M. V., & Tsakiris, M. (2015). Changing bodies changes minds: owning another body affects social cognition. Trends in Cognitive Sciences, 19(1), 6–12.

PDFをダウンロード

1