道徳の自然誌
中尾 央
道徳性は哲学と心理学に共通する伝統的なテーマの一つである。この道徳性の進化に関して,特に自身が蓄積してきた比較心理学実験の知見を中心とし,また哲学の様々な議論を参照しながら考察を進めたのが,本書である。
ヒトの進化に関して,トマセロは三段階を想定する。一つ目がヒト以外の霊長類とヒトの共通祖先の段階,二つ目が初期ヒト,トマセロの言葉を借りれば「強制的協同狩猟採集」を余儀なくされ,「わたし」と「あなた」という二個体間での依存・協力がお互いの生存にとって必須になった段階,そして三つ目が現代ヒトの段階であり,先の依存・協力関係が文化集団全体に拡張された段階である。本書では,この三段階の中で,トマセロお馴染みの共同/集合志向性・コミットメントとともに,道徳性がいかに進化したかが考察される。
近年の類書では道徳的直感が重視されがちであるが,それ以外の点を重視しているところも本書の特徴である。ある種の異彩を放ちつつも,このテーマに極めて重要な貢献を果たす一冊である。
〈私〉の誕生 生後2年目の奇跡
Ⅰ 自分を指差す,自分の名を言う
Ⅱ 社会に踏み出すペルソナとしての自己
Ⅱ 社会に踏み出すペルソナとしての自己
麻生 武
第一子が誕生したとき,ヒトが人になっていくプロセスを目にすることができると興奮しました。すべて記録しなければと,強迫的な思いで観察しました。息子の生後1年目を書物『身ぶりからことばへ』にするのに10年かかりました。生後2年目をまとめるのには,さらに30年かかってしまいました。興味深いエピソードはそれこそ山のようにあります。生後2年目を特徴づける中心となる問いを見出すまでが一苦労でした。象徴能力や言語能力ではブレイクスルーする何かがない限り二番煎じになってしまいます。そんなとき,息子がいつのまにか自分の名を一人称のように用いるようになったことが,とてつもなく不思議なことだと気がついたのです。それが,本書の核となる問いです。〈私〉という意識は,すべての心理学者が自明の前提にしています。発達心理学は,その自明性を浜田寿美男さんのいう「発達的還元」によって問うことができるのです。問いを追い詰めるスリルを味わっていただけたらと思います。謎が解き明かされるどころか,謎は深まってしまったのですが。
心理学からみたうつ病
シリーズ 公認心理師の向き合う精神障害2
坂本真士
本書の特徴は,心理学者がうつ病について解説している点と,うつ病に関する基礎的知見と現場で必要な知識の両方がバランスよく書かれている点である。
ストレス社会にあってうつ病は今や「国民病」である。治療に精神医学は欠かせないが,心理学の真の実力からすると,より中心的な役割を担って然るべきである。
まず心理学ではうつ病に関する研究知見が蓄積している。それも生理・神経から対人・社会まで広範囲に。国家資格たる公認心理師ならばこれらのポイントは押さえておきたい。
知識をもっていても臨床での対応力がなければ戦力にならない。公認心理師の活躍の場は広く,医療や教育などそれぞれの領域での難しさもある。なので領域ごとで注意すべきポイントについても押さえておきたい。
新型うつの登場に見るように,時代の変化が激しい今日,うつ病の発症に果たす心理・社会的要因は以前より大きく,予防や治療で公認心理師に期待される役割も大きい。戦力になる公認心理師になるために,本書はきっと役立つ。
うつ病とスティグマの臨床社会心理学
偏見の解消に向けた挑戦
樫原 潤
日本の社会心理学や臨床心理学の研究がつまらなく感じたので,自分なりに知恵を絞って「面白い!」と思えるものをやってみた─生意気に響くかもしれませんが,この本はそういう本です。理論について議論するだけの社会心理学研究を超えて,実社会の問題にどう肉薄するか。素朴に現象を記述するだけの臨床心理学研究を超えて,科学者として未知の分野をどう開拓するか。そういった思いを込めて本書を執筆しました。
本書では,「うつ病罹患者に対する潜在的偏見を低減するための介入手法の開発」という,社会心理学と臨床心理学の接点を開拓する研究プロジェクトの成果を紹介しました。また,単に研究成果を紹介するだけではなく,「魅力的な研究を生み出すために,どんな工夫をすると良いか」「国外で様々な取り組みが進んでいるなか,日本の心理学者はどこを掘り下げると良いか」を考え,コラムとしてお示ししました。本書が一つのきっかけとなり,臨床社会心理学に限らず,「分野横断の強みを生かした魅力的な心理学研究」が広がることを願っています。
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