- HOME
- 刊行物のご案内
- 心理学ワールド
- 94号 ヒューマン・コンピュータ・インタラクション
- 犯罪政策でのエビデンスを作る・広める
【小特集】
犯罪政策でのエビデンスを作る・広める
島田 貴仁(しまだ たかひと)
Profile─島田 貴仁
大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程修了。カーネギーメロン大学公共政策・経営研究科修士課程修了。博士(人間科学)。専門は応用心理学・環境心理学・犯罪予防。著書に『犯罪と市民の心理学』(共編,北大路書房)など。
思い込みと予断を排して
海外では,犯罪の社会的損失が大きく,刑務所の運営費用が財政を圧迫するといった切実な問題があるため,EBPM(エビデンスに基づく政策立案)が犯罪政策で根付いています。
しかし,海外での犯罪政策でのEBPMの隆盛はそれだけが理由ではありません。人間の思い込みや予断に基づく政策は,時に誤りを犯してしまうからです。
その具体例として,少年非行防止のためのスケアード・ストレートが有名です。これは,少年が刑務所を見学し受刑者の失敗談を聞くというプログラムであり,刑事司法の実務家や一般市民の人気を集めていました。しかし,メタ分析からは,プログラム参加によってかえって非行率が高まることが判明しました[1]。「少年が受刑者の失敗談を聞くと懲りて非行に走らなくなるだろう」といった素朴な観念に基づく介入が,必ずしも想定通りに働かないことは,犯罪政策に限らず,多くの分野で十分にありえます。
犯罪政策とナッジ
犯罪分野では,既遂の犯罪者や非行少年が介入対象だと思われがちですが,一般市民(潜在被害者・加害者)に対する介入が有効な場合があります。
例えば,日本で年間約40万件発生している窃盗では,意図的な無施錠による被害の割合が高く,施錠習慣の普及が求められます。また,居住環境での生活の質を確保するためには放置駐輪やごみの散らかしといった軽微な秩序違反を減らすことも重要です。
これらの課題を解決するため,筆者はこれまで,行政(市役所)とのコラボレーションで,自転車駐輪時の施錠[2],公園喫煙所でのはみだし喫煙の防止[3]といったフィールド実験に取り組んできました。前者では,防護動機理論に基づく介入によって施錠が促進され,後者では,喫煙所に誘導する路面標示は,従来の警告看板に比べて,はみだし喫煙を削減することが示されました。
犯罪予防の現場では,これら以外にも学校対抗の鍵かけコンテスト(ゲーミフィケーション)や,高齢者の還付金等詐欺被害防止のためのATMの振込額制限(デフォルトの変更)といったまさにナッジというべき介入が実施されています。これらについても効果検証が求められています。
犯罪政策とEBPM
筆者は,実務家に対して効果検証の研修をする機会が多いですが,エビデンスを「あなたが考えた対策が本当に結果に結びつくかの因果関係」と説明しています。
実際,犯罪政策ではエビデンスの獲得は必ずしも容易ではありません。その理由としては,①介入とアウトカムの間に犯罪者,被害者の意識や行動など観測困難なプロセスが存在する,②介入実施してから効果が現れるまでに時間がかかる(特に再犯防止や発達的犯罪予防では数年~数十年単位),③無作為化比較実験(RCT)を巡る倫理的・実務的問題の3点が挙げられます。
このため犯罪分野のEBPMは,RCTだけに頼らず,業務統計や縦断的社会調査で得たデータに,傾向スコア,操作変数法,パネルデータ分析といった量的手法を駆使して,因果に迫っています。
エビデンスを作る:研究者と実務家との協働
犯罪予防の現場では,実務家によって多くの介入が行われていますが,必ずしも効果検証を経ていません。筆者が見る限り,その理由は実務家がネガティブな結果を恐れているのではなく,実験デザインやアウトカムの設定といった効果検証の方法が十分に普及していないからです。
このため,筆者や大学所属の心理学研究者は,各警察本部の防犯(生活安全)部門との共同研究の取り組みを行っています。例えば,大阪府警察では2018年に防犯対策高度化協働研究会が設置され,特殊詐欺の被害実態調査や若年女性に対するVR防犯教室の評価研究を実施しています。同種の評価研究は,特殊詐欺対策(山形),Twitterによる情報発信(東京),店舗での万引き対策(香川),小学校での地域安全マップ(広島)でも実施されています[4]。
EBPMはともすれば,官庁が研究者にデータを提供して,研究者がデータを分析して提言する,といったスタイルになりがちです。しかし,それでは実務家のスキルは高まりません。これに対し,研究者と実務家の協働は手間はかかりますが,①現場で作成されるデータの品質が向上し,良質の研究が実施できる,②実務家が評価を見据えて予算やスケジュールを組むことができるようになる,という双方へのメリットがあります。
心理学が政策形成に関与する3つの理由
現在,日本のEBPMやナッジ介入では,経済学者が多く関与しているように思います。実際に,筆者も科研費で,社会心理学者を中心にした課題[5]と,行動経済学者を中心にした課題[6]の双方に取り組んでいます。双方に関与することで得た「心理学が政策形成に関与する理由」を述べます。
第1に,心理学は,EBPMにおける「ロジックモデル」との相性が良いからです。現在,政策の計量分析では経済学者が活躍していますが,EBPMの初期段階で重要なのは,政策介入が人間や企業の行動を変える筋道を表現するロジックモデルの作成です。心理学はここに貢献できます。
第2に,心理学は,(良きにつけ悪しきにつけ)状況や文脈,個人差がもたらす交互作用への関心が深いからです。政策実務家は「全ての人に有効な政策」を見つけ出そうとします。いわば主効果に注目するこの考え方は経済学との親和性が高いように思います。一方で政策の対象者が特徴により層別できるのであれば,層別して異なる介入を行うオーダーメイド介入は有効です。交互作用に注目するこの考え方は心理学が得意とするところです。ただし,心理学は人間の内面に注目する宿命があるため,政策立案に関与する際には,①介入で操作可能な変数とそうでない変数,②観測可能(容易)な変数とそうでない変数,を峻別する必要があります[7]。
第3に,心理学は,政策の社会的受容を考えることができるからです。有効性が証明された対策(行動)でも,行動変容や普及が困難な場合は決して珍しくありません。また,政策立案の際には,その政策が社会に受容されるかを考える必要があります。犯罪対策でも,性犯罪者に対する住所届け出の義務化といった社会的論争を伴う政策や,更生保護施設など受け入れに困難が伴う政策があります。心理学はこれらの課題解決にも貢献が可能です。
エビデンスを広める:小さな評価研究の蓄積を
筆者は,研究者と実務家の協働のすそ野を広げるために2019年以降,日本心理学会大会においてシンポジウム「地域での犯罪予防」を開催しています[4]。開催趣旨は,①防犯研究に関心のある心理学研究者の新規参入を促す,②実務家に臨時会員として参加してもらい心理学としての研究発表に触れてもらう,の2つです。
心理学にご縁のある多くの方が各地の実務家と協働して小さな評価研究を蓄積し,機運を高めることが犯罪政策に限らず,各分野に共通した「政策と心理学」への近道だと考えています。
文献
- 1.「スケアード・ストレートプログラムは犯罪をより招く」 https://crimrc.ryukoku.ac.jp/campbell/library/crimejustice.html
- 2.島田貴仁・荒井崇史 (2017). 「脅威アピールでの被害の記述と受け手の脆弱性が犯罪予防行動に与える影響」『心理学研究』88, 230-240.
- 3.島田貴仁・本山友衣・大竹文雄 (2019). 「公共空間に設置された喫煙所でのはみだし喫煙防止のための介入実験(2)」『人間・環境学会誌』22, 8.
- 4.島田貴仁・平伸二・原田章・金政祐司・大久保智生・樋口匡貴 (2019). 「地域での犯罪予防:実務家との協働とオープンデータによる新たな教育研究の可能性(1)」 https://doi.org/10.4992/pacjpa.83.0_SS-037
- 5.「地域での犯罪予防:個人と集団に即したオーダーメイド介入とその伝播過程」(研究代表者:島田貴仁) 課題番号19H01751
- 6.「行動経済学の政策応用:医療,防災,防犯,労働,教育」(研究代表者:大竹文雄) 課題番号20H05632
- 7.島田貴仁 (2021).『犯罪予防の社会心理学:被害リスクの分析とフィールド実験による介入』ナカニシヤ出版.
PDFをダウンロード
1